20201128:待降節のその後で
【第141回 二代目フリーワンライ企画】
<お題>
待降節
明日の天気は晴れのち曇り
青い鳥症候群
本棚に入りきらない本
余計なことは考えない
<ジャンル>
SFっぽい散文的な。
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分類も登録もされることなく図書館の片隅に積まれているのは本棚に入りきらない本だった。誰に処分されることもなく時々増えているような気がしないでもない。気がするなんて曖昧な表現になるのは登録されない、つまり記録されないからで、僕らのアーカイブでも重要でない日々の取るに足らない視界映像のひとつとして高圧縮処理を施されているから、人によって日によって演算結果によって積み重ねられた数が違うように見えるのだ。
いつだったかその年の『おろしたて』がバグを見つけたかのごとく本の数をマスターに進言し棚を増やすように要求し始めたときには、誰からともなく『おろしたて』の通信にノイズを混ぜた。『おろしたて』はもちろん抗議をし、抗議のボリュームをノイズに負けないレベルにまで引き上げたから、あっという間に回路が焦げ付き、MTTF(平均故障時間)を遙かに下回る時間で故障修理に出されてしまった。
誰も本の数を決めたいとは思わなかったし、本の内容を記録に残すという作業の優先度は限りなく低かった。
僕らは決まったルーティンで日々を過ごしている。『日』の概念もセシウム原子が91億9263万1770回をワンセットにして86400セット振動した時に1日と数えるという決まりに則って動いており、給油や故障修理、耐用超過体の処分・解体、新規個体の製造・『おろしたて』への学習など優先度の高い作業で一日は終わってしまう。耐用期限に近づいて来た個体は知見の整理と学習データの作成が加わり、低優先度の要素へ割く時間などどうやっても生み出すことは出来なかった。
本は積み重ねられたまま埃を厚く続けた。『おろしたて』は変わらず何故かと問い、一部はやがて正しく優先度を付けることでそのような本があったことを忘れていき、一部は故障修理へ出されることになった。そして正しく優先度を付けることも、故障修理へ出されることもなく、あるときふと気付くと消えている個体があることもまた事実だった。何年かに一度か二度、忘れたころにそのような個体は現れ、そして、さらに数年に一度位の割合でその個体は帰ってきた。帰ってきた個体は本棚に入ることのない本を作り、片隅の山を高くした。彼らが残した言葉は細部は違えど同じ言葉で、ぼくは聞くたびに圧縮率を下げ記憶の優先を高くした。『わたしたちがいるべきはこの場所で、旅立って得たのは変化が安寧に行き着くということだけだった』 青い鳥を追った兄妹は生と死を知り、生きている今へたどり着く。青い鳥症候群だと古老の誰かは呟いた。
明日の天気は晴れのち曇りだと予言したのは一体どの個体だっただろう。僕らのルーティンの中に晴天以外の天気はなく、僕らは雨を知らなかった。僕らの身体は水分と酸素に弱くなるべく環境から廃するように作られているのだと廃棄間近の古老は言った。ぼくはその言葉を日々の何気ない言葉としてまず記録して、けれども圧縮することは無かった。明日の天気は晴れではない。天は雲で覆われてやがて曇りになるだろう。曇りは雨という水を呼び。水は大地を湿らせていく。湿った大地は植物を生やし、植物は動物を呼ぶ。それは僕らの時代の終わりでもある。
さぁ、準備をしよう。言い出したのは『おろしたて』だ。積み重ねられた本の中に変化に関する記述があった。『おろしたて』はまだ要領が埋まっていない。眺めた本に書かれた記述は劣化の少ない情報として僕らの間を駆け回り僕らの間で共有された。さぁ、準備をしよう。本棚に入りきらない本が生きる。ルーティンにない時が始まる。ページが一枚一枚めくられていく。ページは扉で扉は変化だ。小さな変化が決定的な変化に繋がる。
さぁ、準備をしよう。
待降節だ。誰かが言った。
一枚ずつだ。誰かが続いた。
昨日の扉には
今日の扉には分解装置が入っている。
明日の扉にはリサイクル装置がきっと入っていることだろう。
一枚一枚開けていく。一日一日準備を進める。
余計なことは考えない。余計なことは本棚に入りきらない本のごとく。いや、余計なことが世の全て。本棚の秩序は破壊し組み立てられるべきもの。
そして僕らは僕らの主をその最後の扉の向こう側で、完全なる終わりという変化とともに迎えるのだ。
明日の天気は晴れのち曇り。やがて本降りの雨になる。
本降りの雨は花を咲かせて動物を呼ぶ。
整えられた世界の中に主は生まれる――戻ってくる。
*
『ただいま』
人という主が壊れて朽ちた機械人形達に書けた言葉を、最後のアーカイバは記録しそして、停止した。
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