第10話 危機、機転
「ん、なんだろ」
ルーさんが寝ている間、火の番をしながら辺りに警戒していた頃、何かの足音を耳にした。
一応起こそうかとも思ったが、野うさぎとかだったらなんかなぁって感じだし様子を見ることにした。
それが、間違いだった。
「レヴィ様、こちらです」
聞き覚えのある……悪魔族の声……!?
「よくまぁここまで逃げたものです、サキ」
「じ、女王様……!」
逃げなきゃ、ととっさに振り向いた。
しかし、すでに退路は絶たれていることに気づく。
囲まれている……っ!
「人間と駆け落ちなんて、許されるはずかなくてよ」
「ん、んーサキ、なんかあった?」
寝ぼけながらルーさんが目を覚ます。
逃げて、と口を開こうとした瞬間。
がこん、と私の周りに鉄の棒が姿を表し、まるで鳥籠のように頭上で収束する。
檻のように間隔を狭く出現した沢山の鉄の棒。
ぐん、と地面ごと宙に浮き、私はおとぎ話の囚われの姫のように、捕まった。
「……悪魔族」
ルーさんは目を完全に覚ましたようだった。
女王の方をキッと睨む。
「このことを黙っているのなら、あなただけは見逃しましょう」
「黙れ、はやくサキをおろして」
「……聞き分けの悪い人間だ」
見渡すに、十数人の傭兵と、三人ほどの女王護衛兵。
それに、悪魔族は全員、覚醒の可能性を持っている。
仮に私が覚醒できたとしても。
敵わない。
まして戦闘に特化したこの人達を、負かすことは愚か、逃げることすら。
「ルーさん、もういいの、幸せだったよ」
「サキ、まだ負けたわけじゃ……」
「いいの、もう」
唇をぐっと噛み締めるルーさん。
ルーさんもわかっているのだろう。
敵わない、ということを。
「サキはどうなる」
「もちろん、私達の掟を破ったからには、二度と逃げられないよう、死ぬまで檻の中よ」
「死ぬまで、檻の、中」
「えぇ、当然でしょう、殺さないだけありがたいと思ってくださる?」
「そんなの、死んだも同然だ……!」
「あなたのせいではなくって?」
「……っ」
にやり、と少しルーさんが笑った気がした。
「サキ、走るよ」
その言葉の直後、辺りを照らしていた炎がふっと消え、辺りは一瞬にして闇に包まれる。
私含め、恐らくはここを囲んだ悪魔族達も光が急に消えたことで暗闇に目が慣れていない。
そのため、何も見えなかった。
私はなにもできないまま、ぐっと何かに引っ張られ、下へと引きずりこまれた。
幸い、地面は鉄ではなかったため、簡単に私を引きずり出せたのだろう。
暗闇のなか、静かに、とルーさんの声がしたので、息を潜める。
じめじめとしたこの空間は、一体どこなんだろう?
上の方から、たくさんの足音と声が聞こえてくる。
「奴は走るといっていた、まだ近くにいるはずだ!」
「探せ、絶対だ!!」
やがて足音も声も聞こえなくなる。
「サキ、小さく炎を灯して」
「う、うん」
ぼっと火を灯すと、視界を茶色が覆う。
地面の、中?
「自然魔法で、地面の中に空間をつくったんだよ」
「あの暗闇の中で、どうやって……?」
「探索魔法があるからね」
流石だとしか思えなかった。
あの一瞬で、そこまでやってのけたとは。
あの、走るよという言葉すら、兵を惑わす虚言だったなんて。
ほんとに、ルーさんは強い。
嬉しくて、ルーさんの手を握ると、がくがくと震えているのがわかった。
「実は、私も一か八かだから怖かったんだ」
照れを隠すように、そして安堵を漏らすように笑ってみせた。
「時間を空けてから、一緒に逃げよう、大丈夫、私がいる」
こんなにも心強い言葉は、人生ではじめてだった。
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