第一章 8 『暗中飛躍』
「本当によかったのですか?」
外灯の光が次々と過ぎ去る中、 菱形は隣で運転している月野の方を横目で見る。
「まあ警戒はしているよ。 だから連絡先も聞いたんだ。 これからの保志くんの動きは僕の方でも分かる。 そうだろ? アリア」
月野はそう言いながらカーナビの画面を二回指で叩くとホログラムで女性の姿が浮かび上がった。 これは月野の専属AIである『アリア』なのだ。 ホログラム状では真っ白の服装に優しげな顔つきをしている。
「そうですね。 私の方でマーキングをしておりますのでいつでもGPSで保志様の位置が分かります」
しかし、 菱形の表情は変わらない。
「そんなことまでして彼らを警戒する事があるんでしょうか?」
菱形はボーッと前の車のナンバープレートを意味もなく見ながら呟く。
「たしかに彼らは俺たちと目指す未来は同じ形なのもしれない。 だが俺たちは彼らのような異能を使える奴らから使えない人たちを守るお仕事だ。 いつか彼らも俺たちの脅威になる可能性がある。 ──まあ保険だな。 アリアをそばに置いて情報を抜き取るって事にも利用できるからな。 あっちは魔法なんてもん使う輩だ。 俺たちゃ存分に科学を使ってやるよ」
菱形が鬼ですねと言うと月野は苦笑いしかできなかった。
「そういえば巷で噂になっている『スカウトマン』なんてのも例の吸血鬼と関係はあるのかも調べないとな」
月野は左手につけた白い腕時計で時間を気にする様に見ながら言った。
「若い子の間で密かに流行ってる都市伝説を月野さんみたいな人が知ってるなんて驚きました」
「『みたいな人』ってなんだ『みたいな人』って。 俺だって若い子たちの話題に乗れるように努力はしてるんだぞ。 これだってネットサーフィンして仕入れた情報なんだからな」
月野は菱形が軽く噴き出すように笑い出したので驚きながら見つめた。
しかし、 その姿はどこともなく愛らしくなぜか上司として誇らしく思う月野がいた。
すっかり空の太陽は沈み夜を迎えようとしていた。 街路樹の葉はゆっくりと動く。 すると、 月野の携帯が鳴り出した。 月野は電話をスピーカーモードにした上で電話に出る。
「もしもし、 兎川さんどうしたんですか?」
「月野。 緊急事態だ。 あの商店街での被害者の遺体を検視のために私たちが受け渡しをした後、 移送をしていた車が何者かに襲撃された」
月野は思わず車を車道端へ寄せ、 車を止める。
「移送中に襲撃!? 何が目的でですか」
「目的はわからん。 だが、 襲撃後に遺体だけ……遺体だけが消えていた」
月野は握っていたハンドルに額をつけるようにして冷静になるために怒りを鎮める。
「──それで遺体を奪った奴に関する情報はないんですか?」
「おそらく襲撃した人物は『異能者』だ。 移送中に乗っていた警察官二人は出血性によるショック死をしている。 でも、 不可解な事に車内から血液反応がなかったんだ」
「──出血性によるショック死……」
月野には大体の検討はついていた。 ダニールが吸血鬼であることを。 理由はわからないが仲間である吸血鬼がダニールの死体を回収したのか……それともダニールは死んでいなかったのか……。
「月野。 とりあえずお前たちも本部に戻れ。 課長がカンカンだ」
その言葉を最後に兎川との電話は切れ、 しばらく車内には沈黙が流れた。 菱形は何を話しかければいいかとチラチラ月野の様子を伺う。
しかし、 その沈黙は警視庁の庁舎に着くまで途切れる事はなかった。
──エレベーターを降り会議室まで早歩きで歩く月野に菱形は必死についていく。 会議室に入るとそこには警備第一課課長である山田 大智と兎川とバディである織原 希蝶が待機していた。
「ただいま月野班戻りました」
月野が敬礼と共に山田に報告をすると山田は腰を上げゆっくりと月野に近づいてきた。
「月野ぉ。 兎川ぁ。 お前たちは自分で考えて行動するって事が出来ねぇのかー。 移送中に護衛するって発想はなかったのか? おおん?」
そのねっとりとした話し方が月野は昔から苦手だった。 特に不機嫌な時の話し方はより一層ねっとり感に磨きがかかる。 拳を強く握り、 歯を食いしばりながら耐え抜く。
「お前たちはなんのためにいる? お前たちは人間じゃない奴たちから市民を守るためにいるんだよな? こんなことじゃお前たちは用無しになるぞ。 現場に転がってた遺体の回収もまともに出来ねぇのかお前らは。 元々、 異能者を鎮圧した訳でも無くタラタラ現場に向かって帰ってきたら手ぶらでなにも情報がない状態だぁ? ──給料はそれ相応の働きをした者にのみ払われる。 正直に言うと今のお前たちに払う金は一銭もないぞ」
山田は並列している月野たちの前を行ったり来たりと往復しながら説教を吐き散らす。
──それからしばらく経ち、 課長は会議室から退室し、 月野班と兎川班の四人が鎮まり帰った会議室に残った。
「なにか情報は掴めたか?」
兎川は机に浅く腰をかけ月野を見る。 織原は変わらず気をつけの状態で兎川が会議室から出るのを待っている。
「多少は掴めましたよ」
それを聞いた兎川は目を細め、 顎でこちらを指すように顔を上げた。
「ほう。 聞こう」
月野はネクタイを少しだけ緩めた。
「移送車を襲ったのはおそらく吸血鬼です。 警官二人の死因が出血性によるショック死にも関わらず車内から血液反応が無かったというのも説明がつきます。 なんらかの方法で車内に侵入し二人を殺害した後にダニールを奪ったのかと」
兎川はしばらく一点を見つめてから、 机から腰を上げ月野と向き合った。
「ダニールというのは奪われた遺体の事だな? なぜ遺体の名前を知っているんだ?」
月野は『吸血鬼』という発言に関して質問攻めに合う覚悟をしていたにも関わらず、 思わぬ点を突かれた為、 動揺し黙りこくってしまう。
兎川は黙る月野を見つめるだけでそれ以上何かを聞く事はなかった。
「──俺はお前を完璧に信じている訳ではない。 だが……お前の『正義』は信じている。 それにお前に迫るような大人気ない真似もする訳にはいかないからな。 だがな月野。 もしも、 お前がバカな事をしているようなら俺はお前を容赦なく裁く。 覚悟はしておけ」
兎川はそう言い終えてから会議室から出て行った。 織原も月野たちに一礼してから兎川の後を追う。 同じように菱形も一礼し織原が出ていくのを見送った。
「これからどうしますか。 月野さん」
菱形は会議室のドアを見つめながら聞いた。
「とりあえず何か動きがあるまで保志くん達を監視しよう」
※※※※※
人里離れた廃病院で穴だらけのカーテンが風に煽られてヒラヒラと揺れる。
そこから漏れる光が部屋を照らし続けていた。 日が出ているにも関わらず、 その蠢く光も届かぬほどに廊下は暗闇に包まれていた。
そこで黒づくめの男が大きめのキャリーバッグを転がしながら廊下を歩いていた。 そして、 待合室だったと思われる大きめのスペースで立ち止まる。
そこには小学生ほどの少女と五十代ほどの男がソファに腰をかけており、 黒づくめの男を見るなり二人は駆け寄って来た。
「兄上! どうでしたか」
少女が黒づくめの男に抱きつきながら聞いた。 五十代ほどの男も心配そうな面持ちで見つめる。 抱きついた少女を引き剥がした後に男はキャリーバッグを見せつけるように開けた。
「そんな……そんな……」
少女はキャリーバッグに手をかけ、 その中身を悲しげに眺める。
五十代ほどの男はそんな少女を抱き寄せるように自分の方へと引き寄せた。
黒づくめの男はキャリーバッグの中から一枚の写真を取り出した。
「兄上。 それは?」
五十代ほどの男が聞く。
「ダニールを殺った奴だ」
二人にその写真を見せると今にも暴れ出しそうな顔で鼻息を荒げながら写真をただただ見つめ出した。
そして、 少女は写真にダニールが書き入れたメモがあるのを見つける。
「ま……ま……まどう?」
「真堂。 真堂 昇飛」
五十代ほどの男は読めない少女に教えるように読み上げた。
「こっちは?」
少女がもう一つのメモを指差す。 それは真堂と一緒に写っている、 もう一人の人物の矢印の先に書いてあるメモだった。
「田宮。 田宮 佑奏」
五十代ほどの男は同じ調子で読み上げる。
それを聞いた黒づくめの男はほくそ笑む。 暗闇に紛れて。
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