20200725:実録! 学校の怪談

【第123回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 階段の踊場

 ガリガリ

 おててつないで

 慣れないことするからだ

 バラしたのはお前か


<ジャンル>

 オカルト、といえないこともない。


================


「えー、オレたちは今、母校に来ています。夜の学校。それだけで雰囲気がありますよね。不法侵入……ではないですよ、一応。この学校は生徒数の減少から三年前に隣の小学校と合併、校舎は取り壊しが決まっています。その校舎に、知り合いの知り合いの親父さんのお友達のいとこさんに頼んで、入れてもらうことが出来ました」

 タロウの配信用の声がコンクリートの壁に反射し僕のカメラで録音される。

 鍵を開け、重い門を二人で押し開け、不法侵入のないように閉じ、ようやく校舎に向かい始める。

 取り壊しの決まった校舎には避難誘導用の明かりすらない。

 職員用の玄関にたどり着き、鍵を開け、埃まみれのガラス戸を引く。

「オレたちはお邪魔するのでね。行儀良く靴も履き替えますよー」

 懐中電灯の中で、タロウはにっと笑ってみせる。二人で持ち込んだ室内用のサンダルに行儀良く履き替えた。

 向かうは、西の階段。三階と屋上を結ぶ踊場だ。

「今日は、この学校の『階段の怪談』を確かめに来ました。あ、誰じゃないよ。階段にまつわる怖い噂で、階段の怪談です。メンバーはおなじみタロウと」

「ニスケでーす」

「……の二人です」

 僕はカメラの前で手をひらひらさせる。僕が映ることもあるけれど、僕は基本的に撮影を担当している。

 大学の同好会で知り合った僕らは、見てくれのましな二歳年上のタロウと僕、ニスケでタッグを組み、ユーチューバーとして活動していた。今日の撮影は趣向を変えて『実録! 学校の怪談』だ。

 タロウはいつもの通り、体重が何処にあるのか分からないような歩き方で、僕の前を説明しながら進んでいく。

「この小学校には昔から怪談があります。まぁよくある七不思議の一つっちゃ一つなんですが。この話の普通じゃないところは、怪談の主役が実在の人物だってことです」

 懐中電灯は足下を照らしている。タロウは黒い影となって僕と閲覧者に背を向けている。僕は照らされた箇所を撮し続ける。タロウの声が響いている。

「よくあるって思ったでしょ。違うんです。『本当にあった話です』って枕詞じゃなく、本当に本当の実在人物なんです。今から十五年前の話です」

 校長室を横目に見て、『応接室』らしき文字を見る。職員室を通り過ぎる。懐かしい感傷に浸る間もなく倉庫やらなんやらがさらに続き、タロウはそこで足を止めた。

「ここです。では、上っていきますー。ニスケ、足下気をつけてな」

 タロウは息を吸って、吐いた。多分この音は、マイクには拾われない。そして何事もなかったかのように階段を上り始める。

「場所は、屋上へ続く踊場です。そこに鏡があります。なんで階段の踊場には鏡があるんでしょうね」

 一階と二階の間の踊場で、タロウは鏡に懐中電灯を当ててみせる。何本もヒビが入った鏡で中途半端に反射した光は、タロウの口元から下を照らし出した。カメラを構える僕のやたらとでかく丸い姿も。

 タロウの口元は笑いのように歪んでいた。

「十九年前の夏休み、お盆休ど真ん中のことでした。二人のガリガリに痩せた子供が、学校に忍び込んだのです。用務員もお盆休みだったのか、校舎内に人の気配はありませんでした」

 タロウの足は階段を一段一段上っていく。タロウの声はコンクリートの校舎の内で幾重にも響いて届く。

「痩せたガキはコンビニ辛くすねてきたパンを両手一杯に抱えていました。屋上に続く階段の踊場、鏡の前に二人で揃って座り込むと、そこでおもむろにパンを食べ始めたのです」

 二階に着く。タロウの足は三階へと向かっていく。

「二人は兄弟でした。兄は七歳。弟は五歳。母は学童保育が休みになった日から見ていません。二人はそこで二晩を過ごしました。くすねてきたパンもそろそろなくなってきてしまいました」

 二階と三階の間の踊場を通り過ぎる。三階へと向きを変える。一瞬だけ鏡に映ったタロウの口元は、どこか寂しそうにカメラ越しの僕には見えた。

「そして月が綺麗な夜、弟は鏡を見ながら言ったのです。『兄ちゃん、向こうの僕らは幸せそうだよ』と」

 三階についた。タロウの足が止まる。僕は僕の懐中電灯をタロウへと向ける。いつもの、配信用のおちゃらけた顔は、そこにはなかった。

「兄にはあり得ないと分かっていました。けれど、食べるものもなく、お盆休みも終わります。何れ用務員なり何なりが自分たちを見つけるでしょう。帰らなくてはいけません。けれど、帰りたくありません。弟も同じだと、兄は知っていました」

 タロウの足が段にかかる。タロウは一歩、また一歩と上っていく。

「『おててつないでのみちをゆけば』弟が歌い始めました。弟には、靴を鳴らして歩く親子の姿が見えていたのかも知れません。『みんなかわいいことりになって』兄が続きました」

 一歩。一歩。踊場にたどり着く。

 タロウの懐中電灯が無数にヒビ割れた鏡を映し出し。僕は、思わずカメラごと、後ろを振り返って確かめた。

 僕の懐中電灯の明かりの中にはコンクリートの壁があった。確かにあった。

 僕はつばを飲み込み、鏡へと再び、振り返った。

「次郎、迎えに来た」

 ヒビのせいか、懐中電灯の明かりのせいか、横から差し込む月明かりのせいか。

「マジかよ」

 ファインダーの中にはタロウの背があり、鏡の中にタロウが写り、鏡の中のタロウの背後には草原があって、鏡の中のタロウの横、僕の前には僕らの腰くらいの高さ辺りまで、影が、見えた。

 タロウの手が鏡に伸びる。黒っぽい影が導くように

「おい、タロウ!」

 僕の手が引いたタロウの腕を影が取り返すように引き返す。

「良いんだ、ニスケ。アレは次郎なんだ。次郎はここでいなくなった。次郎は鏡の中なんだ。俺は迎えてやらなきゃ行けない。迎えてやらなきゃ、俺は何処にも行かれないんだ」

 タロウの手が伸びていく。

 僕はカメラから手を放した。撮影なんてしてられる状況ではないと思った。めがねを挟んだ肉眼では、もっと鮮明に鏡の中に子供が見えた。

 幼い、幼い少年だ。

 だけど、それは、タロウの弟ではあり得ない。

「タロウは君のお兄さんじゃない。やっぱり、一緒には行けない。タロウも、僕もだ。僕らは面白半分に君のことを撮りに来ただけの単なるユーチューバーで野次馬で、それ以上でもそれ以下でもない! 約束なんて、しらない!」

 僕は手を引き返す。懐中電灯のライトを当てる。鏡の中から影を追い出す……追い出せると信じて。

「ニスケ! あのとき、次郎は消えたんだ!」

「消えたんじゃない! あのとき、鏡の中に幻想を見た子供は、鏡の中のありもしない影と約束した! おいしいご飯が食べられて、この学校で勉強できますようにと。影は頷いた。そして兄は何を思ったか屋上へ上がろうとして、足を滑らせ踊場に落ちた。頭を打った状態で用務員に発見された。虐待に気づかれた二人は別々の施設に送られ、別々に育てられた。そういうことさ、兄ちゃん!」

 影が揺れる。

 あのとき僕が置いていった悲しいとか辛いとかひもじいとか、寂しいとか。そんな気持ちで出来た影が。

 僕は鏡を蹴りつける。どうせ、数日後には消えてしまう鏡を。

 鏡、バラしたのはお前か。多分、そう、僕らに鍵を貸してくれた元用務委員に言われるだろう。

 タロウは粉々の鏡を前に、立ち尽くす。

 僕はカメラへ手を伸ばした。

「和美が妊娠したんだ」

 なんと返せば良かっただろう。純粋な驚きとか、どうするんだと責める気持ちだとか、明日からのことだとか、ぐるぐる回って回って、結局言葉にはならなかった。

「帰ろうか」

 カメラを構える。スイッチを入れる。

「あ」

 タロウの撮影用の声が響く。

「さって、すっかり辺りは静かです! 怪奇現象は月の光と共に終わってしまいました。僕らも撤収しまーす! いやー、つっかれましたねー。怪奇現象はちゃんと映っているでしょうかー?」

 スイッチをONしたカメラの前でいつもの通り、タロウははしゃぐ。はしゃいではしゃいで校舎を出て。スイッチを完全に切った。

 大きなため息が零れる。

「疲れたな」

「そうだな」

「慣れてないことするからだな」

「……だな」


 *


 半年後。タロウの奥さんになった和美ちゃんの協力を得て、感動のドキュメントの動画を僕たちは制作した。

 僕たちチームの配信の方向はそのとき少しだけ変わったように思う。




※文中の歌は、動揺『靴が鳴る』作詞:清水かつら からお借りしました。


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