20200905:コピペの表裏

【第129回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 死んでもごめんだね

 二人だけの共通語

 ちょっとそこまで

 コピーアンドペースト

 嘘を付けない人間と嘘つき


<ジャンル>

 現代(たぶん)


--------------------


 それでもまだ僕には母がいたからまだ幸せだったのだと言えると思う。近所だからと保育所代わりによく預けられていた教会には両親のいない児童養護施設の子供も沢山来ていて、僕は片親であっても親がいるという優越感を持っていたことは間違いない。それがどんな親であったとしてもその時の僕にはわかりようがなかった。

 その幼すぎる優越感がそうさせたのか、嘘をついてでもここに居たいと思ったのか、単に神父が好きでなんにでもハイハイ言っていただけなのか今となってはもう覚えてはいないけれど、あの日、日本語の堪能な灰色の目をした外国人の神父に覗き込まれたことはよく覚えている。

「嘘をついてはいかんぞ」

「僕、嘘は言わない。かみさまに誓うよ!」

 胸が熱くなったような気がして少しばかり驚いたけど、神父はにこにことそれでいいとでもいうように頷いていた。僕は教会に居ていいのだといわれた気がして心臓の痛みなど忘れてしまった。

 僕の心臓の辺りには楔のような痣が浮き出て、それから僕は嘘を付かずに生きてきた。


 *


「好きだって言ったわよね?」

「そうだよ」

「わたしのこと嫌い?」

「そんなわけないじゃないか」


 *


 ――嘘つきになってしまえばいい。

 コピー&ペーストは複製を作ることだ。

 ただしその複製の意味は、挿入する文脈により変化する。それが言葉というものであり、認識しうる世界もしかり。

 僕は嘘つきではない。しかし『僕は嘘つきではない』その文章を挿入する場所で心臓が痛むことなく、僕は嘘付きになりえた。

 嘘つきになりえた僕が僕の耳元でささやいてくる。

「誓って僕は嘘付きじゃない。嘘つきにはならない」

 僕は僕の胸を押さえる。それで奴は舌打ちして去っていく。

 二人だけの共通語。僕はまだ僕であろうとする。


 *


「好きだって言ったわよね?」

「そんなわけないじゃないか」

「わたしのこと嫌い?」

「そうだよ」


 *


 ――嘘つきになってしまえばいい。

「死んでもごめんだ」

 僕は僕の胸を押さえる。

 やつはニヤニヤ笑いを残していく。


 *


 嘘をつけない人間と嘘つきの、一体どちらが強いだろうか。

 コピーアンドペーストはどちらが本物でも偽物でもなく、どちらも本物でどちらも複製であるともいえる。

 心臓の痛みにほんの一瞬目をつむれば、僕らの立ち位置はあっという間に反転してしまうのだろう。

 白ユリに囲われた母へと蓋が下りていく。

「可哀そうにね」

「母子家庭で」

「悲しいことだわ」

 母は家の外での印象はとても良いらしかった。職場の人だという集団がやってきて、残念だと僕に口々に挨拶する。僕は慎重に無言のままに対応した。

 僕は喪主という立場だった。とは言えまだ若すぎたためだろう。昔なじみの神父も、葬儀社の人たちも、僕はしなければならない最低限のことを指示し後のことはうまく進めてくれた。

 僕はその時まで嘘をつかずに来れたのだ。

 その時まで。

 心臓に痛みを感じた。けれど、僕は僕をやめるわけにはいかず、生きている僕には明日も明後日も存在し、そのために守るべき『ルール』が確かにあった。

 痛みに思わず顔をしかめる。列席者は幾人かが顔を背け鼻をすすった。

 僕は嘘をつけない人間なのに。

「ご列席の皆様。本日は母の葬儀にお越しいただきありがとうございます。故人も喜んでいることでしょう――」

 ――簡単だろ。

 ――俺たちは同じなんだから。

 やつの声を耳元で聞く。僕にだけ聞こえるもう一人の僕の声。

 聞いた途端、僕の知覚は鈍くなった。紗に覆われたように、遠くなる。

「母は、僕にとって唯一の家族でありかけがえのない人でした。僕を残し天国へ旅立つことはちょっとそこまでとは参りません。さぞ心残りでしょう。けれど、皆様の支えとともに、僕は母を送り出そうと思います」

 たぶん、僕の心臓は世界の狭間で楔に打たれて避けたのだ。


 *


「好きだって言ったわよね?」

「――」


 *


 楔が割いた向こう側で、僕ではない僕が口を開く。



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