20210306:蜜蜂の葬列の中
【第154回二代目フリーワンライ企画】本日のお題
蜜蜂の葬列
一瞬のときめきを返せ
今まで何を見ていたの
たとえば君が消えたとして
大人になるまで
<ジャンル>
オリジナル/戦争最前線
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蟻が列をなすその横で蜜蜂が列を成して、落ちている。
蜜蜂の葬列を見かけたなら、近寄ってはいけない。逃げなくてはならない。
ましてや『葬列』の会場に行き当たってしまったなら。
「なっ」
村で言い伝えられている言葉が無くても、大量の蜂が落ちている、そんな現場を目撃したら誰だって逃げたくなる。
思わず後ずさった私は、暖かい何かにぶつかった。
「動くな」
口元が何かに覆われた。振り返ろうとした肩は、両腕ごと拘束された。
知らない温度が背に当たる。耳元に息遣いが聞こえてくる。
――土地神様の怒りと、ひとさらいには気を付けるんだ。
ばーちゃんの声が頭の中で蘇る。
ひとさらい。
背筋が凍る。鳥肌がたつ。
逃げなけば。肩を上げる。身をよじる。腕を動かす。もがいてみる。
私を締め上げる腕の力は逃さぬようにと一段と増した。
「待て、抵抗するな、ガスを吸っちまう。お願いだから大人しくしてくれ」
その声があまりにも本当に懇願するようで可哀そうにすらなってきたから。
暴れるのをやめたら、力だけは抜いてくれた。
「このあたりにじらいがある」
じらい。
なんだそれは。
首を少しばかり傾げたら、大きなため気を耳元で吐かれた。
「神様が怒り出したようなシロモノさ」
――土地神様が怒ったら。ひとなんてほんの一瞬でバラバラさ。
再び背筋が凍り付いた。
「いい子だ。ゆっくり一緒に、下がるんだ。俺たちの足跡なら安全だから」
今度は私は、頷いた。
私を踏み分け道まで引きずるようにしたジョンは、道に着くなり私の頭を抑え込んだ。
遠く唸るような音が聞こえた。風の渦巻く音がした。
空気が岩の隙間を通るような。高く笛が響くような。
唸りが過ぎて遠くなると、ジョンは私の手を引き走りだした。
村とは反対の方向で。けれども私は抵抗することは出来なかった。
心臓は音が聞こえそうなほどにばくりばくりと動き続ける。
右腕の握られた部分ばかりを熱く感じ、見上げた先には懸命に辺りをうかがう目があった。
背後からは炎が迫っていた。
知らない臭いを嗅いだ気がして。ジョンは顔をしかめていた。
*
あんな状況であったとしても。地面の上であったとしても。
吊り橋効果と呼ぶことができるだろうか。
確かに見覚えのある顔だった。ただし、皺はずいぶん増えていた。白髪もかなり増していた。
大口を開けて鼾をかく。
締まりのない顔、緊張感のない寝顔。
「一瞬のときめきを返せと言いたい」
腹の辺りを思わず蹴る。ぐぇと身の出そうな呻きが響き、ようやく両目が開かれた。
私を見上げる。一度瞬き、二度、瞬いた。
「良い蹴りだ、ゴナ」
確かに覚えのある声だった。あの日、耳元で囁かれた声だった。
あの道で生き延びるための策を必死で探した鋭い目は、私を見上げ、僅かに下の位置で止まり。
「大人になったな」
呟かれた。
文字通り手も足も出ないジョンへ、もう一発、蹴りを入れた。
「大人になるまで君らは生きられないと思ってたんだよ。だからしみじみしてしまった」
ジョンは焚火の上に置かれた鍋へとカップを突っ込む。湯を汲み上げ、アチチと呟きながら口元へ運ぶ。
私は朝食はとうに済ませていた。火の横で、ライフルを組み立て照準を睨む。狂いが無いことを確認する。
ジョンの目が私の手元を睨みつける。胸を見た時より真剣に、上から下まで全てを見通そうとするように。
居心地が言いはずが無い。
私は手入れを終えて銃を置く。レーションにかじりついたジョンを炎を挟んでじっと見る。
地雷と毒ガスと火炎弾から逃してくれた私だけのヒーローは、単なる目つきの悪いオヤジの顔して私と銃を交互に見ている。
「今まで何を見ていたの。私たちが死ぬとこ? 誰も死んでない」
ジョンと私は三日三晩彷徨って、軍事組織に保護された。ジョンの所属とは違うチームとは聞いていたが、ジョンは明らかにホッとした顔を見せていた。
私はそのまま後方へ送られ、同じ部族の違う村の子供たちと合流する。ジョンは戦場へと再び駆り出されたと聞いていた。
「間に合ったんだ。それだけさ」
遠く合図の太鼓がたたかれる。火を始末する。立ち上がる。
ジョンもやれやれと膝に手を置き立ち上がる。
あと半時もすれば、作戦行動が開始される。
銃を取り上げる。私の相棒。
「ゴナ。生き残れよ」
「……何よ今更。私だってもう、前線は五回目よ」
後方で部族の子たちと合流した私は、そこで軍事訓練をみっちりと受けた。
蜂の葬列が何を意味したのか、あの時ジョンが私の口を塞いだわけも、もうわかる。
一人でその場に遭遇しても、もう私は一人で対処することができる。
「知ってるさ。わが軍のエース部隊だってことも。でもな。俺は子供の君を知ってるオジサンなんだよ」
私はジョンを見、背中を向けた。私の部隊の集合場所は三つ向こうの大テントだ。
「たとえば君が消えたとして。俺にとっては消えるは、兵士ではなくあの子供だ」
声が私を追ってくる。
声は、あの時と、変わらない。
「せめて助けたいと思った、あの子供だ。だから」
居ると知って、会いたくなった。
あの大きな背に、あったかい腕に、真剣な目に会いたかった。――会えた。
「死ぬな」
私たちはいつも、蜜蜂の葬列の中に居る。
次に弔われるのは、ジョンか、私か。
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