第一章 10 『戦う守る』
「佑奏……いいからお前は家に戻れ」
真堂は必死に叫ぼうとするが声が上手く出ない。 出てくるのは鉄の味がする血のみ。 呼吸もままならない。 内臓も損傷しているのか。
「レオニード。 計画変更だ。 もっと面白いもの見せてやるよ」
そう言い男は車の上から降り、 次は田宮の髪の毛を鷲掴みした。 田宮は必死に抵抗をするがまるで無駄なようだ。 男の手を引き剥がそうとしようとも、 手を叩こうとも男はニタつきながら、 田宮を離さない。
「嫌だ! 離して! 離してよ! やめて」
「やめろ……やめろ!」
真堂は最後の力を振り絞る。 身体を巡る魔力を全て練り上げ、 矢を生成する。 細く、 濃く、 強く。 ボロボロな身体でこれを放てば身体にも反動が出るかも知れない。 まさに諸刃の剣。 しかし、 真堂は迷わなかった。 田宮を救う為、 命懸けで。 わずかな希望に懸けて。
──だが、 それも一瞬にして潰えた。
矢を放つ前にレオニードと呼ばれる男が全身から無数のトゲを発射してきた。 そのトゲは威力自体は無いものの、 今の真堂には十分すぎるものだった。 頭、 顔、 首、 腕、 胴体、 脚。 赤い線が数え切れないほど刻まれていく。 手で顔を覆うが手を貫通してくるトゲに左目を貫かれた。 眼球を傷つけられ目から血の涙が流れ落ちる。
まるで何万個もの注射器を物凄い速さで投げ続けられる痛さ。 悶える事も出来ず、 動くだけで激痛が走るほどの。
ついに、 屈した真堂はかすれいく意識を保つ事もままならなかった。
そんな中でレオニードの後ろに立つ男はこちらに振り向く。
「名を名乗っていなかったな。 私の名はマクシム。 マクシム・チェルノフ。 こいつを取り戻してみろよ。 闘乱の」
そして、 田宮含めそこにいた三人は消えた。 舞う灰だけを残し。
──まて、 まて、 まて、 佑奏……
──目を覚ますと見たこともない天井が目の前に広がっていた。 身体の左側から太陽の温もりと光が差し込んで来る。 身体がだるくて重たい。 しかし、 不思議と痛みはなかった。 真堂は眠る前のことを断片的に思い出す。
カレーの香り。 孤独感。 敗北。 思い出すだけでとてつもない怒りが込み上げてくる。 爪が食い込み強く握った手のひらから血が滲み出た。
「それは治さないわよ」
真堂が寝ているベッドの横で背もたれのないイスに桂川が腰をかけていた。 その横には金井もいる。 やっとそこで自分が置かれている場所を把握した。 どうやらここは病院らしい。
「なんで俺病院にいんだよ」
真堂は重々しく身体を起こし、 桂川を睨みつける。
「その前に感謝しなさい。 私が治癒しなかったら確実に死んでいたわ。 運良く生きていても左目は失明していた。 それにあばら骨も何本か折れてて内臓に突き刺さっていて、 それはそれはおぞましい状態だったわ。 ──なにがあったかは大体想像はつく。 昨日言ってたダニールってやつの仲間ね」
ダニール……マクシム……佑奏。 灰になってあの場から消え去った時、 真堂は諦めかけていた。 もう取り戻せないかもしれないと。 そんな自分にも腹が立つ。 今は心底そう思っていた。
「佑香が……佑香がやつらに連れてかれた。 俺の……俺のせいだ」
金井は手で口を覆うが押し殺そうとした声が漏れる。 それも無理はない。 金井と野々山からすれば、 田宮は同級生であり友人であったのだから。 それでも桂川は落ち着いた姿勢でいた。
「話は後で聞くからとりあえず今はここから出ましょう。 私たちがここに来てるのも他の人には気付かれていないから。 一葉。 お願い。 ──隠して」
金井は涙を袖で拭いてからしばらく目を瞑り始めた。 そして、 ゆっくりと目を開いた。 この瞬間に金井は幻影で自身と真堂と桂川を他人からの干渉を断ったのだ。 今の三人は誰にも見れないし会話も聞こえない。 怪物ジュピアを隠したのと同じ要領だ。
そして、 三人が病室の出入り口へと差し掛かった時そこには月野がいた。 その横には菱形もいる。 もちろん三人の事は見えていない。
「月野さんと菱形さんね。 あの人たちには悪いけど私はあまり信用していないから。 だからこの問題も私たちだけで解決させましょ」
「いやお前らも必要ない。 俺一人でやる」
真堂は誰よりも早足と歩きながら言った。
「は!? バカなの!? これは遊びじゃない。 あなたのくだらないプライドに付き合ってる暇はないし何より佑奏ちゃんの命が懸ってる。 あなた一人の問題じゃないの」
桂川は珍しく怒鳴り、 真堂の肩を掴んで歩くのを止めた。
「私も……その……みんなでの方がいいと思う」
か細い声で金井も言う。
「お前に何が出来る」
真堂が小さく呟いた。 外で降り始めた夕立の音にかき消されるほどに小さく。
「お前ら……お前らに何ができるんだよ。 いつもお前らは戦っていない。 ああ? そうだろ? かってぇ壁作ったり、 動きを止めるだけでお前らは戦った気でいてやがる」
大声で叫ぶ。 その声は二人の心に深く刺さった。
桂川は耐えていた涙を目に浮かべる。
「お前なんか何かがあってからしか本領を発揮できない。 誰かが怪我をして初めてお前の存在意義を得られる。 守ることもできなきゃ、 戦うこともできねぇ。 そんな使えねぇやつに力になるって言われても、 これっぽっちも役に立ちゃ──」
頬に平手打ちを喰らう。 金井の小さな手が真堂の頬を叩いたのだ。
「みんなのことを……真琴さんのことをバカにしないで。 今自分がここに立ててるのは誰のおかげ? 自分が生きているのは誰のおかげ? たしかに私たちは戦う事はできない。 昇飛くんみたいに戦う術がないから。 それでもみんなは必死に誰かを守ってる。 それなのに昇飛くんは自分の事を棚に上げて、 みんなを責め立てる。 そんなのおかしいよ。 自分のためにしか魔法を使わない昇飛くんこそ誰も守れないよ」
ここまで言って金井はハッとした。 そして、 真堂の顔を見た。 その顔は頬の痛みでは無くもっと大きい痛みに駆られている悲しい顔をしている。
「バカにすんなよ金井。 俺が……俺が一人で助ける」
そう言い残し真堂は病院を飛び出し、 夕立の中に消えていった。
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