20210213:寝て起きて、ほったらかしの

【第151回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 どれぐらい寝てしまっていたのだろう

 いつもの時間、いつもの場所

 ほったらかしの感情

 タダより高いものはなし

 でこぼこ


<タイトル>

 寝て起きて、ほったらかしの


<ジャンル>

 現代/医療系といえなくもない。


--------------------


 ふっと『起きた』と思う一瞬がある。目覚ましが鳴っているわけでもなく、名を呼ばれたわけでもない。目を開けた瞬間でもなく、音が聞こえたという理由があるわけでもない。寝る瞬間を覚えていないように、起きる瞬間ものこともまた覚えていない。ただ『起きた』と気付くだけだ。

 どれぐらい寝てしまっていたのだろう。寝返りを打ちながら考える。十分眠れたのか少しばかり足りないのかを微細な感覚を追いながら確かめていく。少し頭が重いのなら多分少しばかり足りないのだろう。このまますっきりと目を開けられそうであるのならば、十分と言える睡眠を取ることができたのだろう。

 そうして日々の差異を思いながら目を開けると、眠かったりすっきりしていたりぼんやりしていたり目を閉じればまた眠ってしまいそうであったり、日によってかなり異なるのに、時計の針はいつもの時間で、いつもの場所を指している。

 あぁ今日もか。ぼんやり思う。掛け布団を抱えたまま、ゆっくりと布団の上で身を起こす。

 私の動きを感知して、白々とした光が部屋を満たしていく。

『おはようございます。まずは食事をお持ちいたします』

 男の物とも女の物とも言えるし言えない、合成音声が降ってくる。

 私は眠くても頭が重くてもすっきりしていてもベッドから降りる。習慣のままに衣服を着替える。そうして着替え終わるころに、担当職員が部屋まで食事を運んでくる。いつもの時間、いつもの場所に。いつも通りのスケジュールで。無駄口をたたかず、時間の無駄を嫌うように忙しい様子で。食事を置いてあっという間に去っていく。

 そして食事を前に、私はいつもの通りに密かに唇を噛む。この時間では、遅すぎる、と。


 朝だとか昼だとか夕方だとか、昼型夜型などの呼び名もどうでもよかった。窓はないし、換気扇と送風口は調整された空気を流し続ける。朝露の匂いも昼の熱も夕の名残も冷え行く夜も私には知るすべがない。ただ、いつも『同じ時間』に『起きた』と思い、16時間程度の課業を終えると『眠った』と感じることもなく『起きた』と再び思うのだ。

「おはようございます。よく眠れましたか」

 下膳が済むと大抵白衣の人が現れる。白衣は数人の作業着を連れていて、部屋に入ると私にとりつく。バイタルデータの確認から、ありとあらゆる医療的測定をする。測定結果は白衣が余すことなく書き留めた。

「平木先生は」

 白衣はペンを走らせながら、おかえりになられましたとそれだけを告げる。いつも。毎日。いつもの時間、いつもの場所で。

 平木先生の退勤時間は私が目を覚ます少し前。私はいつも同じ時間に目を覚ます。私はいつも平木先生を目で探す。ここへ入る直前に、先生の『ありがとう』を耳にして、少しばかり誇らしく思ったあの時から、ずっと。

「では今日の課業に取り組んでください」

 一覧を手にして溜息がもれる。ほったらかしの感情が今日も寂しいと訴えている。


『タダより高いものはなし、と言うだろう?』

 課業の隙間のふとした瞬間に思い出すのは、平木先生の穏やかな笑顔だ。

『人は目的がなければ行動しない。目的のためのコストを計算し、要求したり支払ったりする。本質的な意味でタダである物事など存在しない。ただ、金銭という形をとっていないだけで』

 母がどこからともなく手に入れていた瓶を上から下から光にかざして闇において観察しながら、先生はさらに笑みを深めていた。

『コストを支払っても余りあるものが入手できると踏んでいる。だからタダなんだよ』

 その瓶の為に、母は私の名前を渡した。住所を渡した。相談という名目で、母の知りえる『病状』を渡した。

『同じタダならもう少し建設的なことに支払ってみないかい?』

 母の不安そうな視線も、父の面倒くさそうな視線も、それまで会ってきた医者の困ったような視線も、友達と名乗る人たちの作り物めいた心配の視線もきっと私はうんざりしていた。

 先生の笑顔をずっと見ていたいと思ったこと。それが『タダ』とともに支払ったものだ。


「今日もいい調子ね」

 白衣は私に紙を示す。でこぼこの棒の上を折れ線が這っている。睡眠時間と課業の結果を単純なグラフにしたものだと聞いていた。

「今は少し眠かったりする?」

「少し」

「昨日は睡眠時間が短かったものね」

 短かったのかとぼんやり思う。

 課業が終わる時間を私はいつも記憶し忘れる。眠った時間を覚えていない。

 それでも起きる時間はいつもの時間で。その意味で一日のスタート時間はいつも同じと言うことができた。

 睡眠障害、眠れない、起きられない、寝てしまう、起きてしまう。

『まず、規則正しい生活を!』

 医者に通おうと、病院に入れられようと、最初の一歩すら踏むことができなかった私がだ。

「平木先生のご家族も、貴方の病気によく似た病気で苦しんでいるらしいの。治験に立候補してもらって凄く助かってるのよ」

 お役に立てて光栄です。私は笑みを形作る。

 ほったらかしの感情は、敢えてほったらかしたままだ。



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