第一章 6 『真堂 昇飛』
響く泣き声。 逃げていく人だかり。 取り残される女の子。 次々に人を殺す連中。 それを見ることしかできない自分。
──守らなきゃ。 守らなきゃ。 守らなきゃ。 守らなきゃ。 守らなきゃ。 守らなきゃ。
「──っは!」
歩は息を切らしながら飛び起きる。 全身には汗をかいている。部屋着に染み込んでいるほどに大量の汗だ。
──またか。
そう思いながらも何の夢を見ていたのかはっきりとは憶えていなかった。
いつも通りの風景が窓からは見える。 外は晴天に恵まれているようだ。 部屋の時計を見ると短針はちょうど一時を指している。
マンションで一人暮らしをしている歩に起こしてくれる人などいないので、 これも普通の事だ。
少し寝すぎたなとノビをしてからベッドから起き上がり、 冷蔵庫に入っているペッドボトルに手を伸ばす。
喉の渇きを潤してから二度寝でもしようかとベッドに腰をかけた時にスマホが鳴り出した。 画面を見ると『桂川 真琴』と記載されている。
スマホを手に取り、 電話に出る。
「今どこ? テレビつけれる?」
寝起きのこともあり、 電話に出て急にきた問いかけの意味を理解するのに数秒かかった。 テレビをつけたことを伝えると次はチャンネルを指定された。
そのチャンネルをつけるとニュースが放送されていた。
『商店街でなにが』という文字が右上に書いてある。 なぜこれを見せたいのかと疑問に思っていたが、 番組が進むにつれて、 なぜ見せたかったのかがわかった。
「──これ……昇飛がやったのか?」
「うん……多分ね」
とりあえず本人に事情を聞かなければいけないと歩は急いで着替えを済まし家を飛び出した。
マンションの階段を駆け下り、 ロビーを抜けて外に出た。
すると、 そこには見覚えのある三人の男が立っていた。
「……なんであんたらがいるんだ」
思わず声をかけた歩にその三人はキラキラした顔で近づいてくる。
「マスター! マスターが出てくるの待ってたんですん!」
「マスターマスター! もうお昼ですぞ!」
「意外とマイペースなお方なんですね」
例の『アマチュア魔法クラブ』のポンコツ三人組である。
「マ……マスター?」
「わたくしたちはマスターに弟子入りすることを決めたんですぞ! そうすれば魔法も使えるかもしれないから!」
田中は相変わらず汗っかきなのかメガネを曇らせながら、 ハンカチで汗を拭いている。
「僕は弟子にしたつもりもないしするつもりもないよ。 今ちょっと急いでいるんだ。 悪いね」
こんな戯言に付き合っている暇はないと三人を押しのけ先を急いだ。
しかし、 こんなもので諦める三人でもない。 後ろからついて来ている。
「なにとぞお申し付けください! わたくしたちは弟子ですので」
和田吉が言う。
「じゃあ、 今日は帰ってくれ」
歩がそう言うと本当に三人は止まって、 ついてくるのをやめた。 ダメ元で言ったのもあり歩は驚いてはいたがその足を止めなかった。
※※※※※
「──痛っ!」
真堂はダニとの戦いで負った傷を幼馴染である田宮 佑奏に治療をしてもらっている最中だ。
「昇飛ほんとになにがあったのよ」
田宮は真堂の切り傷に消毒液を塗りながら聞く。
「だから商店街歩いてたら騒ぎに巻き込まれたんだって。 痛ってーな」
「うるさい。 黙ってジッとしてて。 消毒してもらえるだけありがたく思いなさい。── 全くなんでしょっちゅうこんなに怪我してくるのよ。 触るだけで怪我が治したりするお医者さんとか探してみれば」
「── 一人知ってるなー……」
「なに?」
「いや、 なにもない」
この淡々としたやりとりは長い年月共にしてきたのが伝わるくらいスムーズなものだった。
幼少の頃から家が隣ということや高校で三年間同じクラスということもあり、 田宮は真堂にとって数少ない心を許せる相手なのだ。
しかし、 真堂には田宮に言えないことが一つだけある。 自分が『魔法使い』だということだ。
魔力を受け継いだあの日から。 真堂はこれを言うべきか言わないでいるべきかずっと悩んでいた。
隠す理由もないのに何かが変わる気がして言う気にもなれない。
「早く怪我治しなさいよ」
田宮は救急箱を棚にしまってから玄関へと向かう。 今日も言い出せなかった。 そう思いながら真堂も立ち上がり玄関へと向かう。
「じゃあ、 私行くね。 家で安静にしてなさいよ」
田宮がドアを開けると野々山と金井がいた。
金井は真堂を見るなり頬を赤らめ、 一歩後ろに進んで野々山に隠れるようにしている。
「なんでお前らがいんだよ」
「今日は一葉と佑奏と一緒に買い物に行くのー。 あんたは家に引きこもってなさい」
野々山が真堂に嫌味ったらしく吐き台詞を投げつけてから勢いよくドアを閉める。
真堂は閉められたドアに内側から鍵をかけてからリビングに戻りソファに倒れこむ。
少し破れた学ランを手に取り、 しばらく眺めながら今日のダニとの戦いについて考える。
あの魔法とは違う気配。 一体何なのかもわからない。 念動力、 透明化、 異常なタフさ、 これだけの能力を魔法でないもので補っていた。
考えても全くわからなかった。 学ランを壁に投げつける。 このまま仮眠をとろうと目を閉じる。
──ピンポーン
インターホンが鳴った。
ソファから身体を起こし玄関へ向かう。 ドアスコープから様子を見るがドアの前には誰もいなかった。 田宮たちがイタズラでもしていると思い、 ドアを開けて外の様子を見る。
「動くな」
低い声と共に横腹に固いものが当たるのを感じた。
ゆっくりと右側を見るとそこには二人の男女がこちらに銃を向けていた。 月野と菱形だ。
「あんたら誰だ」
「俺たちは『ANTI-PSYCHIC SQUAD』。 君たちの様な異能者に対抗するための部隊だ。 商店街での騒ぎの張本人は君だね?」
「ここで立ち話するのもあれなので家の中へ」
菱形の一言と共に三人は家の中へと足を進める。
月野と菱形はリビングに入り、 真堂をソファに座らせる。 そして、 月野は部屋に落ちている学ランを見て確信する。 目の前のなんの変哲も無い高校生がとんでもない力の持ち主であると。
「君は一体何者なんだ。 なぜ、 そんな力が使える。 五年前の大勢の人が死んだ異能者同時多発強盗事件と何か関与しているのか」
「そんなに一気に聞くなよオッサン」
真堂は落ち着いた様子で口だけを動かすように言った。
「……俺はまだ三十六歳だ」
「十分オッサンだよ」
「え、 こいつ撃っていいか菱形」
「落ち着いてくださいよ」
そんなやりとりをしている最中。
──ピンポーン
二度目のインターホンが部屋に鳴り響く。
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