第一章 3 『怪物ジュピア』

 怪物ジュピアは前に進もうと魔法で作った防壁を唸り声をあげながら拳で殴っている。 例の『アマチュア魔法クラブ』はどこかに避難はできたようだ。

 大きくため息を吐き、 防壁の構築に集中する。


 防壁の魔法使いである保志 歩は魔法で防壁を作り出すことしかできない。 つまり、 何かから守ることしかできないという事だ。 攻撃する手段もない。 ただただ壁を構築し、 現状を維持することが精一杯なのだ。

 しかし、 それも難しくなってきている。 怪物ジュピアの咆哮と共に繰り出される光線を三回ほど受けたところで壁にヒビが入り始めた。


 五回目の光線を受けた所で小さな穴ができた。このままだと壁が崩壊してしまう。


「真琴! 頼む! 修復してくれ! 香帆はこいつの動きを止めれるか!」


 治療の魔女である桂川 真琴は治療はもちろんだがあらゆる物を修復することもできる。 白い服にベージュの長いスカートを履いている桂川がヒラリと後方から走り出てきた。


「仕方のない弟くんね。 あとでアイス奢りなさいよね! 」


 そう言いながら桂川が防壁に両手をつけると、 防壁から緑色の光が滲み出てくる。次第に耳鳴りがするような高音を発し出し、 それと比例し壁の穴がみるみる塞がっていった。


 野々山は呪いで動きを止めようともするが、 素早さが鈍くなるだけで多少の助けにしかならない。

 だが、 この怪物ジュピアは並大抵の魔法使いが呪いをかけた場合はまるで意味をなさないほどに呪いに耐性がある。

 つまり、 動きを鈍らせるほどの呪いは凄まじい魔力を消費することになるのだ。


「頑張ってるとこ悪いけど、 六時の方向から航空自衛隊の偵察機が接近中だよ。 あれには高機能なカメラが搭載されてるなー。 金井、 その不死身ちゃんと全員を消してくれ」


「──了解」


 八代からの報告を受けた金井は目を瞑り夜空に手をかざす。 その瞬間になんの音も無くスッと歩たちは姿を消した。 外からの干渉を遮断したのである。

 偵察機からは目視はもちろん、 赤外線での探知も不可能になった。 怪物ジュピアの咆哮も光線を発する際の轟音も聞こえない。 崩壊したビル街が広がるだけの光景に偵察機は通り過ぎて行った。


 一方、 怪物ジュピアの猛攻は止まらない。 額から生えている角も熱を持ち始め、 赤く染まり空気中の水分が蒸発して煙を上げている。


「歩くん! そろそろ限界じゃない? ここは一度撤退して魔力を練り直した方がいいと思うの! あいつの予想以上な力に私の修復も追いつかなくなってきた」


 防壁はボロボロになり今にも崩れそうになっている。 ヒビは全体まで広がり、 穴は怪物ジュピアの片手が入るほどまでになっている。

 予想以上に一撃一撃が重すぎる。二十発は防げると思ったがまさか十発程度の光線でここまで追い込まれるとは思っていなかった。


 ──あともう少し……あともう少し……


 必死に耐え抜く。 ここで自分が崩れる事になれば、 全滅してしまう。 歯を食いしばるが腕の震えが止まらない。 汗もダラダラと流れる。


 血管を巡る血液が青白く光り始めた。限界が近づいているサインだ。魔力も底を尽き、 身体が悲鳴をあげ出すと訪れる現象だ。


 桂川と野々山も血管が青白く光っている。いつもは無駄口を叩く桂川もさすがに厳しい状況に追い込まれているのか無口になっている。野々山も肩で息をするようになりながら必死に食らいついている。


「MARS.1、MARS.2、MARS.3は足元に放射型魔注貫通弾発射」


 藤ヶ谷と三体の人型魔導機具も怪物ジュピアの外殻に攻撃を仕掛けサポートをするが、 傷はつくものの顕著な効果は見られない。


 このメンバーでこれだけの決死の抵抗をしても不死身の怪物からすれば、 全く意味がないように感じてきた。


 ──その時、 眩い日差しが怪物ジュピアを照らした。 あまりにも眩い日差しにその場の全員が目を細める。


「──日の出か」


 日差しを受けた怪物ジュピアは咆哮だけを残し、 灰のように散り散りになりながら姿を消した。日差しを反射してキラキラと光るその偶然の産物は美しく舞っている。


 終わった。 さすがにきつかった。 フゥーッと長い息を吐きながら地につけていた重い手を持ち上げ、 立ち上がる。

 桂川はへたり込み、 野々山も膝に手をつき息を整えている。金井もさすがに疲れ切っているのか袖で汗を拭う。藤ヶ谷の人型魔導機具たちは煙をあげながらボロボロに大破している。


 たった十数分の戦い。 短時間でこれだけの魔力を消費する戦いは初めてのことだった。

 ヘトヘトになりながらも歩は周りを見渡し、 三人のアマチュア魔法クラブと名乗る男達を探す。


 怪物ジュピアが現れたビル街から二キロほど離れた公園からは真っ赤に燃え上がるビル街の光だけが夜空に浮かび上がっていることしか確認できない。 公園の真ん中にあるタコを模した遊具の中で例の三人はいた。


「いいですか?またあの怪物が来たら即座に逃げるのですぞ」


「でも彼らにあんな巨人を倒せるのでしょうか……」


「信じるしかないですん」


 アマチュア魔法クラブの三人は全力疾走でただあの場所から離れることだけを考えていた。

 しかし、 体力に自信のない三人はこの二キロ離れた地点で力尽きてしまったのだ。


 ここまで走っている間は、 まだ何かができる。 きっと魔法はこれから身につけられる。

 そう思っていたが、 公園に逃げ込み遊具の中で時間が経つのを待っていると同時に三人には情けない思いがこみ上げてくる。

 自分たちには魔法が使えると信じて怪物に立ち向かった。 それなのに、 魔法が扱える前兆のようなものも感じれなかった。

 和田吉はつけていたハチマキをはずし、 それを見つめていた。


「──はあ〜」


 三人は大きなため息をこぼす。


「あっ、 いた」


 タコの遊具の外から声がした。 三人が声のした方を見ると、 歩が遊具の下から顔を覗き込ませている。


「あの怪物は……『超人アンコウ』はどうなったんですか?!」


「──超人アンコウ?」


 歩は眉をひそめるようにして聞き返す。


「あれは怪物ジュピア。 不死身の巨人。 何世紀も封印されていたはずなのに、 どこかの魔女が封印から解きやがった」


 そう言いながらもう一人の男が公園に入ってきた。 長い髪の毛を後ろでひと束に結んでおり、 目は青白く光っている。 首あたりの血管も同じように発光している。 そして、 その光は次第に消えていき、 歩の隣で立ち止まる。


「俺は八代って名前だ。 あんたらは?」


 青白い血管は引っ込みすっかりと元の顔に戻った八代は三人の顔を覗き込むように聞いた。


「田中ですぞ」


「松本ですん」


「和田吉です」


 三人は軽い自己紹介をリズム良く済ませる。


「あまり現場には来たくなかったが、 どうしても気になることがあったんでねぇ。 君たち三人に聞きたいことがある」


 八代は三人の顔を順に見ながら言った。


「──それはこちらも……じょ……条件が……条件があります」


 和田吉がボソッと呟く。


「条件? 」


 歩が聞くと和田吉は伏せていた顔を上げる。


「じょ……条件です。 あなたたちはどうやって魔法を身につけたんですか? ──魔法の身につけ方を教えてもらえればあなたたちの質問に答えます」


 それを聞いた歩と八代は顔を見合わせる。


「僕たちはまだまだアマチュアの魔法使いです。 魔法さえ使えないものの素質を認められた。 だから僕たちも──」


「ちょっと待て。 素質認められたって誰に認められたんだ?」


 話を遮る八代に和田吉は不服そうな表情を浮かべる。


「そ……それはあなたたちが魔法使いになった経緯を説明されてから話しますよ」


 和田吉は変わらないボソボソ声で喋る。 八代が田中と松本の方を見るが二人とも同じように地を眺めている。

 八代は後頭部を掻いてから話を切り出した。


「昔この国は王国だったってのは知ってるか?」


「はい、知っています。 でもその王国はたしか紛争か何かで自壊したとかなんとか」


 食い気味に答える和田吉に八代はほくそ笑みながら顔を近づける。


「俺たちが学校で学んだ王国の歴史は全部真っ赤な嘘だ。 紛争で滅んだ歴史というのも誰かが作った歴史なんだよ」


 そう言った八代の言葉を最後に沈黙が流れ出した。 今まで聞こえていなかった虫の声がどこかでしてくる。 和田吉は何かを言わなきゃいけないと思う気持ちで口籠っていた。田中と松本も目を見開いて遠くの方を見て固まっている。


「ぼ……僕たちが信じてきた歴史は全部嘘ってことですか? なんで……なんでそんなこと……一体誰が。それとあなたたちの魔法は何か関係があるんですか」


「待て待て。 一気に聞いてくるなよ。 めんどくせーな。 歩、 こっからはお前に任せるわ」


 急に自分の名前を呼ばれ驚きつつ、 どうして自分がという表情を浮かべる。

 しかし、 三人の顔を見て自分が説明するまでは引き下がらないと悟った歩は諦めた。


「王国には何人もの魔法使いがいたんだ。 魔法はその時代の人々の生活を助ける。 もちろん魔法を悪用するやつらもいたらしいけど。──そして、 ある偉大な魔法使いは死ぬ前に自分の魔力を八人の弟子に分け与えた。 理由はわからないけどその八つの魔力は今も引き継がれている。 僕たちが魔法を使えるのはその魔力を引き継いでいるから。 僕たち自身もここまでしかわからない」


「ちょちょちょ、 ちょっと待ってくださいね。 国が滅んだ理由は何なんですか?」


「言ったろ? 魔法を悪用するやつらもいたって。 そいつらが王国を滅ぼしたって言われている。 それで偉大なる魔法使いは魔力を残した。 自分が死んでも悪事を働く魔法使いと対峙できるために」


「あなたたちは他人から継承されたと……。じゃ……じゃあ、 やっぱりわたくしたちには魔法は扱えないんですね」


 自分たちに魔法は使えない事実を知り、 三人は黙り込む。 そして、 先ほどの沈黙と同じような状態になっていたが今回は早めに八代が沈黙を破る。


「次はあんたらの番だ。 聞きたい事は一つ。なんで魔法が使えないあんたらから魔法の念が見えるんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る