20200627:百年後に会いましょう

【第119回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 生ぬるい

 百年後に会いましょう

 切り札は取っておく

 今回ばかりは

 文字の滲みは雨だから


<ジャンル>

 SF(えせ医療)


================


「百年後に会いましょう」

 その言葉を君はどういう意味で取ったのか。

 くしゃりと顔を歪ませて笑う。目尻には滴が光った。

「百年後に。きっと」

 私的な会話はそれで最後になった。揃いのユニフォームの一団に合流する。多くの人々が待つエントランスへと足を向ける。

 君にとってもその時間は決して短いものではないはずだった。

 僕は画面に目を移す。

 フラッシュをたかれる中に君たちが現れる。総勢50名にもなる技術者集団。宇宙船のプロフェッショナル、通信技術のプロフェッショナル、天文学の、医療の、栄養学の、ハウスキープの、etc.etc.

 一人一人が矜持を背負って人々の前に進み出て、そして、一人一人船に比してとても小さく頑強なハッチをくぐっていく。

 最後になった、君も、また。

 アナウンスが響き渡る。映像はそこで切られる。スタジオに切り替わった画面の中、アナウンサーが淡々と彼らの予定を読み上げる。

 地球時間で十年をかけて光速の99%まで宇宙船を加速させる。その後宇宙船は太陽系外恒星へ向かう。恒星系への到着は地球時間で47年後。彼らはそこで数年の観測を行い、ハビタブルゾーン内の惑星探査を行う。52年後、彼らは惑星の各種情報、大気、出来れば土などの物理的な資源を入手し、帰途につく。帰還はおよそ百年後。もちろん、人類初の試みであり、前人未踏の一大プロジェクトである――。

 僕は画面を切り替える。宇宙のロマンばかりを語れない地球の今を映し出す。


 30歳――僕は僕で、やることがある。


 *


「予算を食い潰す気か」

「それだけの研究費は出ているはずです」

 僕の研究は人類の夢にもつながっていて、倫理も道徳も愛護の精神も見なかったことにするのならば、賛同者は少なくなかった。

 生ぬるい議論は要らない。僕の主張は学会の主流になることはなく、各種団体から脅迫状を頂くことにも繋がったが、それこそ生ぬるい議論だった。


 35歳――君はもう、僕の手の届かないところに行ってしまった。君に割いていたすべての時間を僕はこのための時間に使うと、そう決めた。


 老化とは、細胞のエラー蓄積であるという説がある。

 エラー蓄積が問題ならば、エラーを減らせばいいはずだ。


 38歳――食生活を変えてみた。長寿大国に見習って、ベジタリアンになってみる。


 マウスなど物の数ではない。サルなど、何匹いてもいい。

 数多のマウスが癌に潰れた。何匹ものサルがこの世を去った。

 それでも成果が全くないと言うことはなく。

 ゲノム編集を応用し、エラーを取り除くベクターを開発した。


 40歳――全身細胞の修復技術で特許を取った。


 僕の顔に皺が生まれた。僕の髪に白い物が混じり始めた。

 新たなマウス、新たなサルを調達する。

 細胞を採取し、薬液をかける。遺伝子を観察し、有望な物質を特定する。

 効率化のためスパコンも導入した。研究を協賛する企業のコネをフルに使った。

 ライバルからの情報入手も怠らなかった。僕は金にも特許にも興味がない。相手の利益と僕の利益、すりあわせて必要なものを入手した。


 50歳――老化を遅らせる物質を発見した。


 僕は『若い』と周囲に言われることが多くなった。しかし、それは『美魔女』とは比べるべくもなかった。

 老化は病気だという説もあった。病気なら治療は出来るはずだ。

 ゲノムの修復でも追いつかないほど分裂にエラーが伴うのなら、分裂回数を減らすことも考えるべきで。逆に言えば、修復技術はまだまだ完全とは言えず、改良の余地があった。


 60歳――新たな技術の特許をとった。


 SFの世界ではコールドスリープなどという技術ももてはやされている。しかし、哺乳類で全身で行うのは危険といえた。まず人体の6割は水であり、水は凍ると膨張する。膨張はすなわち細胞の破壊だ。解凍肉がマズいのは細胞が破壊され、肉汁が出てしまうために他ならない。

 脳を冷やすことによる仮死状態も研究した。体液置換による可能性も模索した。

 どれも危険だと判断せざるを得なかった。


 70歳――健康診断で前立腺癌が発見される。切除でその後寛解を得る。


 若いとは確かに言われる。しかしそれでも『年の割に』を越えることが出来ないでいる。僕は助手に指示を出す。助手はためらい、スポンサーへ伺いを立て、そして、沈んだ顔で戻ってきた。

 僕は思わず笑みを浮かべる。助手は反対の立場をとっていたから。

 切り札は取っておくものだ。


 80歳――切り札をここで、切る。


 君が旅だった頃の僕の細胞を時間をかけて培養する。特別製のベクターを用い、僕の体を『置換』する。

 ベクター幾日も飲み込み続け、体内へ注入し続け、機械に繋がれ、データを取られ、僕はただ、眠り続ける。

 望みは叶うと信じている。


 *


 きっと、文字の滲みは雨だからだ。

 たった百年。一世紀の間に、屋根の下にも雨が降るようになってしまった。

 視界が滲むのも、雨粒が目に入ったからだ。

 あなたは私に手紙を残した。

『僕は諦めるのが嫌いなんです。僕はどんなことも叶えてきました。

 親の収入が少ないからと将来を諦めるのも嫌でした。奨学金を勝ち取って、いじめにも耐え、僕は医者になりました。

 君と出会ったは貧乏学生の頃でしたね。君を諦めるのももちろん嫌で、僕はライバルたちを蹴落として、念願通り君の恋人の立場になりました。

 二人一緒の将来ももちろん諦める気など僕は毛頭ありません。

 君が帰ってくるのは百年後。冷静に考えれば、僕は130歳です。

 今回ばかりは諦めろと周りの誰もが言います。それでも、僕は諦めるつもりはありません。

 幸い、僕は研究医です。

 きっと。待っていて』

 ――百年後に会いましょう。

 あの意味は、こんな手紙だったとでも、いうのか。


 ドアが叩かれ、私は手紙から顔を上げた。地球の重力は重く、そんな動作でさえも辛い。

 ドアへとようやく視線を回す。ドアが静かに開かれる。

「どなたですか?」

 看護師の誰何に、老域の男性の声があなたの名を確かに告げた。



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