20201031:世界が変わるそのときに
【第137回 二代目フリーワンライ企画】
<お題>
朝早くからご苦労さま
かそう(変換自由)⇒下層
序列が低い
バレたら身の破滅
予告状が送られてきた
<ジャンル>
SF。世界系。
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予告状が送られてきた。
全世界のあらゆるマスメディアをジャックして。
インターネットのゼロディ攻撃の結果として。
蛍光灯の明滅にモールス信号として刻み込んで。
災害無線を乗っ取って。
クジラの唄に相乗りして。
――きたる10月31日。世界は変わる。
*
「朝早くからご苦労様。いよいよねぇ」
「おはようございます」
私よりよほど出勤のはやい清掃の女性に挨拶を返し会議室に入っていく。「放送網その他強取事件対策本部」と書かれた半紙がふわふわ浮いた。
長細いロの字型に配されたテーブルの入ってすぐの場所の椅子を引く。ドアに近く最も落ち着かないそこは、序列が低い私の定位置になっていた。
椅子に落ち着き、担当各人が集めた情報を読み込んでいく。
マスコミは、具体的な情報もなく、人々の不安ばかりを煽っている。
自衛隊は、近隣諸国に不穏な動きは感じられず、いつも通りの警戒を行うとわざわざ記者会見を開いて発言した。
諸外国では国民に向けて政府や王族や首長や枢機卿やクマリや魔術師やギネス最高齢の男性が『何も変わったことは観測されていない。落ち着くように』と発言することが観測された。
地学の専門家は、地球規模での変動など世界中のどこも観測されていないと言いきり、宇宙物理学の権威は、太陽も宇宙も今まで通り何ら変わりなく、これからもきっと変わらない。ペテルギウスの爆発が500年以内に起こるだろうことの方が重要だと発言した。
それでも、SNSは予想大喜利が止まらない。
同僚の一人がまとめたデータを私は手元に呼び出した。SNSでのメッセージに対する発言は日が近づくにつれ加速度的に増えていった。少しばかり気の利いた『回答』であれば恐ろしい勢いで再投稿され拡散され、それが真実と人々が錯覚するまでになっていった。
神のお告げであると預言者を名乗る人間も日本だけで十人を下らず、世界的に見れば何百人も現れた。隕石が落ちると言ったものもいれば、日本以外全部沈むと豪語する不届き者も混じっていた。救世主が立つと言い出したのは新興宗教の教祖であることが多かった。自分こそがその救世主であったのだ、と。
私はまとめられたデータを斜めに読みつつ概要を把握していく。
私こそがあのメッセージの発信者だと申し出る輩も日に数人は現れた。とはいえ、彼らは、肝心な情報の強取方法を知らなかった。
「おはよう」
ドアが開き、何人もが会議室に入ってくる気配がする。
中央にいるだろう人物の歩みに合わせ、その他の人々も移動していく。
私は慌てて立ち上がった。
「おはようございます。大臣」
予告状を受けてしばらくして、国民が騒ぎ始めたその後に設けられた臨時の大臣職を拝謁した男は、SPに守られながら一番奥まで進んで座った。
私はきっちり30度で敬礼すると、背筋を伸ばしたまま座る。まだ読み切っていない同僚達の奮闘結果を確認する。
何が起こるのか、その結果どうなるのか。
確たる情報はただの一つも、そのファイル群の中にはなかった。
*
「国防は異常なし、マスコミや電話会社は一層の警戒を持ってあたっている。あれは大規模なハッカー集団による国際的ないたずらであり、何も起こらない、世界もこの国も何も変わるわけがない。そのように記者会見では発表する。発表の時間は全世界で同時とし、国民と諸外国の人々にも杞憂であることを伝える。」
大臣は実に面倒くさそうに会議をまとめ上げた。
私はノートパソコンをたたき続ける。議事メモを取りつつ、一方で秘匿信号メッセージンジャーを起動する。
――時間が決まった。全世界同時だ。
バレたら身の破滅どころの騒ぎではない。頭の片隅で冷静な自分が分析する。しかしマウスカーソルは送信ボタンへと移動する。私の意識と手の運動が切り離されてしまったかとでも言うように、送信ボタンの上でクリックした。
私は視線を大臣に戻す。大臣は何やらまだ演説を噛まし続けている。SPは会議室を睥睨する。私の動きは、彼らのアンテナにかかるようなものではなく。
メッセンジャーの受取人からはReplyは来ない。そういう約束になっている。
大臣が今度こそようやく締める。立ち上がり会見場へとSP共々去って行く。
裏方事務方はホッと息つく。自分たちのやるべきことはもう終わったに違いなかった。
「でもさ、一体誰のいたずらだったんだろうね」
「海の向こうのハッキング集団とか、お隣の政府お抱えのサイバー部隊とかそういうのじゃないの」
「技術的に素人が単独で出来ることじゃないよな」
私は雑談へと注意を向けつつ、会議の後処理をこなしていく。彼らの雑談は実に気楽で、気楽だからこそ、本音が見えて。何も起こるわけがない。そう信じつつも、もしもを彼らは想像する。
大臣の発言は、人々に不安と安堵と不満と満足を与えるだろう。そして人々は日常に揉まれて一時は忘れたかも知れないことを思い出すのだ。
今日は予告の日であると。
*
――世界を外側から見たらどう見えると思う?
そんな問に出会ったのは一体いつのことだっただろう。
――物理的に? 宇宙的に? 精神的に? SF的に?
質問に質問で返した私の発言が気に入ったのか、文言はさらにつついた。
――認識という物理学とは次元の異なる、絶対のもの的に。
*
ここにノートパソコンがある。私にはそれが見えているし触れてもいる。同僚にも見えていることだろう。
ぼんやりと見やったビルの歩道に面した眼鏡屋に、数字が書かれ『どう見えますか?』の文字がある。色覚が多数派ではない人には、その数字は私が見ているものとは違う数字に見えるらしい。その人の中ではそれが正しい認識なのだ。
ここにノートパソコンがなかったら。私はないものはないと認識するし、同僚もないと言うだろう。もちろん触ることは出来ないし、持つことだって出来やしない。
では、有ることに認識出来なかったら。
私はパソコンをないと思う。無いのだから触れない。触れないから有ることを確かめることが出来ない。
同僚も私と同じだったら。同僚にもパソコンは見えない。もちろん触ることも持ち上げることだって出来はしない。
――集合的無意識が無いと判断したものは存在しない。あると判断したものは物理的になかったとしても存在する。
受動的にはアクセスすることの叶わないダークウェブに置かれた閑古鳥のチャットにその文字は流されていた。
――意識の世界の最下層は世界を織りなす無意識なのさ。世界は『意識』に支配されている。
*
大臣の記者会見が始まった。
フラッシュが焚かれ、すっかり見慣れたひしゃげた猪のような顔の大臣がおもむろに口を開く。
海の向こうの大国も、なにかと騒がしい隣国も、どこかの首長も、初潮を迎える前の少女を祭り上げただけのクマリも、新興宗教の宗主達も。一斉に。例外なく。
人々の意識が、無意識が『世界は変わる』の文言を思う。
*
問:世界が変わったのならば、世界に所属する我々はそれを感知することが出来るだろうか。
答:世界の一員である我々は、いつも世界と共にある。
*
SNSの落胆した数多の声が脳内に流れ込んでくる。
単純な声は読むまでも無く、私はSNSの画面を閉じた。
窓の外を魔女達が列をなして飛んでいく。決められた通路を外れた暴走魔女に、上級警邏魔法使いがイエローカードを見せている。
「結局何も起こりそうもないよねぇ」
4月の人事異動で同僚になったアンドロメダ星人の*○▽%!は、地球の波長でこの国の言葉で流暢にぼやいている。
そんなものよと私は、端末を確かにこの手で取り上げた。
「世界なんてそうそう変わったりなんかしないわ」
ドアが開く。会見を終えた地中族の小柄な女性が、天空族のSPを伴い入ってくる。
私はその場できっちり30度、敬礼した。
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