もりや不動産の使命

翌日の朝は「もりや不動産」の事務所では赤ちゃんの泣き声の主について話し合われていた。

「近所に赤ちゃんは居ませんでした」

山鹿室長が切り出した。

「山鹿室長、ほんとに驚きましたよね!

近所に全く赤ちゃんが居ないのに紀州のご夫婦と隣のうなぎ屋のご主人には泣き声が聞こえているんですから」


櫻田店長が、うーんと唸る。

「報告しないわけにいかないしね・・。」


「あの私、思うんですけど」

「やめてくれー、ツルちゃん」

耳をふさぐ櫻田店長に山鹿室長が言う。

「店長が調査するとか言うからですよ」


「あの、やっぱり」

「わー、わー、イヤだよー!」

「店長、大人げないですよ」



「やっぱり幽霊じゃないかと思います」



「あー、つるちゃん言っちゃったね。ダメだよ」

「店長、これはお祓いを手配しないとダメですよ」

「でも、渕上ちゃん、居ないし」

「渕上さんは来週まで戻りませんから、ちゃんと対処しましょう。海外から戻るなり訳あり物件処理じゃ気の毒ですよ」

ちょいと室長の顔を見て決意した様に店長は言った。

「そうだね。渕上ちゃんが戻るまでに段取りします」

「はい。早い方がイイです。」


鶴子は本気で驚いた。

「あ、あの!入居物件に幽霊が出たら拝みやさんを紹介するんですか!?

それって不動産業では、普通の事なんですか??」


櫻田店長はアドレス帳を取り出しながら鶴子の顔を見た。


「普通では無いと思いますよ。でも我が社では普通の事です」


片手に電話の子機を持って櫻田店長は接客用の個室に入って行った。

どうやら拝み屋さんを呼ぶらしい。


主に人が命を落とした現場となった建物を「事故物件」と言う

賃貸物件だけでなく売り物件でも「事故物件」と呼ばれる訳ありの物件は沢山ある。

しかし入居者に問われなければ事故の有無を告げる義務は仲介業者には無いし、告げた上で誰かが1度入居してしまえば以後は事故物件ではなくなると言うルールがある。

その為に入居者が怖い目に遭ったり不幸になる場合がある。

言っておくが幸せになる入居者もいる。恐ろしげな悪霊ばかりが見えない世界の住人では無い。このお話は、いづれまたお話ししようと思う。


事務所に残された鶴子は山鹿室長から霊の存在を疑う場合に、なぜもりや不動産では拝み屋を手配するのかについて説明を聞いた。


MORI-ホームの社長は正義感に燃える男だ。

じつは本人が霊が見えると言う噂だ。

建築業ならびに不動産業の繁栄を思うならば自社で取り扱うの物件から全ての事故物件を浄化すると言う意思を持って「もりや不動産」を開設したのだ。

そのため、入居者から通報があった場合やコチラが霊の存在を疑う場合には速やかに実態を解明、対処しなければならい決まりであることを聞かされた。


鶴子は言葉も出なかった。

とにかく黙って説明を聞いていた。


「まぁ、驚くのも無理ないし。この物件の担当が、ツルちゃんなのも何かのご縁です。紀州のご夫婦の為にも頑張りましょう。」


山鹿室長が、すこしワザとさしく笑って見せた。


「明日、予約入れられたよ!紀州のご夫婦も了解してくれた」


「え! 早っ」


「時間は14時に現地ね。室長と、ツルちゃんで行って下さい」


いつもの櫻田店長とは違って上司の迫力を感じた。


今頃、紀州のご夫婦は、どんな気持ちなんだろう。

あの優しい笑顔の二人が、怒っているのか?それとも困っているのか?

もしかしたら恐怖におびえているかもと思うと、じっとしていられない気分になった。

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