第11話 女王

 安堵の空気と、僅かな緊張感とともに地上へ這い上がる。

 見渡すに、誰もいない。

 よかった。


「さぁ、日が昇る前にここを離れよう」

「うん」


 手を取り合って、前へ進もうとした、その時。

 足に重たいなにかがしがみついているのに気づくが、すでに遅く、歩こうとしていた身体は吸い付くように地面に衝突した。


「こ、転んだ?」

「いや……」


 足に目を向けると、転んだ理由を理解した。

 鉄の棒が、ぐるぐると巻き付き、地面に深く刺さっていたのだ。

 そしてすぐに察する。

 この鉄棒の、主がいることを。


 カラスが頭上に何羽も集まり、かぁかぁと声を鳴らす。

 そしてカラスが渦をまくように集まり、境界線がぼけはじめ、やがてカラスとカラスの境界線はなくなってしまう。

 次に認識した形は、高いハイヒールに黒く長い髪。額に4対の角を持つ、悪魔族の王に君臨する者、レヴィの形だった。


「兵達は散りました、この場にはあなたがたと私しかいません」

「なにがねらいだ」


 すかさずルーさんが切り込む。

 が、冷静沈着に答えが返ってくる。


「ねらいなどありません、こんな造作もない罠に惑わされる兵など足手まといになるだけど思っただけ」

「よほどぽんこつだらけなんだろうな」


 ルーさんは煽るような言葉の裏で、なにかこの状況の打開策を考えているようだった。


「レヴィ女王様の魔法適応は、鉄、影、血液です」

「影に、血液……か、どんな魔法なんだか」


 すると真っ赤な唇を弧に歪め、女王が言葉を放つ。


「あの世への手土産に見せてあげましょう、私の魔法を」


 黒く長いドレスの中から、たくさんのカラスが姿を表し、こちらへ向かって飛んで来た。

 ただ羽をはたつかせて飛ぶのではなく、段々と回転の強さを増しながら、まるでダーツの矢のように鋭いくちばしをこちらに向けて一直線に飛ぶのだ。

 その姿は太く黒い矢のようだった。


「下がって」


 ルーさんの言葉に一歩後退する。

 すかさず木の根の壁を目の前に隆起させ、カラスの矢をなんとかしのぐ。


「愚民はどこまでいっても愚かだ、攻撃の手が一つだけだと思っている」


 ちくっ、と足に走る小さな痛み。

 視線を下げると、真っ黒なトカゲが足をかじっていた。

 すぐさま放った炎魔法が当たると、塵へと姿を変えたが小さな傷なのに血が止まらない。


「先読みを重ねに重ねた攻撃こそ、美しい、もっとも愚民にはできぬことだが」


 蛇口を全開にしたように、どぼどぼと溢れだす血液。

 治癒魔法で傷口を無理やりふさいだが、これ以上の傷は命に関わる。

 なるべく相手の攻撃をいなしつつ逃げるしかない。

 ルーさんにアイコンタクトを送って、確信した。

 彼女もまた、同じ事を思っている、と。


「一気に仕掛ける……!」


 何本もの根が複雑に絡み合い、一本の大きな塊になると、大蛇が獲物を絞め殺すように女王の足から首下まで巻き付き、締め上げる。

 だが顔色一つ変えることなく、女王は口を開く。


「人間、この程度で人を守ろうなどとよく思えたものだな」


 太い根の塊は、一瞬の内に真っ黒く変色し、ばらばらと崩れ落ちた。

 まるで、手の平でガラスを握りつぶすように。

 だがルーさんは攻撃の手を緩めない。

 今度は女王の立つ地面を大きく凹ませ、すぐさま穴をと閉じる。

 女王を地中に生き埋めにしたのだ。

 しかしなぜだろう、この静けさは。

 不穏な空気が、辺りを包んでいることに気づく。


「……!」


 後ろに気配を感じ、私とルーさんはその場を離れる。

 私達の影が、分断され、収束し、黒い円柱をつくりだす。

 円柱は花が咲く瞬間のようにひらき、その中心には――


 ――女王が凛とした姿でたっていた。

 これが、影魔法なのか。


「えっ、あっ、ぐっ……ふっ」


 私は突如身体全体に倦怠感を覚えた。

 やがて自分の身体が言うことを聞かなくなっていく。

 先程トカゲの影に噛まれた傷口から、血管のある場所に沿って赤いラインが走る。

 激痛を感じる。

 しかも身体が言うことをきかない。


「血液魔法……この魔法を使うときが一番気持ちがいい……!」


 意識までもっていかれそうなのを、なんとか抵抗する。

 しかし、手は勝手に炎魔法を繰り出す準備をはじめている。


「サキ、どうした!?」

「逃げて、このままじゃ私ルーさんを襲っちゃう」


 甲高い笑い声をあげ、女王が提案を口にする。


「さぁ人間選べ、その少女の手で殺められるのか、少女が自らの手で自害するのかをな」


 女王は、最高に気持ちのよさそうな笑みを浮かべ、大声で笑う。

 炎魔法を両手に構え、右手に握る細い炎を喉元に、左手の炎球をルーさんの方へ向ける。

 やだ、やだ、やだ。

 だがいくら抗おうとしても身体はいうことをきかない。


「私が死ねば、サキを見逃してくれるか」

「もちろんだとも」

「……わかった」


 じりじりとこちらへ迫り、ルーさんは私の左手首をがっと掴むと、自分のお腹の前まで動かす。


「大丈夫、私が守るから」


 涙を堪えながら落とされたその一言に、胸が切り裂かれるほど痛くなる。


「女王様、お願いがある」

「なんだ」

「最後にお酒を飲ませてくれないだろうか」

「ふっ、ふはっ、ふははははっ、いいだろういいだろう、最後の酒だ、たんと味わうがいい」

「では、お言葉に甘えて」


 ルーさんは腰のポーチからお酒……いや、透明な薬品をとりだし、ぐいっと飲んでみせた。

 すると瞬く間にルーさんの身体が熱をおび、幻覚か身体から湯気が立つのさえ見える。


「さぁ、はやく死ね!!」

「死ぬのは、お前だっ!!」


 ルーさんが伸ばした右腕から、治癒魔法が放たれた。


「……治癒魔法、だと」

「そのとおり」

「ついに気が狂ったか!」

「ここからが本番なのさ」


 女王にすぐ異変がおこった。

 目をかっと見開いたかと思うと、まばたきさえしないで立ち尽くすのだ。

 やがて手足は痙攣しはじめ、果てには奇声を発しながらのたうちまわりだしたのだ。


 すっかり私の身体を走るラインも消え、自由がきくようになった。


「治癒の魔法は傷を癒す魔法、だが強ければ強いほど中毒になりやすいし、副作用も強くでるんだ」

「ルーさん、さっき飲んだのは」

「賢者の水だよ」

「……!」

「両親が遺していってくれた」

「そんな大事なものを……っ」

「今はサキの方が大事だから、いいんだよ」

「ルーさん……」

「女王は幻覚と激しい吐き気、発熱にあと数時間は苦しむはずだ、今のうちに遠くへいこう」

「うん」

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