20200620:ゴーグルの向こうの髭のカミサマ
【第118回 二代目フリーワンライ企画】
<お題>
買った覚えのない○○ 恨み辛み等
いたちごっこ
特異体質
いい子にしていたら
かすり傷でも致命傷
<ジャンル>
微バイオっぽいSF風味
================
太陽光から紫外線と熱線をカットした極めて人工的な自然光がロビーをひときわ明るく見せている。行き交う患者の室内着は昔はパジャマにガウンばかりだったが、ここ十年でまた一段とカラフルになりおしゃれになった。
それでも十分辛気くさい。七太は伸ばし放題の髭面をゆがめて首を振る。所詮ここは病院で、しかも難病やら重傷者やら何かしらを抱えた連中ばかりが集う場所だ。
七太は衛生面にはそれなりに気を配ったつもりでありながら、身だしなみの面で何処の浮浪者とも知れない風体のままロビーの隅を横切っていく。患者でもなく医者でもなさそうな人相の良くない男へ、何しに来たんだと誰何するような胡乱な視線が針山のように飛んできた。
――俺だって、来たくて来たんじゃねぇや。
七太はようやく階段室へとたどり着く。診察室やら病室のある上階へ向かうことなく、下り階段へと足を向ける。
そこでガスマスクにゴーグルをつけ、手袋やらハイネックのシャツやらで完全防備した子供に会った。ガスマスクの音を立て、手すりにすがって俺を見上げた。
『やっと会えた。カミサマのおじさん!』
カミサマじゃねぇ。俺の声は届いたろうか。ゴーグルの向こうの目が、笑った。
特異体質は喜べば良いのか面倒くさいと思って良いのか。カミサマの申し子だとか、これぞギフトと持ち上げられても、即物な方が俺が嬉しい。即物過ぎても角が立つと、ここに来たときはタダ飯と決まっていた。
はやくも熱を持ち始めた二の腕をかばいながら特Aランチを手に取った。
「見てんじゃねぇ」
子供はサイズで子供と思った。処置室まで着いてきて、終われば食堂まで着いてきた。せんせーはガスマスクの様子を見るばかりで、子供へは何も言わなかった。
『おいしい?』
「美味いから注文したんだよ」
特A ランチは牛のタタキに刺身がついた辛気くさい場所で誰が食べるんだか全く謎の代物だった。とはいえ俺は喰うわけだが。
『いい子にしていたら、食べさせてもらえるかな』
四人掛けのテーブルを陣取る当たり前のように子供はテーブルに同席した。水の一杯も飲もうとしない。手袋すら外そうとしない。
「いい子にしていて、奇跡の一つも起こしてもらえたら、あるいはな」
どんぶりを手に取る。豪快にかっ込む。刺身をわさびを溶いた醤油につける。一口で行く。牛のタタキは塩でいただき、汁物を遠慮無くすする。味わうにはほど遠い食べ方は身についてしまった習慣だった。
窓ガラスが外から割れて、子供とは違う武装の意味でのガスマスクが躍り込み。俺は子供を掴んで身を伏せる。――そんな習慣が身についていた。
「暁七太! ここにいることはわかっている! 被害を増やしたくなくば今すぐ出てこい!」
……といわれて出て行く馬鹿は多分いない。
子供を抱える。あっけにとられたらしい子供は声一つ立てることなく。
「あ!」
「とまれ、おい! ちっ」
病院の警備員とすれ違う。
「暁! 七太! 待て、おい……っ!」
「不法侵入および器物破損の現行犯!」
パン、と乾いた音に一瞬だけ肝が冷えたが。心の中で安堵した。子供は無事だ。この子供はかすり傷でも致命傷になりかねなかった。
「後は任せた!」
俺はとっとと、とんずらを決め込む。
『おじちゃん、大丈夫』
「触るな」
頭を撫でてやりたいとこだがそれも我慢。俺を見た研修医は顔を真っ青にして担当の腐れ外道を呼びに走った。
発砲音のその原因は確かめる間もなく子供には当たらなかった。当たったのは俺の腹だ。
少々どころじゃなくかなり痛いが、捕まっても撲滅しても通報しても逮捕されても、あの手の輩は沸いて出た。特異体質の俺を欲しがる。俺やら国家権力様に叩き潰される。どこからともなく沸いて出る。いたちごっこというやつだ。つまりそれなりに慣れている。買った覚えのない恨み辛みや感謝や畏敬は、気がつくとそこに生えていた。もちろん全く嬉しくはない。
「血管が逝ってなきゃまず問題ねぇ。俺は毒・菌じゃあどうにもならん体質だからな」
ゴーグルの向こう。瞬きしている気配がある。
「やっかいなウィルスやら菌やら植えられて、観察されて抗体を得る。そんなことされてもピンピンしてる。これくらいじゃどうにもならんよ」
そっと手が手袋の小さな手に握られた。カミサマ。子供が呟いている。
ガスマスクはウィルスも菌もシャットアウト。ゴーグルで目からの感染を予防して。手袋やらハイネックは、素肌表面常在菌に関連するか。
おそらく俺とは逆。白血病か、先天性か。抗体に難があるのだろう。かすり傷でも致命傷になりかねない。そう読んだのはそのためだ。
「暁七太。身体を大事にしろとあれほど」
俺をモルモットにし続けている腐れ外道が入ってくる。子供を看護師に任せると早速いろいろ命じている。
さすがに麻酔くらいはしてもらえるか。弾を抜く、そして縫う。さっき植えられたばかりのウィルスで俺は熱を持ち始めている。タイミングはよろしくない。
腐れ外道は仏頂面をさらにしかめる。ストレッチャーを看護師に命じた。
「八番目はまだ子供だ。もう少し生きてもらうぞ」
「あれ、そんなにやばい?」
そういえば腹がずいぶん熱いか。どくりどくりと脈を感じる。
「多分、かなりな」
そうか、やばいか。やばいというのはこういうことか。
そういえば視界がはっきりしない。思いながら、横を向く。俺をカミサマと言った子供が、俺の方をじっと見ている。
「なぁ、せんせー?」
「しゃべるな」
「あの子の血を俺の血で入れ替えたらどうなると思う?」
どうせ、八番目に替えられる存在なら。
*
いつかカミサマが来てくれる。誰に言われたのかなんて覚えてない。
髭面のおじさんを見上げた時に、お医者さんでも看護師さんでも患者さんでもお見舞いの人でもなくて。この人だって何故か思った。
「俺のHLA型は――」
ガスマスクをとる。ゴーグルをとる。無菌室以外の空気に触れる。おじさん口に耳を寄せる。
大丈夫。あなたはカミサマ。僕に奇跡を起こすカミサマ。
大丈夫。先生の目は、僕をもう、実験動物として見つめているから。
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