#No.4

 放課後になると、校内の誰よりも早くバスに乗る。

 狭い座席に高校生としては大きすぎる図体と、シューズやら何やらが入って膨らんだエナメルバッグとを押し込める。生徒がまだ乗っていない車内は、お年寄りや、未就学の子どもを連れた母親などが主な乗客で、制服姿では場違いな気もしてしまう。

 クラブハウスでの練習に余裕を持って間に合うためには、これくらい急がないといけなかった。放課後のバタバタも、もう三年目。忙しないとはいえ慣れたものだ。その三年間のうちに、肌はより浅黒く、髪はもっと短くなった。サッカーを中心に回る生活に合わせて、外見も、人格も、いろいろなものが動員された。

 バスが学校から遠ざかると、追い出された心地になる。

 それだから、二度とは戻らない青春の仕方というのも、よくわからない。

 果音に真意を尋ねてみたら、嫌らしく笑われただけだった。あのとき彼女がスマートフォンで連絡していたのは、二週間前に別れたという元彼か、それとも最後の高校生活に相応しい新たな恋人か。

 彼女のように、利用できる武器があって、大変な配慮は必要でも工夫して楽しめるのなら、気楽なものだ。正直でありたいとは、最初から思っていないのかもしれない。

 もうひとつ、彼女が答えてくれなかったことがある。

「島倉が部活を辞めた理由? さあね、いまのところ耳に入ってないよ」

 情報通の果音がそれを教えてくれたなら、色々なことが、もう少し簡単にわかりそうなものだけれど。

 窓の外を眺めていると、他校の生徒を追い抜くことがある。多くは談笑する同性の集まりだが、時には手をつなぐ男女も見かける。そういう男女というのは、どこか緊張感を保ちながら探り探り言葉を交わしているようにも見える。ただ、どうしてかそのやり取りに、幸福な気配が見え隠れする。

 果音はあれを勧めていたのだろうか。少なくとも、彼女にはそれを楽しんだ経験があるのだろう。

 自分には順番が来なくてもいいと思っていた。来るはずがないとも思っていた。果音とは違って「男っぽい」と言われてきたから。

 ふと、果音の言葉を思い出す。

「島倉って案外顔が良いのよね。うかうかしていると危ういよ? 部活を辞めたから『いまはサッカーに集中したい』って言い訳できなくなったし」

 余計なことを言いやがって。



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