#No.2
「男っぽい」とは、自分にとって嬉しい賛辞だった。
プレイヤーとして、「女子としては規格外」という評価が嬉しかった。
というのも、自分の身体では、男子に勝ることができないと思っていたから。そのような常識を教えられてきた。刷り込まれてきた。だから、男子に劣らないという意味で、自分に向けられる言葉を解釈していた。二〇分の休み時間、男女の境なしにボールを蹴り合っていたころには、すでにそういう前提に立って考えていた。それこそ、明らかな差がつきはじめるよりも、ずっと前。
次第に、それが賛辞ではなく心配や皮肉であることを理解できるようになった。
事あるごとに降り注いだ「?」の視線は、冷たくて鋭い注射針に似ている。鈍感であれば、ほんの一瞬、ともすれば気がつかないほどの小さな痛み。ところが、麻酔が効いていないところに突き刺すと、とてつもなく痛い。冷たいはずなのにじわりと熱くて、手足の指先が自ずと強張り、身体が縮みあがる。
麻酔さえ施されていれば、痛くも痒くもないのだけれど。
「あの、
クラスの名簿を片手に、
頬杖を解いて、仏頂面を微笑みに作り替える。その表情を見て気楽になったのか、彼女はわずかばかり声を弾ませた。こちらの目をじっと覗きこんで、捨てられた子犬を思わせる、請うような瞳で話しかけてくる。不覚ながら、ちょっと可愛いと思ってしまう。
「球技大会の日のことで話したいことがあって」
彼女は、来月に控える球技大会の実行委員の仕事を抱えている。外見も性格も目立たず大人しいタイプなので、いささか似合わない仕事だ。この人事は、高等学校の最終学年を迎える今年、その手の人たちが文化祭の委員に集中してしまったことに由来する。
似合わないとはいえ、抜け目のない彼女が務めてくれるのなら信頼できるし、良い配置だったのではないかと思う。自分が推薦したわけではないが、昨年級長を務めた真面目なイメージが彼女に役割を与えている。
「球技大会当日が土曜日なんだけど、汐入さん、来られる?」
訊かれて少し驚いた。当然に参加するものと思っていた大会は、そういえば、土曜日に開催されるのだった。それだと練習のスケジュールと重なる可能性がある。もし被っていたら、優先させるのはトレーニングのほうだ。
手帳を確認する。
「うん、平気。その週はオフだから」
「よかった、汐入さんがいると頼りになるから」
そりゃそうだろうね。
参加できるとなれば、ふたつしかない競技から二者択一で希望調査だ。
「バスケが良い? それとも……やっぱりフットサル?」
彼女の言う「やっぱり」が解せないけれど、異論はない。フットサルに参加したいと回答する。そもそも、バスケならとっくに人数が埋まっているはず。何せ、最後に自分のところへ希望調査が回ってきたのだから。調整という名の闘争に発展しないよう、誰だって気を付けるところだ。
学年が違えば、バレーボールだのソフトボールだのと、逃げ道があったのに。
「私もフットサルなの、一緒に頑張ろうね」察しの良い実行委員は、気遣うように話題を続ける。「大会までに一度、昼休みとか使って練習しようって話があるから、そのときに希望のポジションの話もしようね」
訊いていないようで、訊かれている。
時間の流れがおかしくなったかの如く感じる、嫌な瞬間だ。
「キーパー、やるよ。本職だもん」
「いいの? うわぁ、優勝できちゃうかも!」
ここで自慢げに笑って見せるのも、今後を考えればファンサービスのうちかな?
高校三年、何もかもが最後の一年。これまた最後となる夏を前に、男子の視線にも注意しながら向ける球技大会。男子からも注目される一日だと思うと、身体を張ってゴールを守り抜く仕事など、やりたいはずがない。
自分はちょうど、そこに当てはまってしまう。男子の目を気にして走り方まで変えてしまう級友たちとは格の違う、本物だ。走行距離が少ないポジション柄、前線の選手と比べれば手加減もそれほど必要ない。クラスの雰囲気は、思い出作りの優勝を求めている。
ここまで条件が揃っていて、どうすれば自分は手を挙げずに済むだろうか。
変に拒もうものなら、嫌な目を見る。
怪我をしないように気を付ければいい。それはどの競技に参加しても同じだし、最も得意なスポーツで参加するほうがリスクは低い。本気を出せば白けさせるが、手加減のし過ぎも怪我を招くので、頭を使わなくてはならないけれど。
どうせ、味方となるクラスメイトの中に、優れたゴールキーパーの条件を知る者などいるはずがない。
それなりにこなせばいい。
こうやって、自分で自分に麻酔をかける。
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