20210417:消えない影とおともだち
【第160回 二代目フリーワンライ企画】
「もうこりごりだ」
はじめてのおともだち
それとこれとは話が別
寂しい夕暮れ
知らなかったじゃすまされない
<ジャンル>
オリジナル/SF。小惑星に降りた瞬間、相棒が死んだ。
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『あなたははじめてのおともだちよ』とあなたは笑いかけてくれました。
相棒と二人、仲間の遠隔サポートを受けながらあなたは小惑星に着陸しました。何万年もかけて降り積もった砂塵を巻き上げ宇宙の彼方へ吹き飛ばしながら着陸生活艇が地面を踏むまで、あなたの旅は順調でした。艇が完全に制止した時、警告も注意も一つも表示が出ていないことを確認した後、あなたは相棒と狭いコックピットでハイタッチを交わしました。そして、生活棟へと足を向けたのです。
狭い通路を通り隔壁を通り、農場や資源再生プラントのある区域の扉のロックを慎重に外し、想定通りの低重力に苦心しながら扉を開け、着陸シーケンスの必須装備のまま滑り込むようにして区画に入ったあなたは、手順の通りやはり苦労しながら扉を閉じました。警告が出ていないことは確認していましたが、全くどこにも問題が無いことを確認すると、心の底から安堵しました。
ヘルメットのバイザーが曇ってしまうのではないかと心配されるほど長く深く息を吐きだしたあなたは、コックピットへ戻ろうと身体をひねり、そして、その音を聞きました。
先ほどは聞かずに済んだ警告音がけたたましく耳元で鳴っています。シーケンスに従い通信機のスイッチを押すと、警告音は鳴りやんで、そして、遠隔でサポートしているオペレータが、悲鳴のように告げたのです。
「流れ星警告! コックピット!」
あなたは慌てて扉に手をかけました。ハンドルを苦労してひねり、もう少しでロックが開くと感じたその時、艇が確かに揺れました。あなたはオペレータよりももっと悲鳴のような声を出していました。
「ニコルは? 無事なの!?」
オペレータの声はすぐには返ってきませんでした。あなたはハンドルを回し切ろうと力を込めます。しかし、そのたびに手は滑り、ハンドルは一向に回りません。
「よく聞いて、キャロル」
何度手を滑らせた時だったでしょうか。ついにオペレータが応えました。
「扉は開けないで。もしコックピットに行くのなら、後部の予備エアロックを使って、外を回るの。言いたいことわかる?」
「わからないわ」
いいえ、あなたはわかっていました。わかっていながら、わかりたくないと心の底から願いました。
あなたはエアロックへと取って返し、シーケンスに従って各種の確認を一人で実施した後で、小惑星の表面へと降り立ったのです。
太陽は正面にありました。数時間に一回自転する小惑星は、闇夜と、朝焼けと、白昼と、夕焼けを恐ろしい早さで繰り返します。降り立ったのは白昼のことでしたが、今はあなたの目の前に太陽はあり、周囲は赤く染まることもなく、気付くと影が生き物のように伸び、闇がそこかしこから沸き上がり、あっという間に染めていきます。
『寂しい夕暮れ』
あなたはぼんやり思います。
小惑星は重力が弱く大気が希薄で、一度ジャンプすると簡単に重力の楔を振り払い、大宙(おおぞら)へ飛び出して行ってしまうほどです。空気はないに等しくて、つまり空気の散乱も起こりません。太陽光は赤くも青くもなく、赤く染めるでも青く見えるでもなくただ地平線へ沈んで行きます。
母星で慣れ親しんだ薄暮も、天気を占う空色も、ここには何もないのです。だからあなたは寂しいと呟きました。そしてもちろん、確信めいた予感と、先行きの不安と、冷静な部分を総動員し、やはり寂しいと思ったのです。
こんなことがあるかもしれない。確率が低いながらも想定はされ、あなたは訓練を受けていました。最小限の装備というものは、想像しうる出来事を考えたうえで決定された装備であり、つまり、何らかの事態が起きた時であったとしても、知らなかったじゃすまされない、想像しなかったではすまされない、そういう類のなのです。
艇を大きく回り込み、あなたはコックピットを確認します。恐る恐る近寄って、詳細を確認します。
想像することと、目の前にあることと。それとこれとは話が別というのもまた事実です。
小惑星は重力が弱く大気を持たず、芯から冷え切っているため磁力も当然ありません。流れ星はどこかで燃え尽きることなく勢いのままに地表をえぐり、クレーターを作り上げます。
その最新のそれでも大きいとは言えないクレーターは、コックピットの周囲に生まれていました。
あなたはそうして、たった一人になったのです。
オペレーターは救助を向かわせると約束しました。
相棒の最期の姿は敢えて見ようとは思いませんでした。
あなたは農場に取って返します。幸か不幸か農場の再生プラントも無事で、スペアの管理コンピュータも無事起動がかないました。
あなたは待つことを選びました。待つことを選ぶ以外に方法はありませんでした。
あなたは落ち込むより手を動かしました。
野菜を育て、タンパク質を合成し、排泄物を分解させ、寝場所を確保し、そうして生活サイクルを作り上げていきました。
オペレータの声は何時しかスイッチを切っていました。小惑星のサイクルとは全く異なる本星の時間軸で一日一度の定期報告をするほかは、一人で黙々と生活だけを続けました。
時折、寝心地がいいとは言えないながらも寝るのに不自由がない程度に整えられた寝床の中であなたは冷や汗をかいて飛び起きることがありました。そんな時は耳を澄ませ、コックピットに通じるはずの扉に手を当て、震える手を握りしめるのです。
「もうこりごりだ」
私があなたの目に映ったのは、幾度目かの呟きの後でした。
「こんにちは、キャロル。私はあなたの目にはどんな風に映っているのかしら?」
あなたは目を瞬きました。
ぼんやりと見開かれた目は、幾度も幾度も瞬くうちに、『私』へと焦点を合わせていきます。
そして完全に『私』へと焦点を合わせると、再び忙しく瞬きました。
「本星外生命。エイリアン」
「そう、あなたたちの言葉でいうところのエイリアンね」
私はくすすと『笑い』ました。少なくともあなたは私が笑ったのだと認識しました。
あなたは力なく笑いました。それ以外方法が無いとでもいうように、口端を持ち上げ頬を上げ、『笑い』の表情を作りました。
「本星外生命体の発見と接触は、ニコルの夢だったのよ……」
残念。私はそう捉える仕草をしました。あなたは私が残念に思っていると直感しました。
そして、生活のために、生命のために揺れる感情を抑え込むことに成功すると、あなたは今度は力強い笑みを見せたので。
「私は今一人なの。たった一人で迎えが来るまで生き延びなければいけない。あなた、話し相手になってくれる……?」
あなたが定期報告で私のことを伝えると、オペレーター側は大騒ぎになったようでした。何日か何度かのやり取りの末、私は『存在すること』になりました。
あなたは迎えが来ることをとても楽しみに日々を過ごしています。本星へ帰れるからではありません。孤独ではなくなるからでもありません。
『私』という存在を本星の人々が受け入れること、あなたが第一接触者として扱われることを想像すると愉快な気分になったのです。
あなたはすっかり定着した一日のタスクを終えると、清拭してから寝床へともぐりこみます。八時間の眠りに落ちる前、私へと手を伸ばし、私の『頭』をそっと撫でます。私がここに居ることを確かめるとでもいうように。どこにもいかないで、起きたらまたそこに居てと、懇願でもするように。
そしてあなたがすっかり眠りに落ちてしまうと。
私の存在は消えるのです。
「おはよう、エリス。小惑星へきてはじめてのおともだち。さぁ、今日を始めましょう」
寝ぼけ眼のあなたの声で、私は『私』を取り戻します。
無味乾燥な朝焼けが艇を照らし、代り映えのない白昼が艇を包み、寂しい夕焼けが影を伸ばし、黒々とした夜が訪れる中、消えない影が『私』を『私』たらしめます。
「おはよう、キャロル。私は今日もここにいます」
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