第一章

第一章 1 『北の魔女』

 

 ──数分前


 保志ほしあゆむは仲間たちと共に対象物が隠されている大企業へと潜入していた。


 ──ユアライフカンパニー、 あなたの未来を支えます。


 廊下の壁に貼り付けてある液晶画面から女がこちらに向かって呼びかけている。

  まるで家電量販店にあるテレビ画面の様に無数の画面がそのCMをループしている。


「あなたの未来ね〜」


 歩はそうボヤきながら、 誰もいない長い廊下を歩いていた。 コツコツと歩の足音だけが廊下に響き渡る。


「歩。 対象は見つかったの?」


 耳につけているインカムから激しい息遣いの女の声が聞こえてきた。

 歩はなにも反応せずにそのまま廊下を進む。



 ※※※※※




 ──怒号が飛び交う。 二十人ほどの男達が銃を取り出し一方に向かいひたすら乱射している。


 しかし、 その弾は全て柱にあたり目標には当たっていない。それでも、 打つしかないと男達は躍起になり引き金を押し続ける。


「ねえ! 銀治! 歩のインカム壊れてるんじゃないの!? 歩からの応答がないんだけど! 」


 今まさに柱に隠れながら男達の目標にされている野々山 香帆が銃声で音がかき消されぬようにとインカムに向かい叫ぶ。 そろそろ耳鳴りがしてきた。


「そんなはずはない! 僕の魔注は完璧だ! 」


 インカムから情けない男の声で応答が来た。それも銃声が響き渡る中では聞こえるはずもない。


「──こちら歩。 対象にあと少しでたどり着く。 香帆と銀治はもう少し耐えてくれ」  


「聞こえてたんかい! 」


 すると、 突然一斉に銃声が鳴り止んだ。急に銃声が鳴り止んだ事を不審に思い恐る恐る柱から顔を出し見てみる。


 すると、 銃を乱射していた男たちは消えていて、 代わりにそこにはスーツ姿でスキンヘッド、 なにか右腕に巨大な義手の様なモノをつけた男が立っていた。

 その義手の様なモノの手のひらをこちらに向ける。 手のひらの真ん中が青白い光をは放ち出した。


 ──まずい。


 直感的にそう思い柱の陰から離れた。


 ものすごい高音を発しながら、 義手から発射された丸い閃光は柱をかすめ後ろの壁を貫通していった。


「まずいよ。 義手型の魔導機具をつけたやつと交戦中。 銀治、 あんたこっちにこれる?」


「──魔導機具?! やっぱりあのリークは本当だったのか。 わかった。 今すぐ向かう」


 野々山は別の柱に移動し、髪をくくってから、 もう一度柱から顔を出して敵の動向を伺う。


 スキンヘッドの男は不敵な笑みを浮かべながら、こちらに手のひらを向け、また青白い光をチャージしている。


 ──中距離型か。 なんとかしてあいつに近づかないと……


 そして、 二度目の発射がされ、床に着弾した。それと同時に柱から飛び出し男に向かって全力疾走する。ここしかない。敵の足元まで走って呪いをかけ動けなくしてやる。

 それしかないと野々山は賭けに出て飛び出したのだ。


「オラァァァアアア!!!! 」


 自分を鼓舞するかの様に大声を出し、少しでも近づくために廊下を駆け抜ける。

 だが、男はスーツの中に左手を突っ込み黒いなにかを取り出した。


 ──え?なに?拳銃?


 一瞬状況が読めず、それが拳銃だと気づいた時には男の銃は火を吹いていた。


 目をつぶる。


 しかし、痛みはなかった。

 目を開けると、目の前には2mほどのロボットが立っている。鎧を見にまとった人間かのようだがこれは違う。


「……間に合った」


 後ろから弱々しい男の声が聞こえた。


「銀治!! 」


 後ろを振り向くと、藤ヶ谷 銀治が立っていた。長身でヒョロっぽく見え、 メガネをかけているせいでオタク度が増している。


「MARS.1! そのハゲを拘束しろ! 」


 ※※※※※



「──ここか」


 暗く湿った空気に吐き気がするような空間だ。

 どこかでポタンと雫が落ちる音がする。


 その部屋の真ん中には正方形のキューブが透明のケースに入れられてある。


 歩は透明のケースに丸い吸盤をつけてから、 ボタンを押す。 吸盤は少しずつ高音と光を出しながら小さな爆破を起こし、 透明のケースに穴を開けた。


「銀治はいい仕事してるな〜」


 透明のケースに手を入れ、 そのキューブを取り出す。 低い音を常に出しながら、 怪しい紫の光を放つキューブを背負っていたリュックに入れようとした。


 その時だ。 何かが右側から飛んでくる。 咄嗟に右手をかざし飛んできたものを弾く。


「フッフッフッ、さすがは防壁の魔法使いね」


 暗闇の中から女の艶のある声が聞こえてきた。その女は暗がりから姿を現わす。どこからか冷たい風が吹いてくる。

 唇は黒く色ずいており、 黒いドレスを身に纏っているその声の主を歩は睨みつける。


「──マダムノースか」


「ほう、アタシのことを知ってるとはねぇ」


 マダムノースは歩の方を見つめながら笑みを浮かべている。


「名前くらいなら知っている。 玉夫たまおならもっと詳しくわかると思うんだがな」


「賢者の魔法使い。 八代 玉夫の事かい? 」


 それを聞いて、 顔を歪める。


「なんで玉夫の事を知っているんだ。さっきも俺のことを防壁の魔法使いってことを知っていたな。 どこまで知ってるんだ?」


 マダムノースは高らかに笑い始めた。 不気味なほどに高い笑いだった。歩はそれを変わらぬ態度で見つめる。


「あんたたちの事ならなんでも知ってるよぉ。 闘乱、 防壁、 呪詛、 治療、 幻影、 召喚、 魔注、 賢者の八人の魔法使い。 偉大な魔法使いと謳われるアイツの力を授けられたのだろぉ? ここに来たのも、 このロストテクノロジー失われた文明を手に入れるためか」


 さっきまで持っていたはずの紫にきらめくキューブがマダムノースの手の中にあった。

 キューブに向かい、 白い息を吹きかける。 すると、 そのキューブは煙のように消えていった。


「お前だろ? ユアライフカンパニーにキューブの在り処と使い道を教えた張本人は。 いずれは誰が連中に存在を教えたのか突き止めようと思ってたけど、 そっちから出てくれるなんてありがたいね」


「そうだよぉ。 アイツらにキューブの使い道を教えたら思った通り食いついてきたわぁ。 半永久的に使えるエネルギー源なんて人間からすれば美味しい話だろぉ? おまけで魔導機具の作り方も教えてやったのさ」


「目的はなんだ? お前に利益はないだろ」


 それを聞き先ほどまでニヤニヤしていたマダムノースは急に真顔になり軽蔑するような目で見つめだした。


「──利益?目的? これだから人間は……くわえ人間紛いのようなお前たちも。 全ての行動に目的があると思うな若き魔法使いよ。 アタシは面白いと思ったからやっている。 面白いと思った方につく。 それだけよぉ」


 黒いドレスの裾をつかみ少女のようにフリフリと振りながら、 淡々とした声で話した。

 するとハッとしたようにこちらを向き、 また笑みを浮かべ始めた。 この笑みには理由がないのか?


 否。 その笑みには理由があった。


「アンタさぁ。 ジュピアって知ってる? 昔にアンタの力の根源である魔法使いが封じ込めた不死身の怪物なんだけどね。 ──こんなところで時間を潰してていいの? 今頃、 外は火の海じゃないかしら」


「封印を解いたのか!? なんで。 なんで解いた! 」


「さっきも言ったはずよぉ? 全ての行動に目的がつくとは限らない。 もちろん、 面白いと思ったからよぉ」


「ふざけるなっ!! どうやったら封印できるんだ! 」


 怒鳴り声をあげるが、 マダムノースには届かない。


「さあねぇ〜。 お仲間の賢者さんに聞けば?アハハハハハハハハ」


 マダムノースは笑い声とともに冷たい風を纏い、 消えていく。


「また会いましょう。 若き魔法使いよぉ」


 冷たい風が消えた頃には、マダムノースの姿形は無くなっていた。


 そして、 歩は踵を返しインカムに向かい叫ぶ。


「総員、 今すぐ屋上に向かえ! 」

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