真っ赤なきつねと黒めのたぬき

コウサカチヅル

貢がれたのは……

 ここは、元白狐もとびゃっこの俺・弥火狐やひこまう、すこさびれた和風わふうやかたヒトはいることはままならない山奥やまおくの、竹林ちくりんの中にひっそりとるその屋敷やしきは、もうじきひるになろうかという頃合ころあいだった。


「ううむ……」

 渋面じゅうめんつくり、ちゃぶだいの上でいいにおいをさせる供物くもつにじーっと見入みいる。赤毛あかげがった狐耳きつねみみをぴこぴこうごかし、これまた赤毛あかげのふさふさな尻尾しっぽで、小さくたたみをぺしぺしたたきながら。

 視線しせんさきには、半分はんぶんまでがしたふた重石代おもしがわりのはしせた、あかみどり容器ようきがひとつずつ。


主様あるじさま、なにをなやんでいるのです?」

 ついと背後はいごから、すずやかで愛らしい声がする。俺は正座せいざをしていたにもかかわらず、ぴゃっ、とそのままびあがりそうになった。声のぬし全力ぜんりょく抗議こうぎする。

「みっ、美水狸みずり!?! 出かけていたハズでは!? というか、この俺をおどろかせるな!」

べつ気配けはいしていませんけれど……今日ははやめに、手製てせい髪飾かみかざりが売れたもので。よい出汁だしかおりがしますね。随分ずいぶん面妖めんようものはいっていますが……」


 けていたかさきながら、くまでふわふわ・のほほんとこたえるこのだぬきが、美水狸みずりだ。

 こげちゃに黒の獣耳けものみみ尻尾しっぽち、きれいにそろえた長い黒髪くろかみうつくしい彼女は、うぐいすいろ着物きものがよく似合にあっていた。

 おさないころ俺にひろわれた美水狸みずりも、はやいものでもうよわい21になる(ちなみに俺は、今年で丁度ちょうど600さいだ。光陰こういんってのごとしだよな)。


「『かっぷめん』というらしい。おそそぐと、出来たてみたいなそばが完成かんせいするんだそうだ。猫又ねこまた花猫かびょうが、人間ニンゲンさとから調達ちょうたつしたと言ってくれたんだが……。ったく、俺が神位しんいうばわれてもなお、みつぎつづけるとか……しょうもないやつだよな」

「おしりしてもらいたいんじゃないですか? うるわしい男性だんせいならどなたでもゆけるクチの男色家だんしょくかじゃないですか、あのかた」

「おおお、おまっ、せっかくぼかしてやってるのに!! 『おぶらぁと』につつむことをおぼえろ、まったく!!」

 直球ちょっきゅうすぎる美水狸みずり指摘してきに、俺はこれ以上いじょうないくらいあわてふためく。たしかにそこはかとなく、というかかなり露骨ろこつに……そういう空気出くうきだされたけれども!!

「それで、容器ようきになにか文字もじが……、ええと、『赤っぽいきつね』に『わりみどりなたぬき』?」

放置ほうちか!! いや、それはこのさいどうでもいい! 俺はどうしたらいい、美水狸みずり!? あンの悪趣味あくしゅみ、よりにもよって『きつねそば』と『たぬきそば』っていうのをわたしてきたんだ!! 妖狐ようこの俺が『きつねそば』なんていただいちゃった日には、なんとなく共食ともぐいだろうが!!」

「ふむ。『なんとなく共食ともぐい』ということは、実物じつぶつはいっていないのですね?」

冷静れいせいすぎるお前が俺はときたますこぶるこわい!!」

「ですが、そういうことでしょうし。ならば、『たぬきそば』をしょくせばよいのでは?」

「っ、それが……ッ」

 俺はにぎりこぶしを作り、くやしそうにつのった。

「『きつねそば』には、俺の愛してやまない油揚あぶらあげがはいっていたんだ!! 食べ……じゅるっ、食べたいだろうこんなの!!」

「わぁ、そのきったないよだれ、きましょうね☆手巾しゅきんをどうぞ、主様あるじさま☆♡」

「『きったない』とか言うな!! 泣くぞ!!」

「もう号泣ごうきゅうしているじゃないですか……」

 じょばーっとなみだ噴出ふんしゅつさせる俺に、美水狸みずりたもとから手巾しゅきんを取りだして、まずは俺のまなじりに当てた。優しくて、安心するにおいに、俺はスンッと泣きやむ。われながら超速ちょうそくだったと思う。

 続いて手巾しゅきん場所ばしょえ、俺の口許くちもとをかいがいしくしながらう。

「……なぜ、ありえないほど少食しょうしょく主様あるじさまが『たぬきそば』まで同時どうじに作ってしまわれたのか、わたくしにはわかりません。主様宛あるじさまあてのものをうらや趣味しゅみなど、この美水狸みずりにはありませんのに……」

 そっと彼女をうかがうと、いつも飄々ひょうひょうとしている美水狸みずりが、このうえなく心配しんぱいそうに俺を見つめていた。


 そう、美水狸みずりはそういうむすめなのだ。いつだって、俺のことを一番におもってくれる。


 9年前、俺が側仕そばづかえのとらつみせられ、御上おかみから神格しんかく剥奪はくだつされたときも、そのあともずっとずっと、なにひとつ変わらずそばにいてくれた。


「――本当は『かっぷめん』、美水狸みずり一緒いっしょに食べたかった」

 でも、できなかった。


「俺は、『きつねそば』がどうしても食べたくて。『たぬきそば』は、だぬき美水狸みずりにはあげることができなくて」

 あさましすぎて食べたい気持ちにてなかったけれど、美水狸みずりすこしでも『いやな気持ち』になるのは、どうしてもらしたかった。


 美水狸みずりが優しくうなずいて、続きをうながす。

 俺は、心からの言葉をつむぐ。


「……それにきっと、この『きつねそば』と『たぬきそば』は『仲間ともだち』なのかな、って思ったから……、どうせ食べられるなら、そのときは一緒いっしょが『うれしい』って思ったんだ……」



 それが生者せいじゃでも、なにかモノだったとしても。


 ――俺はせっかく『出逢であえた』なら、すべての『えにし』に、できるかぎりのことがしたいんだ。



「! ……ふふ。ふふふふ!」

「や、やっぱり可笑おかしいか?」

「ふふ、これは、ちがうのです。――それでは確認かくにんなのですが。主様あるじさまは、『たぬきそば』をどうしてもご所望しょもうではないのですね?」

 美水狸みずり一瞬いっしゅん、おなかかかえて笑ったけれど、すぐさま目許めもとなみだぬぐってやわらかくたずねた。

「うっ、『たぬきそば』には悪いが、うん……」

「では、僭越せんえつながら、『たぬきそば』にはわたくしのおなかはいってもらいましょう」

 丁寧ていねい所作しょさで俺のとなりすわり、『たぬきそば』をすっと引き寄せ、手をわせる。

「え。え゛え゛っ!?!」

「ほらおはやく、主様あるじさま? おそばがびてしまいます」

 『いただきます』のかたちのまま上目遣うわめづかいをする美水狸みずりに、俺はあわあわとりょうの手をあっちこっちにさまよわせる。

「だ、だって、なんとなく共食ともぐい……ッ」

「ふふ、主様あるじさまとなら……一緒いっしょに、どこまででもちてあげます」

 そのみがあまりにつやっぽくて。

 俺は、なんだかよくわからないけれど、

「!! ……ふんっ。――えないやつ……」

 になりながら、ぷいっとそっぽをいた。



✿✿✿✿✿



 ふたりきりのやかたで、俺たちは『いつものとき』をごす。


「あら美味おいしい。これ、どのあたりが『たぬき』なのでしょうね?」

「んー、ずずっ、なんか花猫かびょうが、てんぷらの中身なかみれない、ずぞぞー、つまり『タネヌキ』からきているせつと、あとは――」

「まあまあ、おそばをすすりながらおはなしするなんてお行儀ぎょうぎが悪いですわよ、主様あるじさま?」

「なッ、美水狸みずりが話しかけてきたからぐっ、むはっぺへッッ!?!」

「あらあら、せてしまわれて。そのきったないおつゆまみれのおかおきましょうね☆♡♡」


 きつねと、黒めのたぬき

 こんな感じで、俺たちの『えにし』はきっと、いつまでも続いていく。




【終】

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