20201205:計算通りのIT Dr.
【第142回 二代目フリーワンライ企画】
<お題>
貧乏くじを引いた
すべては計算通り
ほつれた糸
次に会ったら伝えたい
勝つまではやめない
<ジャンル>
現代。賭け事。
================
「すべては計算通りさ!」
神社の踏みならされた地面が黒板でノートだった。
ソイツは太陽を背にして、線を引いていた枝を俺へと突きつけてきた。
「次に会ったら伝えたいことがある!」
計算通りと言いながら『次』が来ることは決してなく。
俺はその日の夜に母親に手を引かれ、違う町の知らない男の元へと身を寄せた。
それは二十年以上も前のこと。
*
賭け事で勝った場合に賞金が二倍になるのであれば、『同じ額だけかけ続ける』ことが必勝方法になり得る。もちろん倍々であるから4回で16倍、8回で256倍。相応の資金力が必要だ。
「勝つまではやめないぞ!」
外見など気にしたことがないだろう野暮ったい眼鏡とボサボサの天パ頭、ヨレヨレのスーツはそんな『センセイサマ』らしいと言えば言えなくもないが。
「ほい、アンタの負け」
俺はおもむろに札を開ける。ヤツは顔を赤くする。奥歯を食いしばり、今度は財布をテーブルへとたたきつけた。
「もう一回だ!」
何度やっても同じことだと、いつヤツは気付くのだろう?
「受けて立ちましょう?」
俺の手は札を集める。客見えのために整えた、女性客に受けの良い指が札をリズミカルに切っていく。ライトの加減、流麗に見える一つ一つのその仕草。声を立てるような客はいない。それでも、溜息を確かに俺の耳は拾う。
「きれいだ……」
俺の目の前に一人だけ。背を丸めて座り込み俺の手をじっと見つめるその表情は、先ほどまでの激昂も奥歯を食いしばった残滓もなかった。学生が手の届かない宝石でも眺めるような。
――続けろ。
耳元に指示が入る。俺は頷く代わりに札を一度多く切る。
ライトは俺の手に注がれている。ヤツの目も、観客の目も。手元に注目が集まるのであれば、かえって仕掛けはしやすくなる。
勝つまではやめないと客が言い切るのなら、むしれるだけむしろうと店は当然考える。
札を配る。ヤツに、俺に、ヤツに、俺に、ヤツに、俺に、ヤツに。
ヤツは我に返ったように札を寄せる。札を見る。テーブルに並べたフリーカードをチラリと眺め、見定めるような目つきになる。
ヤツの肩書きは"ドクター"と聞いたような気がしないでもない。
札遊びは確率と心理のお遊びだ。手元の札、テーブルの札、親の札。参加者がいれば手札と度胸の読みあいになり、弱いから負けるとも、強いから勝つとも限らない。
俺へと視線が飛んでくる。伏せられた札に、開いた札に、自分の札に。
二枚を換えてにんまりと笑みが広がっていく。俺の手の内とも気付かずに。
「勝負だ!」
「受けて立ちましょう?」
ヤツの顔はまた、赤くなる。
*
チップ、財布、カード、時計、どこかの会員証兼バッチ、サインが二枚。テーブルの上に並んでいる。本当はそこに並ぶはずのタブレットは、今ヤツが『タンマ!!』と言って使用中だ。
俺はただ微笑んで待つだけのフリをみせながら、音のないサインでこっそり『上』と相談する。
――身ぐるみ剥ぐんですか?
――客が諦めない限り、我々は付き合うというものだよ。
――諦めなかったら?
――コレはゲームだが、正当な金銭の応酬でもある。相応に支払っていただくさ。
ヤツはタン、っといい音を手元で響かせた。にやりと不敵な笑みが浮かぶ。眼鏡の奥、すっかり据わった目が俺を捉えた。
「確認させてください。ぼくが最初にかけたは、アナタを一晩手に入れられるだけの額だった」
「そうですよ」
一晩だけ、お茶に付き合う。それ以上はなしという条件だ。大金というほどじゃない。
残念ながら面白がったボスは了承した。手癖が悪いだけの単なる従業員である俺に拒否権など存在しない。
「ぼくは勝つまではやめない」
タブレットをテーブルに並べ、札とを俺に要求する。
カメラが動く気配がする。おそらくヤツが並べて向けたタブレットの画面に向けて。
「こんな店ですからね。ぼくが賭けるのはコレです。画面、見えていますか?」
文字がやたらと並んでいる。ニュースや何かで見たような気がするアイコンと、それを操作するらしいアプリケーション。無意味な文字列の最後に、意味の取れる部分があった。
ボスの声は沈黙した。
俺は指示待ち状態でただ札を切る。
――ヤス、貧乏くじを引いたな。
――ボス?
――適当なところで、勝たせろ。
カタセロ。
思考が飛んだ。はじめて聞いた言葉だった。
思考は飛んでも指は動く。華麗に流れるように美しく。隙のない仕草で札を配る。
ただ、『仕掛け』だけは入れられなかった。
札を開ける。見比べる。
ヤツの顔に笑みが浮かぶ。満面の。子供のような。勝ち誇った。
財布をヤツは回収する。カードを、時計を。
「君のボスが分別があり、頭の良い人で良かったよ」
バッチを、サインの入った書類を。
「これはね。ぼくの全財産を振り込むための手続き画面、なんだけどね」
タブレットの画面を触る。キャンセルを叩く。小型イヤホンからボスの溜息のような声が漏れて聞こえた。
「バッファオーバーフローって知ってる?」
サインの入った書類の中に"Information Science, Security"の文字が見えた。
*
「すべては計算通り!」
眼鏡の奥で目を細め、テンパの下でヤツは笑う。
「ほつれた糸はぶっちぎれても、結び直せば良いってことさ」
多少引き連れができたとしても。
「おばちゃんは元気にしてる? あの日の翌日、君たちが逃げる用意が調うはずだったんだけどね」
地面を電子メモに置き換えて。枝をペンに持ち替えて。
ハッキングの末、二十年も経って俺を見つけ出したというソイツは。
「もう一度、縁を結ぼう」
あの頃と同じように、笑った。
*
頭が良いのか悪いのか。大物なのか馬鹿なのか。
俺は今でも悩んでいる。
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