20200815:赤いカプセルからの『ただいま』

【第126回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 稚気

 ただいま

 こっちに集中して

 歯車が狂う

 あなたに食べて欲しい


<ジャンル>

 コロニー世界観/オリジナル


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 後の歴史から見れば、歯車が狂うべき時に狂ったのだと評価されたりするのだろうか。私たちにしてみれば歯車は多分ずっとそこにあり、変わらずに時を重ねていた。狂うその要因など感じられるものではなかったし、感じていたなら直す術もあっただろう。少なくとも私はそう思いたいと考えている。人はそこまで愚かではないと信じている。


 歴史というものが歯車で語られるのであれば、その歯車は最初から一枚どこかの歯が書けていたのだと思わざる得ない。すべては自然で、どこにも欠落はなく、だけれど進むべき歴史という名の線路から確かに静かに脱線していったのだ。


 わたしとあなたは、気づいたときには一緒に居た。双子というヤツだったのだろう。同じような顔をして同じような背格好をしていた。同じような姿勢を取りながら、何時もコロニーに開いた光取りの窓から青い巨大な星を見つめていた。


 私たちの記憶に親という存在は無かった。私たちより少しばかり大きな子供達に混じって残飯を漁って暮らしていた。ビルとビルの隙間の地面と地面の下の下水道、換気口、ゴミ集積施設などが詰まったコロニー外郭が私たちの世界だった。


 後の知識では、私たちのような子供のことをアンダーチルドレンと言ったらしい。アンダーチルドレンはコロニー時代の最初期には存在せず、コロニー社会が成熟するにつれ少しずつ生まれていったという。人々の意識が、コロニーの建造、安定から、維持管理へと移動した後。地球と月の中間という、最もアクセスのよいL1(ラグランジュポイント1)に位置し、人口過密と物資不足が浮き彫りになり始めた頃。相互扶助という視点から、競争へと視線が移り始めた頃。社会から零れ始めた人々は、安定のために移動のために物資不足を補うために、不要なものを捨て始めた。


 最初は衣服。書物などのかさばるもの。物理的な娯楽品。

 これらの品物は炭素を多く含んでおり、処理することで食糧に転化できると期待された。

 ついで家などの不動産。

 これはL1コロニーを出ることにも関連した。例えば月の裏側のL2コロニーは地球を見ることが出来ず、地球から最も遠いコロニーではあったものの、今だ人の手が足りないと噂された。

 そして、『耐えられないもの』

 低重力環境に耐えらないもの、他ラグランジュポイントへの移動に耐えられないものは、『資源』として提供されることがままあった。――そんな『資源』が逃げ出すことも。


 そんなわけでアンダーチルドレンは何かきっかけがあり増えた訳ではなかったのだ。けれど、逃げたことによる『生存』は酸素の消費と食糧消費に影響した。子供であると言うことは何れ成長すると言うこと。成長に伴い、酸素消費量も食糧消費も増加することは、『一般常識』を持つ者にとっては明らかだった。


 そして『逃げた』数は計上されることが難しく。『逃げて』生き残った数はもっと把握は難しかった。――L4コロニーに住まう彼らに取っても。地球、月、コロニーを含む、地球圏のすべてのデータを扱うデータサーバーの管理者たる、彼らにとっても。


 私たちはその日も青い星を見つめていた。食糧狩りに行くには足手まといと年長の子供達にすっかり置いて行かれたのだ。だから、彼らの無事を祈りながら、空腹が満たされることを祈りながら、地球見物に、こっちに集中していた。しすぎていた。だから、ギリギリまで気づかなかった。

 町と窓の合間にある草地の、草を踏む足音に先に気づいたのは私だった。お腹が空いたと稚気を起こしたあなたを青い星に集中させて、一息吐いた時だった。

 振り返って、それを認めた。反射的にあなたを窓へ突き飛ばした。地面から窓へは少しばかり距離があったけど、窓から地面へはハシゴもあり、私たちが根城にする坑道への口もあった。あなたの悲鳴が聞こえたけれど、私は今でも正しかったと信じている。


 振り返った先に居たのは大人達だった。私たちは年長の少年達を見れば追い回す宿無しの意味ではお仲間のオヤジではなく、ちゃんと洗っていそうな揃いの服を着込んだオヤジに比べればずいぶんと若い人たちだった。『保護局』だと直感した。年長組が気をつけろと言っていた、『保護局』だと。そして、一人だけ黒い折り目の付いた服を着た男が前に出てきて言ったのだ。

「一人は落ちたか。まぁいい。連れて行け」

 幼い私に抗う術はなかった。


 *


 記憶の連続性というものを証明することは非常に難しいと私は今では思っている。記憶はデータの積み重ねで、データの連続性でしかない。ある記憶Aと記憶Bの間に不自然ではない記憶Cが挿入されていたとして、私はその記憶に違和感を覚えないのだろうし、また、欠損した記憶もそのように埋めてしまうこともあるのだと入手した知識にはあった。


 また、私が私であるという自己認識についても証明することは難しい。政府という形があるのであれば戸籍というもので書類上は証明が可能である。しかし、それは本質的な『私が私である証明』とは言えない。

 私は私であると思っているし、今となっては私を主張する『私』は、この私一人しか居ないのもまた事実なのだ。


 私は、あの日『保護局』に連れて行かれた私の記憶を『私』の視点で持っている。その意味で私はあなたと共に5歳の年齢まで育った私だといえ、けれど、20歳のあなたを前にして、20歳の肉体を持たない私は、血を分けた双子の私ではないように映るのだろう。


 あなたの目をのぞき込む。あなたは首を逸らして私から逃げる。あなたの目を追いかける。目を眇め、私の『目』から逃げようとする。頬を歪ませ、肩を首を緊張させる。

 心拍数の上昇が観測される。それと共に血管の収縮もあるとセンサーは告げていた。

『済まないと思う』

 合成音声がスピーカーから流れ出る。あなたはほんの少し目を見開く。

 あなたは廃棄寸前でもかろうじて稼働する耐真空スーツをスタンバイ状態で着込んでいる。頬は細いが、痩せていると言うより無駄な肉を付けていないという方が正しい様子で、だけれど、手足の自由は私が今、奪っている。掃除と警備と受付の機能だけを持つロボットを支配して。

 あなたの目に、白く無機的な自律ロボットの姿をした私が確かに映っている。

『あなたに食べて欲しい』

 あなたは再び眉根を寄せて目を細め、私が差し出したものを見る。マニピュレーターの上に載せたものはこの日のために必死で取って置いたもの。

 あなたのこぶし大の瓶につまった、赤黒いカプセル錠。

「毒? ナノマシン? L4(やつら)の監視?」

『今でなくても言い。持ち帰って成分を調べてもらって構わない』

 私はあなたの手に瓶を握らせる。こわばったあなたの手がしっかり瓶を掴んだことを観察し、警備以外のロボットを元の作業に戻らせた。

 あなたは自分の足で立つ。手の中の瓶を見つめる。

「炭素、水、鉄……ナノマシン状の構造は見当たらない……?」

『一日分くらいのエネルギーにはなる。それ以外には、多分、ならない』

 それ以上私は言うつもりは無かった。とても言えることではなかったし、気味悪がられるだろうとも思った。

『三〇分後に立ち入りがある。逃げるのなら、それまでに』

 私は『踵』を返して動き出す。私の方にも猶予はない。予定時刻までに予定のハンガーに戻り、何事もなかったかのように、リスタートする必要がある。


 足音が聞こえてくる。あなたは慌てて仲間達と逃げるでしょう。それでいい。人だった頃の私の記憶はそう言っている。

 人の脳を模した神経回路による自律型AIである私の、人であったが部分が。


 そしてもし、あなたが私の望み通りそれを取り込み、そして消化したなら。

『ただいま』

『私』になるまえの肉体をもつ最後の『私』は言うだろう。

 脳による記憶は私に移植されたけれど。

 心臓による記憶は、あるいは。





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