20200808:流線型の家の居間から

【第125回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 流線型の家

 ファッション感覚

 まだ遊びたかった

 左頬に絆創膏

 親御さん泣いてるぞ


<ジャンル>

SFのような…?


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 うちには煙突があるんだだとか、大きなピアノがあるんだよとか、伝統的な日本家屋に、カナダから取り寄せたログハウスとか。ずいぶん場違いな学校に入ってしまったと思いながら、転入早々みんなの家自慢を聞かされている。

 事の発端は何かと言えば、サンタクロースという不法侵入者の親友経路で、うちには煙突があるから安心だとか、なにようちには大きなピアノがあるんだからねとか、発展していったような気がしなくもない。

 自慢自慢のエスカレートは仲間内では珍しくないのだろう。やがて自慢の連鎖は言い合いながらも一つの収束を見せ始める。ボス各の少年少女がやっぱり一番すごいのだと。

 新人としては、そんなこと言い合って何になるのか、という諦念をかけらも見せず、皆の話を驚きながら聞く体を保つのが最良で、このときも僕はそうしていた。

 ボス格と思しき少女が突然にこちらを向いたのだ。吊られて自慢しあった『舎弟』達は、初めて僕に気づいたように一斉に僕へと視線を向けた。

「あなたの家はどんな家?」

 僕は団地だとか貸家だとか親戚の家に間借りしているとか多分そんなふうに誤魔化して、チャイムが鳴るに任せてどうにかこうにかうやむやにした。

 だって言えるわけがない。海の浮かび沈みが自由自在の流線型の家だなんて。


 じゃぁねと手を振り関係者以外立ち入り禁止の看板の横を通り過ぎる。ファッション感覚の家自慢とはほど遠い『門』にクラスメイト達はどよめいた気配だけを感じながら、僕は知らんぷりでカードを翳して歩を進める。

 クラスメイト達の姿はしばらく門の前で固まっていた。そのことを僕は基地内通信用のバンドを通じて見続けている。中央の車道をまっすぐ進み、基地の本館を大きく回る。前方に海が表れる。

 海に突き出す桟橋へと僕は鞄を鳴らして歩いて行く。桟橋の横には柱が一本海の中から突き出していて、突き出したそれに僕はとことこ近づいていく。大きな身体の海兵隊も、バッチきらめく将校さんも、僕を見ても何も言わない。

 ただいまと重い上部ハッチをどうにか開ける。お帰りとどこからともなく聞こえてきた。ハシゴを下りて廊下に出る。僕の部屋はそこから二つばかり前方向に進んだドアだ。ドアはいざとなったら気密を保ち中に居る人間の生命を守る。そういうふうに出来てはいるらしかった。そしてもちろん、僕の部屋に窓はなかった。煙突もないしピアノなんて置けるほどのスペースなんて何処にもない。畳のような取り外しの聞く床もなければ、建材はセルロースではなく鉄とゴムとガラスと、なんだか多分そんなものだ。


「早いじゃない。まだ遊びたかったんじゃないの?」

 荷物を置いて居間に入ると制服姿の母さんは言う。一団高い母さんの定位置からひょっこり顔だけ覗かせて。

「そうでもない。自慢話を聞くだけだったし」

「なぁに、言い返せば良かったのに」

 僕は肩を竦めて見せた。

 僕がまだ小さいころ、そういう自慢話に真面目に付き合っていたこともあった。何せ僕の部屋には窓がない。ピアノも置けないし、畳もない。カプセル状のベッドがあって、収納可能な机がある。調整用の槽があって、調整用のサーバがある。

『そんな嘘言って、親御さん泣いてるぞ』

 先生にそう言われたから。僕はそれ以来、本当のことは言わないことに決めたんだ。

 僕の定位置の槽に向かう。調整中のヘッドセットを手に取った。コーディネーターが寄ってくる。これからすべきことを画面に出して読み上げていく。

「たまには友達と喧嘩くらいしてきなさいよ」

「疲れるだけだし。そういうのはいい」

 槽に入る。コーディネーターが周囲の機材を診断していく。

「もう。子供らしくないんだから」

『まだ遊びたかった』思ったからって何になる?

 新参者の癖にとかいわれ、一方的に約束したじゃないかと詰られ、取っ組み合いをしたこともあった。先生には泣かれ、母さんには爆笑された。取っ組み合いをしたその相手は、多分もう高校生とか大学生とか社会人とかに鳴っているだろうとぼんやりと思いながら、左頬に絆創膏の感触を探して、探せず、手で頬を触ろうとしたときに、槽の天井がゆっくり閉まった。

『診断はじめるよー』

 響く声にOKのサインを出す。僕の身体を溶液が包み、ヘッドセットが溶け出した信号を拾う。脳内物質は有り様を変えて、僕は『家』と一体になる。


 長くて一ヶ月、短いと数日。義務教育の学校に通い、なんとなく授業を聞く。そして短くて三ヶ月、長いと一年、流線型の僕の家は、海の底に潜っていく。

 そんなだから、僕の出席日数はいつまで経っても足りなくて、僕は年下の子供達と机を並べて、学校へ通い続ける。とはいえ、僕の背丈も体格も、家である間は成長そのものが止まるから、まぁ多分、見た目と書類は一致していると見えただろう。精神面は多分ずっと僕は大人だ。

『子供は泣いてもわめいても良いし、同級生と喧嘩だってしたっていい。喧嘩したくないに越したことはないけど、アンタはそんなおとなしい質なんかじゃないでしょう?』

 僕は水を蹴ることをイメージする。スクリューが静かに回り、家が進む。僕が進む。

 僕は大きく手を伸ばし水を漕ぐ。サブエンジンがスタンバイ解除で動き始める。

 点検・診断中の今だから腹の辺りはどうにも軽い。本番、使うことが来たならば、相手の頬に僕の拳が決まるように、腹の中のものをぶちまけるのだと思っていた。

「親御さん泣いてるぞって決めつけてくるから、僕はおとなしくしてるんだ」

『あぁ、今の先生は政府みたいに面倒なのね』

 ――診断航路から外れています。所定の場所に戻りなさい。

 僕の『耳』に通信が入る。秘匿化された通信は耳(アンテナ)から入り、神経(ケーブル)を伝わり、脳(秘匿解除処理部)で処理され、意味を解す。

 例えばそれは、全寮制の学校の高く厳粛な塀のようですらあって。

「母さん、脱走して良い?」

 何度言われても聞き分けない子供のように、もしくは、何度発覚しても決して脱獄を諦めなかった囚人のように。

 返事を聞く前に僕は思いきり水をキックした。

『よーそろー! じゃぁついでに殴りに行こうか!』

 流線型の家が走る。僕の日課である遊びが始まる。

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