20200613:詐欺師の正体

【第117回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 一番の弱虫

 嘘だったなんてひどい

 プロの手口

 痩せ我慢はバレてる

 ルーティン


<ジャンル>

 現代FT?


---------------------------


 特徴のない顔、偽名、住処は知らせず、連絡先は使い捨て。

 プロの手口ですよ。佐々木は苦虫を潰した顔でそう告げる。

「プロ? 嘘……?」

 女性は目を丸く見開き佐々木を見上げる。

「嘘だったなんてひどい」

 やがて穴の開いたような目の端からポトリポトリとしずくを零した。

 佐々木が掴んだままの両肩が震える。

 今まさに手続きしようとしてたカードと通帳が、地面で乾いた音をたてる。

「やつに何をされたかを細かく教えてくれませんかね」

 女性は佐々木の言葉も耳に入っていないように、ただ涙を零し続けた。


 *


 電話口の彼女の声は湿っていた。執拗に会おうとする常とは違う彼女の様子と、僅かに混じる『違う音』に、太郎は失敗の二文字を思い浮かべる。

 口座にももちろん入金はない。入金と言っても、何十万もの大金じゃない。彼女の心を向けるための、向いていることを確認するためだけのささやかな金額だ。

「潮時ね」

「今回が? このやり方が?」

「両方」

 細い目をさらに細めて相方は笑みの形を作ってみせる。太郎は一睨みしてスマートフォンの電源を切る。そのまま相方に背を向け立ち上がると、鼻を一度すすり上げた。

「少し休む」

「少し?」

 太郎は答えず歩き出す。泣く板張りを踏みしめて、黄ばんだ襖へ手をかける。

 こらえきれずに嗚咽が、漏れた。

「痩せ我慢はバレてるわよ」

「うるせぇ!」

 乱暴に襖を開ける。太郎はそのまま自室へと足早に廊下をたどる。

 背後から盛大なため息がひとつ追ってきた。


 *


 恋をしてもひとが言うように一緒になることが出来るわけではなかった。

 遙か昔から、太郎はひとに焦がれ、ひとに恋し、恋するが故にひとに近づき、時にはさらに深い恋を覚えた。

 ひとといると、ひとは太郎へあれこれと世話を焼いてきた。貢がれることもあった。供えられることもあった。対価を要求されることもあった。太郎は貢がれれば感謝した。供えられれば受け取った。望む対価を支払おうとは努力した。

 それでも、一緒になることだけはできなかった。

「そんなにつらいならこころを殺してしまいなさいな」

 相方は細い目をさらに細めてそう言った。どうせ元の私らにこころなんてないんだから。こころなんてなくたって、お務めに支障は無いだろう?

 太郎にこころを寄せたひとが、村を去ることになった日に。太郎は泣いた。お天道様の下で泣いた。流した涙は雨になった。虹を架ける天気雨はまるでひとの道行きを言祝ぐようだと相方は言った。

 そんなことは知らないと、幾日も幾日も太郎は泣いた。泣いて谷戸が涙で埋まって育っていくはずだった人里の端が流されて。太郎の一番の弱虫の心はぽろりと欠けて端と一緒に死んでしまった。

 そうしてそのうちひとの子が、泣き止んでくれと拝みに来るまでが一つのルーティン――だった。


 *


「ずいぶん大きな木だったねぇ」

 雨で削られ、風で押されてのしかかってきたかつての若木が太郎の一部をかち割った。太郎はかち割られて零れていったかけらを見つめる。太郎のために死んでしまった弱虫は孤独な石塊に変わったまま、石段の下、生まれた濁流に転がっていく。

 ひとのこころを捕まえられない太郎は、その身を徐々に削っていく。ひとの心など端から諦めている相方は、妙に綺麗な身体にこけを這わせてやれやれと再びため息をつく。

「落ち着いた、みたいだね」

 言葉は太郎のうちに空虚に響いた。かつて幾度も拝みに来たひとの姿は今はない。太郎が出向こうと思わなければめったに出会うこともない。ひとと出会い、ひとの心と太郎の一部が混ざって溶けて生まれた里神が、社に上がって里の豊穣を祈り見守ることもない。

 太郎は相方とよく似た細い目をさらに細めて傷だらけの身体を見る。弱いこころを殺した今、そこに何を思うでもない。

「ん。泣いていても最近のひとはだまされてくれないしね」


 *


「ずいぶん、荒れているなぁ」

 住所不定、特徴も無くひとの記憶に残りにくいまだ若い男。少額ながら金を貢がせ、詐欺ではないかと疑われると一切の足取りを消すという。

 結婚詐欺の容疑がかかる男に関して手がかりはほとんど無く、僅かな共通点が、老若男女にかかわらず廃村を訪れていることだった。

 休暇を取った佐々木は、登山スタイルで朽ちかけた道に足を踏み入れた。獣道程度に続く旧道をたどり、朽ちかけた村にたどり着く。

 蔦に喰われた倉庫。竹を生やした家屋。畑だったのだろう平らな草原。そして最奥に、氏神神社だっただのだろう参道と、段の消えかけた参道、そして、苔に覆われた形を保ったままの口を閉じた狐と、対面の大木にのしかかられて胴を割られた口を開けて物言いたそうにしている狐。

「あぁ、かわいそうになぁ」

 氏子が消えれば社も消える。待つだけの狛犬ならぬ狛狐が、ずいぶん寂しそうに佐々木には見えて。

「お供えってほどでもないけどな」

 行動食になる小さなドーナツを、狛狐の足下に置いた。


 *


「花子、僕、さ」

「今度こそ、砕けてバラバラになっても知らないからね」


 *


「ねぇ、おじさん!」

 佐々木はびくりと肩をふるわせた。今までひとの気配はなかった。

 恐る恐る振り返れば、作り物めいて整った顔の細い目を皿に細めて、妙に薄汚れた子供が立っていた。

「町まで一緒に行って良い?」


 *


「あたしらは所詮、ひとと神様の仲立ちだからね」

 花子と呼ばれた雌の狛狐は、太郎のこころのかけらの背中を呆れと諦めで見送った。

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