第一章 4 『スカウトマン』
「──魔法の念?」
「さっきも誰かに『素質を認められた』って言ってたな。 誰に認められた。 そして、 そいつとなにがあった?」
和田吉は他の二人と目を合わせ決心したかのように頷く。
もう一度、 八代と歩の方を見て静かな声で聞いてきた。
「八代氏。 『スカウトマン』って人を知っていますか?」
※※※※※
あの怪物ジュピアの出没から一週間が経ち、 未だにほとんどのメディアに取り上げられるほど世間は騒然としていた。
市民は警察や自衛隊の対応に不満を抱き政府への信頼は今や失いつつある。
数万人ものデモ隊が行進をする中継や内閣総理大臣及び防衛大臣等の会見は頻繁に放送されていた。
政府が安全を保証した所で市民の不安は消える事はない。 当たり前の事である。 見たこともない怪物は突如現れ街を破壊したのだ。
報道番組で根拠のない考察をするコメンテーター、 それを鵜呑みにしSNSで見当違いの推測をする傍観者たち。
二次災害は勢いを増すばかりで復興への目処が立つどころかますます遠ざかっていっている。
そんな中、 八代と歩はある喫茶店を隠れるように見ていた。 喫茶店側の歩道と反する歩道の裏道から顔だけを出すように。
横の建物からは誰かが歌っている声がかすかに漏れている。おそらくスナックかなにかがあるのだろう。
すっかりと日は沈んでいて、 裏道の奥はもはや何も見えない。
「見えるか?」
歩が尋ねるが八代に反応はない。 やっと反応したのはそれから五分経った頃だ。
「──ダメだ。 今日も来ないな。 本当にあいつらはここでスカウトマンと名乗る男に会ったんだろうな」
一週間前にアマチュア魔法クラブの三人はスカウトマンの存在について歩たちに話した。
喫茶店である男が自分たちに話しかけ魔法の素質があるといい握手を交わしたと。
その男は最近噂になっているスカウトマンと呼ばれる男だという事も。
「魔法を一切使えない三人が魔法の念を宿していたのは確実にそいつと何かが関係あるからだ。 早く見つけて聞き出したいところだがな」
八代は下ろしていた腰を持ち上げ歩の方に振り返る。 歩は今日も成果がなかったことに落胆し、項垂れながら裏道から出ようとしたが八代に肩を掴まれて立ち止まった。
八代の目は青く光っており裏道の奥を見つめている。
暗闇が広がる裏道を歩も同じように見るがなにもない。
「歩、 防壁を作ってくれ」
八代は肩を離し、 暗がりの方を見つめたまま歩に伝える。
「何かがいるのか?」
歩は暗がりに防壁を張るが誰かがいる気配すらない。 透明の防壁越しに様子を見ても何かが起こることもなかった。
「魔法の念がある。 四人……五人……いや六人か」
そう呟く八代に歩はいっそう暗がりに目を凝らす。
不気味なほどに続く道。 その向こうには敵がいるのか。 だとしたらなにをしているんだ。
歩が考えを巡らせていたその時だ。 槍のような光がものすごい勢いで飛んで来た。そのまま防壁に当たり消失する。
次はさらに多い光がこちらに向かってくる。 だが、 これも同じように防壁に当たっては消失する。
これで確実に魔法を使う者がいることをお互いに確信し、警戒をする。
しばらくすると複数の足音と共に暗がりから人が出てきた。 四人の男と二人の女。
防壁を解いてはいけないと歩は瞬時に判断した。
防壁の前で立ち止まった先頭の男に合わせて他の五人も立ち止まる。
「君たちは私に用があるのかね」
先頭の男は唐突と尋ねてくる。 歩は男の顔を見ようとするが魔法で隠されているのか黒い靄がかかっていた。
「あんたがスカウトマンか。 何者だ。 後ろの奴らは手下か?」
強気に聞く八代に六人は静かに笑い出した。
「──なにがおかしい」
「いや、失礼。 私がそんな風に呼ばれているとは知らなかったもので。 自己紹介をしよう。 私の名前はセルゲイ。 ドクター・セルゲイ」
形式的な挨拶をしながら、 先頭の男はさらに一歩前に進み出てきた。 それに負けんじと八代も一歩前に進む。
「あんたは一般人を勧誘しているらしいな。 魔法使いの素質があると戯言を吐いては連れ去る。 あんたはその手の変態か?」
挑発するように八代が聞くと女の一人がけたたましく叫びながら襲いかかろうとしてきた。 歩にもそれは殺意のある行為だとわかった。
しかし、 防壁がある。 女は八代の目の前まで来て防壁を殴り続けることしかできなかった。
「やめろ。 失礼じゃないか」
先頭の男は楽しむような声で女を宥める。
女は指示通り防壁から離れるがその目は八代を睨んだままだった。
「洗脳済みってことか。 さっきあんたらは暗闇から俺たちを殺そうとした。 そっちの方がよっぽど失礼だけどな」
八代も同じく楽しんでいるかのような声で言い放った。
「君たちが何を知ろうとしてるのかは知らないが私は忙しいのでね。 ここで失礼するよ」
そう言い残しドクター・セルゲイと名乗る男は裏道の奥へと姿を消そうとした。
「あなたは何がしたいんだ。 何をする気だ」
歩は防壁に手をつき縋るように聞いた。
「──いずれ分かるさ」
六人は振り返り闇の中へと姿を消す。深い深い闇へ。
しばらく経ってから歩は防壁を解き、 八代の方を見る。
額の汗で街灯の光が反射している。 強気な態度をとってはいたものの緊張していたのだろう。
無理もない。 なんせ八代は賢者の魔法使い。 戦闘に関しては無力に等しい。
「だから現場は嫌いなんだ」
八代は結んだ髪の毛をほどきながら歩にボヤいた。
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