20200801:忘れたころにやってくる

【第124回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 物欲しげな顔

 使い道がない

 忘れたころにやってくる

 破裂音

 生まれてこの方


<ジャンル>

 SF? 宗教? 現代?


-----------------------------------


 彼を語るとしたらどこから始めれば良いのでしょう。


 教室の片隅でいつも物欲しげな顔をしてクラスメイトを眺めていたという印象があるばかりです。おとなしいといえばおとなしいのですが、彼の場合はいつも自分が入る隙を探していたと言いますか、何かを観察しているようにも思えました。クラスメイトを観察し、教室の隅々を観察し、黒板のチョークを観察し、窓に揺れるカーテンをつぶさに観察し、外の日射しを観察し、野良猫を観察し、鳥を見つめ、風を見つめ、雲を長め、日が沈んでいくのを目でじっと追いかけていたことを覚えています。


 彼についてのエピソードといえば、なんと言ってもアプリでしょう。えぇ。スマートフォン用のアプリケーション。アンドロイドもiOSも器用にも両方対応していたんです。

 ある日気づくと、使い道がない、いえ、使い道が分からないアプリが携帯電話に入っていました。入っていることに気づいた人の方が少なかったかも知れません。私の親は厳しくて、インストールしたアプリのチェックを時々行っていました。それで気づいたのです。

 それが何なのかが分かったのは、しばらく経ってからでした。

 緊急地震速報が入ったんです。ただ、いつもの速報とは違いました。いつもの速報なら、すぐに避難してください――これを繰り返すだけですよね。

 そのアプリ初の速報は、何でも無いときに起きました。そして、ToDoチェックをこなさなければ、アプリを終了することが出来ないんです。

 自宅に居るときならば、水は三日分、常備薬は手の取りやすい場所に揃っているか、各種衛生用品は。緊急連絡先に連絡はしたか。 チェックをし、写真を取り込み、それをアプリが認識する。全部チェックでようやく他の操作ができるようになりました。

 これが出先ならば、避難場所のチェック、自宅への連絡。アルバイト先への連絡、なんて出たという人もいました。携帯電話会社各社が用意している災害用伝言ダイヤルなんかもあったと思います。メッセージを入れろってことですね。電車なら、非常口の確認から、車掌の指示に従うこと。GPSの位置測定付きで、最寄りの駅までの距離なんかも。

 そう。いわば抜き打ちチェックです。これの優れたというか、迷惑なところは、忘れたころにやってくるというところでしょうか。時間帯を選ばず、ある日突然鳴り響くんです。一応、画面タップで音は止まりますが、電車の中で突然鳴り始めた日には、慌てるのなんのって。しかも時間を問わず。夜中に鳴り響くこともありました。

 さらにといいますか、スポーツ系、医療看護系に進学した同級生は、救急救命法のお浚いなんて項目も増えたらしくて。尤も、項目が増えたのに立ち会ったのは、クラスメイトの1/3程度でしたけど。

 そんなことを高校時代、アプリが入れられてから二年間。それからスマートフォンを変えるまでの数年間、味わったワケです。

 このアプリケーション、どうやら彼が作った物だったらしいんです。正確には、彼と僅かでも接点のあった人にはインストールされていて、そうでない人にはインストールされなかったらしいんです。スマートホンの情報を教えている、いないに関わらず。

 どうやってインストールしたのかは最後まで分かりませんでした。それどころか、クラスの誰もスマートフォンを持っていたことすら知らない友人のものまで、入れられていたんです。

 みんな噂していました。やったのは彼だろう。きっと彼は凄腕のハッカーなんだって。


 何故そんなことをするのかとか、具体的にどうやったのかとか、聞き出せた人はいないんじゃないですかね。気づいたときには私たちは卒業していましたし、彼の連絡先を聞いていた人も誰一人居なかったので。


 なんで逆にそんなに覚えているのかって? それは気づいているんじゃないですか?

 そうですね。一つヒントを言うのであれば、生まれてこの方、彼ほどに興味深く謎いめいた存在と遭ったことがなかったから。あなただって、そう思ったから彼を追っているんでしょう? それでも、探しているというべきですか?

 彼は確かに一緒に卒業しました。卒業証書も受け取ったはずです。名前の順番でちょうど私の前なんです。受け取る彼の背を確かに見ました。集合写真を撮るときも位置決めでもめたのを覚えています。彼は女子と見間違うくらい小柄だったから、何処に入るか。しゃがむか座るか座った女子のすぐ後ろか。何カ所か移動させられていましたから。

 最終的には何処でしたっけね。先生のすぐ後ろ当たりだったような気がします。


 えぇ。あなたのおっしゃりたいこともよく分かります。

 私で何人目ですか? 三〇人? よく連絡を取りましたね。ほぼクラス全員じゃないですか。


 それで、他の人たちは彼をなんと言っているです?

 天才ハッカー? いじめられっ子? クラスのアイドル? 不思議ちゃん?


 どれもきっと言われていてバラバラだけれど、でも同じことを言っている。そうでしょう。

 当たりですか?


 分かりますよ。だって、実際に聞いてますもの。

 クラス会とか同窓会とかそんなものをすると割と集まりが良いんです。もちろん、お察しの通り、彼以外。

 いない人の話題で盛り上がるなんてよくあることでしょう?

 そう。だから、私の妄想なんかじゃないんですよ。

 だから、私たちは今こんな立場になってるんです。


 あのとき、破裂音が響き渡っても、常日頃からそんなことされているアプリケーションを入れられたメンツは誰も驚かなかったと思います。

 スマートフォンは黙っていたけど、異変を確認するなり行動しました。音の直前明るくなったことを覚えているから、屋外、空での変事だと察しました。屋根を探してとりあえず入りました。傍に居た何人かついでに腕を引きました。雨か槍かその他か何か。分からないけれど、分からないから慎重になりました。やがてキョロキョロ周りを窺う道行く人たちの間から悲鳴が上がれば、パニックにならないよう、整理することに務めたりもしたんです。


 行動は出来ても私はアレが何だったのかは分かりませんでした。ただ、幾度も幾度もやらされたオオカミ少年の対処の中にそんな物があったのです。『何かが降ってきたらどうすべきか』

 たとえアプリがオオカミ少年だったとしても、訓練しておくというのは大事ですね。だから、私たちは『謎の爆発事件』のヒーロー集団になったんです。


 あなたもそこから私たちを知ったのでしょう?

 爆発事件の時に、いち早く動いた人たちが何人もいた。その人達には共通点があった。同じくらいの年齢、出身地が近い、同じ高校を卒業している――。そして、アプリと彼の噂。

 彼を探そうとした、そうじゃありません? 最初は私たちの数人と会い、彼のことを知り、彼を探そうとした。そこで、行き詰まった。


 だから分かっていますと申し上げています。

 彼はいました。私たちは確かに彼を覚えています。誰か一人の妄想ではなく、私たちはみな、同じ記憶を持っています。

 でも、撮ったはずの写真も、卒業文集の中にも、母校の記録にも、彼という存在はどこにもいない――そういうことでしょう?


 なに驚いた顔をしているんです? それくらい、私たちだって気づいていますよ。卒業アルバムを開けば居たはずの場所に彼はいません。文集を開けばあったはずの文章がない。

 友人達と撮り合った写真にも、あるはずの記録にも。


 えぇ、冷静ですね。もう慌てる時期は過ぎました。それに私には少しばかり心当たりがなくもないんです。実は。

 友人には言いづらいです。少しばかり怖いことかも知れませんから。なにかって? そうですね。どう言えば良いでしょう。


 使い道が分からない、少なくとも、生徒にとってみれば使い道がない設備が教室にはありました。誰でしたかね。目ざとい一人が音楽室、理科室、体育館、講堂、食堂、プールにも有ったと言っていた気がします。

 アンテナのようなものでした。地下街などにあるカバーのついた火災報知器だとか、そんな感じの。

 Wi-Fiのアンテナとみることも出来たかも知れませんが、あの時代の、IT機器など装備してない高校にそんな物要りますか?


 この説はあくまでも仮説です。誰にも言ったことの無い検証も出来ない、単なる私の仮説です。

 彼はやっぱりいたんだと思うんです。

 ただし、実態としてではなく。けれど、実態として認識される形で。

『居る』『在る』とはどういうことだと思いますか?

 それは究極的には認識なんです。あると思う、触っていると思う、会話していると思う、聞いていると思う。

 一人なら幻想かも知れません。しかし、それが複数であれば?


 彼は実際何だったのかを今となっては知る術はありません。

 けれど、物欲しげなあの顔、『彼』以外に共通点のないアプリケーション、破裂音の時の私たちの行動。

 ――彼は、どこかで私たちを見ているんじゃないかと思うときがあります。

 生まれてこの方、見るだけで触ることが出来なかったものが、『触る』手段を手に入れたとしたら。

 破裂音を予期し、天災を知り、知らせることが出来ずとも、対応をと考えたなら。


 そうですね。忘れたころにやってくる、そもそも彼がそんな存在なのかも知れません。

 救世主――そう言うには少しばかり、俗物な気がしてしまいますが。


 お話しできることはこのくらいでしょうか。余計なことまで話してしまった気がしますが。

 えぇ、話していると思い出すものですね。久しぶりですよ。こんなにあの頃を思い出したのは。


 ねぇ。忘れたころにくるんだから。


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