第12話 異国
「はぁっ、はあっ……はぁーーーっ」
「結構遠くまで来たし、多分大丈夫じゃないかな」
私はこんなに全力で走って、肩で息をするほどなのに、ルーさんは少し呼吸を整えると息を荒げることもなく私を気遣う。
「賢者の水、本当によかったの?」
「あんなもの、サキを守れたならなんの後悔もないさ」
「……そっか」
「うん、さて少し休もうか?」
「ううん、もうちょっと遠くまでいこう」
「わかった、でも次は走らないで行こうね」
「体力なくてごめんなさい」
「いいのいいの、皆得意不得意あるんだから」
焚き火をしていた場所から遥か西。
竹林の中を歩んでいく。
ここら辺が恐らくミーグとリュウゴクの、いわば国と国の境だろう。
薄緑の細い竹が遥か上へと伸び、見渡すかぎり竹、というのもなかなか面白い場所だ。
しかし目印になりそうなものがないので、道に迷わないかが心配だ。
「この竹、しなやかで丈夫だから色々使い勝手がいいんだよ」
「そうなんだ」
焦り、不安、緊張はまだぬぐえない。
でもそんな中その負の要素を無理やり押し込むようにして、ルーさんは会話を弾ませようとする。
「何者」
低く深みのある声で呼び止められた。
振り向くと、不思議な格好の竜人らしき人間が立っていた。
頭に半円を潰したような藁の被り物をし、動きずらそうな、袖がやけに長い服を帯一本で締めている。
そして腰に片刃の剣を引っ提げてるのが妙な恐ろしさと落ち着きを感じさせる。
少し開けた胸元は、深緑の鱗で覆われ、先にいくにつれ細くなる尻尾までついているのだ。
竜人であることは間違いないが、この格好はこの国の伝統衣装なのか、はたまた。
ルーさんが先陣を切って応答する。
「私達は旅をしてます、なにかいけないことでもしましたか」
「いや、これは失礼、この頃オニが増えているようでな」
「オニ、とはなんですか」
「額に角をはやし、血のような色の眼をもつ種族のことだ」
「なにか恨みでもあるのですか」
「拙者にはわからぬが、殲滅せよとの命がでておる故」
「そうなんですね、では私達は先を急ぐので」
「待たれい」
「まだ、なにか」
「その頭に巻いた布、なにか膨らんでおらぬか」
「さぁ、そんなことはないと思いますけど」
「それにその赤い眼……オニではあるまいな」
「……サキ、どうする」
どうする、って言われても。
戦いはできるだけ避けたいし、でもばれたら穏やかには済まなそうだし。
「なぜ違うと即答できぬのだ、さては図星か」
「だったら、どうする」
「武士としてそこの小娘のお命、頂戴する」
竜人はすっ、と片刃の剣を抜き、身体の軸に沿って正面に剣を構えた。
「オニじゃなかったらどうするのさ」
「構わぬ、死人に口無し、というしな」
「……そう」
ルーさんは何枚か落ち葉を拾いあげる。
と思ったとたん、葉をまるで手裏剣のように竜人へと投げつけた。
恐らく自然魔法なんだろう、葉は二枚ほど標的を外れて竹に刺さる。
標的に向かってとんだ葉は、竜人の一太刀によって防がれてしまっていた。
「不意討ちとは、やはり外道であったか」
「戦術と言ってもらいたい」
「卑怯なことに変わりはない」
竜人は一気に距離を詰める。
ルーさんは反応が少し遅れたものの、すんでのところで下から斬り上げられた太刀をかわす。
いつも私は戦わずにいる。
ルーさんだって、戦闘は苦手なはずなのに私をどうやって守るか常に考えてくれている。
私も、成長しなきゃ。
もっと、強くなりたい。
私の適応魔法は治癒、炎、洗脳。
洗脳なんて人生で一回使ったかどうかの魔法だけど、ルーさんを守るためなら……!
「……っ、な、なんだ」
竜人の頭のなかに、自分の考えを魔力にのせて流し込むイメージ。
ゆっくり、水のように……。
「くっ、まやかしか」
洗脳、といっても僅か数秒相手の意識を逸らしただけになってしまった。
まだまだ練習が必要か。
しかし、戦闘においては数秒あれば流れは変わる。
ルーさんが再び投げた葉手裏剣は、今度は竜人の右足と腹に命中、傷を負わせた。
「生憎、拙者には鱗がある故」
そうか、竜人の特徴である身体を覆う鱗が相手に優位を与えてしまった。
――ように見えた。
「痛みがないから気づかなかった?」
「こ、これは」
葉手裏剣が僅かに剥がした鱗。
その隙間から鱗と鱗の隙間を縫うように、植物の根が竜人の全身を巡る。
「綺麗な花が咲くといいけど」
血を吸い、根はポンプのように大きく脈動する。
やがて竜人は立つことすらできなくなり、地に伏したまま、命を落とした。
それと同時に、背中を突き破るように茎が伸び、紫の花を咲かせた。
「自然魔法でこんなこともできるんだ」
「結構魔力の消費が大きいから、あまり使わないけどね」
「私、またなにもできなかった」
「そんなことないさ、あの数秒が、戦況を大きく変えたんだから」
「でも……」
「はじめて協力らしい協力できたね」
私が力になれた、と褒めるのではなく、一緒に戦って、命を落とさずに二人で生きているね。
と二人の時間や未来に重きを置いてくれていて、なんだか恥ずかしくなった。
そうだ、自分がどれだけ貢献したかなんかより、二人で一人前でもいい、二人で生きていくことができれば、いいんだ。
勝たなくても。
逃げたとしても。
二人で命を未来に繋ぐことに、意味があるんだ。
気づいたら、心にずっと沈んでいた大きなもやもやは、姿を消していた。
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