第一章 7 『結託の兆し』

 菱形に真堂の監視を任せ、 月野はサプレッションライフルを隠す様に背負ってから玄関のドアをゆっくりと開けた。

 そこには歩が立っていた。 歩は月野の服装を見て何かただ事ではないと察した。


「あのーこの家の者に用があるのですが」


 そう言いながら歩は部屋の奥を見ようとするが月野が視線上に身体を被せてくる。

 歩が露骨に怪訝そうな態度で見つめてくるので月野は怪しまれぬようにやり過ごそうとする。


「大丈夫だよ。 俺はこの家の者と知り合いなんだ。 でも今日のとこは帰ってくれ」


 月野はドアを閉めようとするが歩がそれを止める。


「歩は……歩は中にいるんですか? 歩に会わせてください」


「歩くんは理由が合って会えないんだ。 後日また来てくれ」


 それを聞いた歩はほくそ笑む。


「歩は僕だよ」


 月野はカマをかけられたと分かった瞬間今までの笑顔が嘘かのように鬼の形相で歩を睨む。


「クソガキが……」


 すると、 部屋から何かが倒れる音がした。 月野はリビングに駆けつけると菱形が棚の下敷きになって倒れているのを見つける。


「だめだよ。 女の子一人を置いてっちゃ」


 真堂は前に突き出している右手をポケットに入れながらソファから立ち上がる。

 月野は菱形に駆け寄り、 息があるのを確認してからサプレッションライフルの銃口を真堂に向ける。


「悪いけど当たんないよ」


 真堂は両手をポケットから出し、 撃ってみろと言わんばかりに堂々とした姿勢をとる。


「やってみねーとわかんねえだろ坊主」


 月野が引き金を引くと、 捕縛用の弾丸が射出される。 だが、 真堂の言う通りにその弾は真堂の一メートル手前で何かに阻まれ床に落ちるだけだった。


「──異能か」


 床に落ちた弾から真堂へと視線を移す。


「ああ。 でも俺のじゃない」


 後ろを振り向くと右手を前に突き出している歩が立っていた。


「なるほど。 君たちはグルってわけだ」


「別にあなたを傷つけたいわけじゃないんです」


 歩は月野の近づきながら話す。それでも月野は歩と真堂に銃口を向けていた。


「傷つけるつもりはないねー。 ウチの大事な部下がこんなことになってるのに信じられるかよ」


「それは……多少僕らの間でも方針が違うのかもしれませんが」


 歩は真堂を睨みつけるが、 真堂はヘラヘラと笑うだけだった。


「お願いです。僕たちの話を聞いてください」


 月野は歩の言葉を聞き、 話だけでも聞く気になったのか少し銃口を下げた。


 その時だ。 真堂は右手を突き出した。


「やめろ昇飛!」


 歩も防壁を作ろうとするが、 時すでに遅し。

 真堂はオレンジ色の波動で月野を背後へと突き飛ばす。 月野は後ろにあった障子を突き抜け、 和室の壁に背中を打ち付けられ意識が遠のくのを感じた。 そのまま床に頭を強打し生暖かい血液が頭から流れ出したのがわかった。


 月野は遠のく意識の中で菱形の方を見る。


 ──クソ。 クソ。 クソ。


 ※※※※※


「……さん……きのさん……月野さん」


 月野が誰かの声で目を覚ます。 頭の痛みは無くなっていた。 身体が変にダルい。


「……ひし……がた」


「おはようございます」


 菱形は月野の横で正座をしていた。 菱形の横には月野の見たことのない女が座っていた。 ウェーブ巻きのしている茶髪の美人だ。 心なしかいい匂いがする。

 月野が見知らぬ女を見つめているのに気づいた菱形はその女の紹介した。


「あっ、 こちら桂川さんです。 月野さんの怪我を治したのもこの方です」


 それを聞き桂川は月野の会釈をする。 それに合わせ月野も桂川に会釈をした。

 後ろから歩と八代も部屋に入ってきた。


「菱形。 これはどういうことだ」


 歩を見るなり月野は声色を変える。 菱形は後ろに立っている歩らを見てから月野を見る。


「月野さん。 私たち誤解していたかもしれません。 私、 全部聞いたんです。 彼らの事を」


「誤解? 現に俺とお前はこいつらに攻撃されたんだぞ」


「それに関しては僕たちが謝らなきゃいけません」


 歩は月野のそばまでより、 頭を下げた。 桂川は部屋から出て行き、 真堂を連れて来て無理やり頭を下げさせた。

 それなりの誠意を見た月野は事情だけでも聞くことにした。


 そして、 歩達は知り得る全ての事を話した。 自分達が魔法使いであることも。 真堂がなぜ商店街であの騒ぎを起こしたのかも。 今までこの力でしてきた事も全て。 全ての話を聞いた月野は大きなため息を吐いた。


「話は大体わかったよ。 それで真堂くんを追っていた男というのは一体誰なんだろう。 本当に面識はなかったのかい」


「ああ。 全く見た事もないやつだった」


「その事に関しては僕の方が知ってるかもね」


 後ろで黙っていた八代がここぞとばかりに近づいて来た。 そばにあったイスに腰を掛けて話し出す。


「半月型のメガネに念動力などの多数の能力からそいつはダニール・チェルノフだな。 有名な吸血鬼一家であるチェルノ家の一人であり古代人の人物」


「ダニールって名前だったのか……」


 真堂が呟く。


「ちょちょちょちょ、ちょっとまって。 聞きたいことがいくつかあるんだが……そいつはあの吸血鬼なのか?」


 あまりに話題が飛躍していたため思わず月野が話の腰を折る。


「ええ。 いますよ。 王国時代はもっと人口はいたらしいですけど、 僕たちの力の根源である魔法使いが根絶やしにしたとかしてないとか」


 八代が少しニヤケながら楽しそうに話し出す。


「そもそもなんで君はそんな事まで知っているんだ。 賢者の魔法って詳しくはどんな能力なんだ」


 またも話の腰を折られたことにニヤケ顔から表情を曇らせて八代は続けた。


「感覚でいうと知識が受け継がれてる感じです。 魔法に関する知識なら全て。 後は視覚的に魔法を見ることもできます。 例えば、 歩の『見えない壁』も見れます」


 ほうほうといった風に月野と菱形は頷くが、 正直あまり意味がわからなかった。


「俺もお前に聞きたいことがある」


 真堂がソファから身を乗り出しながら八代の方を見る。


「そいつは魔法って感じの戦い方じゃなかった。 あれはどういうカラクリなんだ」


「そりゃそうさ。 連中は魔法を使えないんだから」


「魔法を使えない?」


 八代の発言に歩も顔をしかめる。


「まず魔法ってのは血液と深い関係がある。 俺たちの魔力が限界に近づけば、 血管が青白く光り出すのもそれが関係している。 でも奴らにはその大事な血液が無い。 その代わりに奴らは脳で力を発揮する。 まあれっきとした『異能』だな。 昇飛がダニールの身体をいくら貫いても怯まないのに対して頭の一部が吹き飛んだ瞬間にビクともしなくなったってのは急所を突いたってことだ」


 八代はひと段落説明をし終えたところで満足気に髪をかきあげる。


「まだ説明して欲しいんだが、 さっきも言ってた『古代人』ってなんなんだ?」


「そのままですよ。 古代から生きながらえる存在です。 魔法使いや魔女にもたまにいますよ」


 八代が言おうとしたことを歩が先に言ったので八代が歩を肘で小突いた。


「まあわかったよ。 今回はひとまず引き上げる。 真堂くん。 君にはまた話を聞かなきゃいけないがその時は来てくれるね」


 真堂はムスッとした顔でシカトをする。


「そうですね。 ひとまずここは引き上げましょう。 どこかの誰かさんが二時間も眠っていらっしゃったんで」


 菱形の一言で月野が顔色を変える。


「二時間!?」


 そう言いながら、 月野は玄関に走り出しドアを開ける。 ドアから出る直前で思い出したかのように歩の方に振り向く。


「保志くん。 スマホの連絡先って聞いていいかな」

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