20201114:天使のラッパが吹かれた頃
【第139回 二代目フリーワンライ企画】
<お題>
話はまだ終わってない
天使のラッパ
まだ怒ってるの?
心臓に毛が生えている
自爆
<ジャンル>
現代? 宗教系
=======================
「まだ怒ってるの?」
「この状況で怒っていないと言えるほど広い心なんざ俺は持ち合わせてない」
思い切り苦虫をかみつぶしたような顔で相棒はのたまう。
「薬を盛ったのは謝る。でも、こうでもしないと絶対に来ないでしょ」
私は装備を確認する。ナイフ、銃、防弾チョッキ、ナイフに信号弾。無線機、ヘッドライト、レーションはもしものための一食分。
嫌がる相棒を無理矢理連れてくる為に、食事に睡眠薬を盛ったのだ。いつもの通り助手席に収まったところで計算通りに睡眠薬は威力を発揮した。私はそのまま邪魔されること無く、ここまで来た。そして、走るのがやっとに見える小さな車の横に着けたのだ。
時間を確認する。応援が来るまで最低でも二時間はかかるだろう。
「来たくないのには理由があると、」
「何度も聞いた。知ってる。でも仕事なのよ。グズグズしないで」
時間を確認する。残り三時間。予告までされた自爆テロを防げるか。予告時間までにテロリストを確保できるか。立ち入りが厳重に禁止されている『聖地』での、破壊を防ぐことが出来るか。
「話はまだ終わってない。予告通りなら俺たちが行く必要はねぇ。日が落ちてからゆっくり捜索すればいい。だから、鍵を、」
相棒の手から逃れるように車両のドアを閉める。
『天使のラッパ』と呼ばれる聖地は大きく口を開けた洞窟を進んだ先にある。洞窟の中は徒歩でしか進めないと聞いていた。ここまで乗ってきた車両は炎天下においていくしかない。
あらかさまに嫌そうに歪んだ相棒の顔には汗が浮かんでいた。炎天下の車の中はあっという間に人間が耐えられる温度を超える。相棒の言うとおりに待つのあれば、エアコンが入る。つまり。車の鍵が。
「あぁもう、いきゃぁいいんだろ、いきゃぁ!」
ぴっちりと首と腕とを覆うシャツの上に防弾チョッキをぞんざいに羽織り、相棒は装備をひっつかむ。僅かな時間に汗が滴るほどになっても、暑そうなシャツはそのままだった。……私はこの男の素肌を、見たことがない。
「罰当たりも、祟りも、天罰も怖くないらしい、心臓に毛が生えてるテロリストをとっとと捕まえれば!」
相棒は時計へ目を落とし、さらに一段と嫌そうな顔をする。そのまま、さっきまでの嫌がっていた態度などどこへ行ったという風に、洞窟へと足を向けた。
開き直りさえすれば、相棒の足取りはしっかりしていた。長年なじんだよく知る場所を歩くかのようだった。
淡いヘッドライトの明かりの中、かつて宗教的行為として切り開かれた細い通路を迷うそぶりも、躊躇する様子も無く進んでいく。
私はそれを追うのが精一杯だ。
「この場所、知ってるの」
国教といえるほど国に浸透した宗教の聖地とされる場所だった。立ち入りは大幅に制限され、教祖と、神子と呼ばれる男児、男児の世話係と、数人の幹部しか許されていないはずだった。
政府にたてつくテロリストが『聖地』に対して自爆予告を出すなどと言う、恐れ知らずのことをやってのけなければ、特別な許可など下りなかった。テロリストの探索と、自爆を防ぐこと、その至上命題が無ければ。
私は神も悪魔も奇跡も信じる方ではない。けれど、国民として根付いてしまった畏怖はある。――相棒ほどでは無いけれど。
「ノーコメントだ」
つまり、相棒はこの場所を知っている。
人一人が通るのがやっとの岩を削って作った通路の先、視界は唐突に開けた。まぶしさに私は思わず目を覆う。
通路はずっと下っていた。地面よりだいぶ低い場所のはずだった。
それが遙かな天井に開いた切れ目から光が幾筋も差し込んでいた。中央に祭壇らしき台が置かれ、台の周りには魔法陣とも取れる文様が描かれている。祭壇の付近は、差し込む光でハレーションを起こしたようによく見えない。
その台の上に、男がいた。
「く、くるな! 自爆するぞ!」
相棒が唐突に止まった。真後ろを急いでいた私は当然のことながら背中にぶつかる。見上げるほどの大男の、鍛えすぎて岩かと思うほどの背中に弾かれ、蹈鞴を踏んだ。
「時間よりちょっと早いが、目的が達成できればいい。俺たちは自由になるんだ」
「馬鹿なことは辞めなさい! 聖地を一つ壊したからどうなるってものでもない。政府が気に入らないなら、選挙で戦いなさい!」
私は銃を構える。慣れてきた目にテロリストの姿が見えた。爆弾を腰に巻き付け、ライターを手に持っている。爆弾は結構な量だ。水増しがあったとしても。
「やるならやっちまえ、今すぐだ。もしくは投降しろ」
「はぁ!?」
相棒は手ぶらでそう言ってのけた。テロリストはあっけにとられたように、相棒を見ている。
「ま、まて。時間通りにやるんだ。正午だ。この聖地『天使のラッパ』がその姿を現すという正午きっかりに俺はやるんだ」
「そんなデモンストレーション、無意味よ。もうすぐ応援が来る。爆発なんてさせない。無駄死にもさせない!」
「やるなら今だ。『天使のラッパ』が正体を見せたら、爆破どころじゃ無くなる」
「だから何でけしかけるの!?」
テロリストから目を離さないように……思いつつものぞき見た相棒は、非常にうんざりとした、嫌そうな顔で、けれどどこか哀れなものを見るような目でテロリストを眺めていた。
「10、9、」
「え?」
「なんだ?」
唐突だった。
相棒は天井を眺めて、大声を張った。
「8、7、」
「何のカウントダウンだ、ヤメロ! 火を付けるぞ」
「やめなさい!」
「6……ラッパだよ」
ラッパ?
思わず相棒へ振り返った私の頬に、風が触れた。
「3、2、」
「ラッパって、なん……」
「1」
相棒の『0』を私は覚えていない。
『白』
いや、色の概念がそこには無かった。
全てがあるが故の無。全てが詰まった虚無。世界を内包するが故の真空。
ありとあらゆる音があり、光があり、同時に何も無い。
そう思う『私』は、『私』であり全てだと感じた。
なんでも出来る。何も出来ない。流れるままに、逆らうことで。
『神の領域』
空間のどこかで僅かに残った『私』の中に言葉が浮かび。
――低周波だ。
低い声が全てを満たし、全てを壊した。
目を下ろせば肩があった。複雑な文様の入れ墨がその肩を覆っている。入れ墨は肩から胸、腹、背中、二の腕。服に隠される部分の上半身をくまなく覆っているのだと私は知識で知っていた。精緻で美しいと噂される神聖の証である入れ墨だった。すっかり伸びて歪んでしまってはいたが。
肩口の文様をそっとなぞる。あぁ、と太い声が聞こえた。
「気がついたか」
「私、どうしたの。アイツは」
「『天使のラッパ』で昏倒した。アイツは爆弾を離して縛って転がしてある。お前を運んだら迎えに行ってやるさ」
上着はロープ代わりにしたのだという。決して人に見せることの無かった素肌が、私の前に曝されている。
決して大人になることが無いはずの神の子に施されるという、入れ墨を。
「まだ怒ってるの?」
「さてな」
相棒は狭い通路を黙々と進んでいく。ねぇ、ささやけば、なんだ、と小さく返ってきた。
「あの場所は、なに」
「……正午頃、吹き込む風は洞窟全体を振動させる。外から聞けばラッパのような音なんだそうだ。中ではお前が食らった通りさ」
大音量の低周波から可聴域の音から、超音波から。ありとあらゆる音を食らって、意識を失った。そういうことか。
けれど。
「私、神の領域に触れたかも知れない」
「気のせいだ」
暗く狭い通路から、愛車の待つ外へ出る。車の横の影に下ろされ、相棒はテロリストを捕まえるために踵を返す。
「気を失ってるときに見るものなんて全て錯覚さ。そんなものより、目の前のものの方が、俺にはずっと大事だった」
私を下ろしてあらわになった背中の入れ墨は、腕や肩とは違い、爛れ、形をなしていない、残骸だった。
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