#No.3
「OKしちゃったねえ」
水崎さんとのやり取りを見ていた果音
かのん
がにやにやと笑っている。
「本当はやりたくないなら、そう言ってもよかったのに」
もちろん、拒否したくてもできない心理を、彼女も弁えている。文化祭実行委員を占めるグループの生徒とも仲のいい彼女には、その重要性がより負荷あるものとして、華奢な両肩に圧し掛かっていることだろう。とはいえ、彼女は「外側」をうろうろしつつ浅く広い交友を楽しめているから、心配は無用である。
男子から「チビ」と言われるほどで、身体の線も弱々しいくせに。
「上手くやるよ、そう難しいことでもないし」
ふん、と果音は嫌味に鼻で笑った。彼女は前の席に座っているが、斜に構えていて、しかも目線はスマートフォンの液晶に集中している。表情を探らずとも他人の強がりを察してしまうなんて、超能力か何かを持っているだろうか。
横顔は口裂け女の如く。彼女の提案は悪魔のそれだ。
「たまには本気を出してみてもいいんじゃない?」
世渡り上手の彼女がそんなことを言うとは、思いもしなかった。
理由を問うと、ようやくスマートフォンから視線を切って、こちらに顔を向けた。
「だってさ、
言われてみれば、心当たりがある。
去年は、ユースに所属してから初めて、体育の授業でキーパーを任された。言い訳するならば、技術のないクラスメイトたちの予想外なプレーや、同様の理由による不穏なディフェンダーの動きに相当困っていた。それでも、必要以上に力の加減を悩んでいたように思う。ゴールキックをミスしてみたり、イージーなシュートをゴールにしてやったり、わざとらしいこともいくつかやってしまった。確かに、ダサい。
運動は可もなく不可もない程度の果音からダメ出しされてしまうと、急に恥ずかしくなる。
「あのときよりは……いい塩梅にできるはず」
「いやいや。せっかく力があるんだから、実力見せたほうが盛り上がるかもよ?」
果音はさらに顔を寄せた。
「
「どうして
悔しいけれど、名前を聞いただけで憎たらしい顔が思い浮かんでしまう。眠たげな切れ長の目とか、平たい鼻とか、少し厚い唇とか。すっと整った眉や力強い瞳が顔全体を引き締めて、人目を引く目鼻立ちをしていながら、それだけに澄まし顔をされると腹が立つ。
サッカー部を辞めたその日に、気取ったつもりでコーラを飲んでいたあいつ。
あいつにサッカーでいいカッコ見せてやろうなんて、いまさら思うものか。プレイヤーとしての姿なら飽きられるほど見せてきたし、現在のあいつがサッカーを見て感動するとも思えない。
「あんたたち仲良しじゃん。いまでも下の名前で呼び合うくらいだし。幼馴染の関係もこの機に、なんて狙ってないの?」
「そんなバカな。第一、前ほど親しくなくなったのを見てきただろ」
果音とは三年間の付き合いだ。島倉公哉と汐入涼香との関係についても、その変化の証人となれるほどよく知っているはずである。知っているくせに煽ってきていることは、果音の性格からしてわかってはいるのだけれど。
「なんだ、疎遠になって惜しいと思っているんだ」
「ん」
「最後の年に賭けてみてもいいと思うよ? ユースでの試合、見てもらったことないんでしょ?」
そんなことを漏らしたことがあったろうか、その通りである。果音に対してペラペラと喋りすぎていたようだ。愛らしい長めのボブカットが、他人を油断させるのかもしれない。
ひそひそ話は続く。
「見てほしいとは別に思っていないんだけど」
「ツンデレかましちゃって」
「だから」
「素直になりなさいって、本当にこれが最後のチャンスかもしれないもん。この先あんたがアスリートになったら、二度と青春はやり直せないよ?」
二度とやり直せない。
ああ、そうかもしれない。
心臓が脂汗をかいている。
トップの試合に登録されたときの緊張感の正体は、これだったのだろうか。
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