第9話 トラウマ

 村を離れて、しばらくして。

 夜営の準備をはじめるが、やはり先程のショックのせいか、私は笑うことができずにいた。

 炎魔法で火を起こし、ルーさんが食べ物を散策する間火の番をする、いつも通りの時間だ。

 ぱちぱちと燃える火を前にして、あの村での悲鳴が頭の中で鳴り響く。

 あの人も、魔女にされた人も、こんな火で焼かれたのだろうか。

 こんな、火で。

 じっくりと、苦痛を感じながら。


「っ、はぁっ……はあっ……」


 息が荒くなることにも気づかず、頭の中にそんな考えが水のように流れ出して溜まっていく。


「はあっ、はあっはあっ、ふっ、ふっ……っ!」


 たまらず、私はその場で嘔吐してしまった。

 そしてその光景を丁度散策から帰って来たルーさんが目にした途端、駆け寄ってきてくれた。


「サキ、サキ!」


 背中をさすりながら、治癒魔法を必死にかけてくれる。

 でも、違うってことにすぐ気づいたみたいだ。


「魔法じゃ、心の傷は癒せないよね……私にできること、あるかな」

「……傍にいて、離れないで……」

「もちろんだよ、どこにもいかないよ」

「……うん」

「これ、美味しいよ、ほら」


 差し出されたのは、アスベラの実。

 なぜだか懐かしさを感じたが、すぐにその懐かしさの原因を思い出す。

 はじめて会った時、この植物のつける花の色のような肌に見とれたんだっけか。

 自分でもなんでアスベラの花が頭に浮かんだのか不思議で、記憶の隅に残っていた。

 なんとなく、だけどなにかを共有できたようで心が落ち着いてきた。

 かぷ、と実をかじる。

 しゃくしゃくと音をたてて口のなかで崩れていく果は、食感もさることながら、ほどよい酸味があって美味しい。


「私がいるからね、大丈夫」


 ルーさんは、きっと私より沢山の辛い場面に遭遇して、傷付いて、立ち上がってきたんだろう。

 私一人だったら、絶対折れちゃってたな。

 尊敬に似たような、尊敬と呼ぶには他人事すぎる感情が芽生えた気がした。


「落ち着いてきたね、よかった」

「……ありがとう、ございます」

「思ったんだけどさ、私達もう結構一緒にいるし、敬語使わなくていいんだよ?」

「……いいん、ですか?」

「だって恋人同士じゃん、ね?」

「じゃあ、ありが……とう……?」

「うん」

「なんか、照れくさい」

「すぐなれるよ」


 また少し、いや大分距離が縮まった気がして、嬉しかった。

 少しずつだけど、気持ちが近くなってるなぁ。

 遅くなんてない、丁度いいよ、私には。

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