闘うハートはできているか?
大和麻也
#No.1
足元の石ころを蹴りつけてやると、ころころと転がっていって、狙い通り、通学用シューズの側面を叩いた。
ちょうど、自販機の取り口に手を突っ込んでいるところだった。コンクリートを跳ねてきた小さな石に水を差され、あいつは身を屈めながらこちらを睨む。誰の仕業か、当然わかっているようだった。
「何か言いたいのか?」
あいつが取りだしたのは、背の高い赤色の缶。コーラだ。しかも大きなサイズ。そんな飲み物、好きだったかな。
「そりゃ、文句くらい言いたくもなるよ」
「いいだろ、別に。受験勉強に集中しないと成績がヤバいんだよ」
「嘘吐き」
踏みつけた石を、足の裏でぐりぐりと転がす。
「サッカーをするにしたって、お前との義理をモチベーションにできる歳でもないだろう?」
実態はそうだった。気持ちの上でもそうかもしれない。同じピッチの上でプレーしなくなってから、短くない月日が経ってしまった。その間に変ってしまったことが数多とあり、幼き日の絆はすでに時効を迎えて、風化するばかりの思い出と化した。
それでも、飲み下せない思いが胸の片隅に居座っている。
「それに」
言葉は重く、付け加えられる。
「俺に構っていられるレベルでもないだろ、お前は」
鞄を握る左の手に、ぎゅっと力が入った。
わざわざこっちの事情にするなよ、こんなことで自分を否定したくない。
「差がついたら怖くなったのかよ?」
この強がりは、あいつのためというより、自分のため。
「バカ、そんなわけあるか」煽られて面食らったのか、缶を開けるふりをして目を逸らした。「俺は、お前を祝福できないほどダサい人間じゃない」
「それならさ、何が気に入らなかったんだよ?」ぐだぐだと並べられる言葉で煙に巻かれないよう、遮って問うた。「あんたのほうこそ、小さなことで辞めるほどダサいレベルではなかったでしょうが」
問われた相手は、こちらを横目に見ながら、黙ってコーラをあおった。あまり美味しそうな顔をしていない。こういうところがダサい奴だ。
「サッカー部にいると、グラウンドの外で頭を使いすぎるんだ」
捻りだされた回答は、たったそれだけだった。
「何だよ、結局は環境を言い訳にするのかよ」
「環境の違いではないな。俺の問題だと思う」
どきりとした。
退部届を提出するに至ったのは、何もきのうきょうの問題のせいではない。彼のサッカーに対する姿勢が、彼の性格までも巻き込んで変わっていく様子を、しばらく見つめてきた。
芝生の上にいれば、考えずに済んだこともあっただろう。でも、それ以外のときには、抱えきれない「?」と対峙せざるを得ない。その「?」がいつしか、彼を蝕んでいったに違いない。
これは本当に、彼の話?
「お前とは、それで差がついたのかもしれないな」
そうだろうか。
あんたのほうが、簡単だったんじゃないの?
バスに遅れないかと注意されたので、舌打ちを残して踵を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます