20200523:過去と未来の技術に乾杯

【第114回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 ちょっとそこに座りなさい

 好き放題

 もうずっと捨てられない

 度胸試し

 レーション


<ジャンル>

 現代/古い箱の中身を巡る二人


==================

 もうずっと捨てられない箱が屋外の物置の中、数多のものに埋もれた一番下に置かれている。普段思い出すこともないそれは、僕が好き放題やっていた頃の思い出の品と言い換えることもできなくもない。

 それは子供が抱えるほどの木箱だった。箱だけでもそれなりに重く、中身を含めると子供一人では難しい重さになった。確か隣の家の兄ちゃんに頼んで物置の運び込んだのだ。兄ちゃんは良いのかと何度も僕に聞きながら、けれど結局手伝ってくれた。きっと呆れていたと思う。もしくは、僕が考えるよりもっと違う事を思っていたのかもしれない。

 とはいえその兄ちゃんも、大学進学を機に家を出たまま、顔を合わせることもなくなった。母さん同士の立ち話で結婚が決まりそうだとも聞いたから、これからより顔を合わせる機会は減るのだろう。喜ばしいことである。

 つまり、それを知っていてそれに関わることがある人間というのは僕一人といっても過言ではなく、たまたま思い出して思い立って苦労して発掘してみたは良いものの途方に暮れるのも僕一人だとそういうわけだ。ちなみに父さんも母さんも僕のものと認識はしているようで、何それとも聞いてこない。それは好き放題やっていたという証拠とみるか、懲りられてしまった結果と言うべきか。

 その箱はそもそも僕が見つけたものだった。いや、もっと前に見つけた人はいたのかもしれなかったが拾った、もとい、兄ちゃんに運んでもらったのは僕だった。途方に暮れるというのはその見つけた場所にも関連し、捨てられないのもまた同じ理由と言えなくもない。

「お前、こう言うの好きだろ」

「断言するのはやめてもらおうだが嫌いではない」

 埃にまみれた木箱を挟んで芝生にあぐらで向かい合った悪友はにこりともせず言い返す。めがねの奥の細い目は僕から木箱へと移動した。

「古いな」

「古いと思うぞ」

 悪友の指が表面をなでていく。質の良い木材ではない。毛羽立ち棘が立っている。場所がよかったのか腐ったりはなさそうだった。虫に食われた様子もなさそうだったし、物置の中でも無事だった。

 なでたところには文字があった。墨らしき黒々したしっかりとした文字だった。

 指は本数を増やし平になり左手を添え乗り出すようにあちらこちらをなで回す。やがてあらかた上部を撫で追えると、悪友の口元は笑んでいた。

「どこから取ってきたって話だったか」

 悪友の目は食らいつかんばかりに上部の文字を追っている。上部は蓋になっているはずで、側面をなで回す両の手は開けるためのとっかかりを探しているのだろう。

 僕は思い出す。

 あれは暑い夏の日だった。近所の自然公園だった。山を抱え崖を有し、立ち入り禁止の穴があった。

 穴だ。それは。

「おそらく防空壕だ」

 悪友の手がふと止まった。手をかける。木材がきしみをあげる。

 あのときも僕は開けたのだ。そして見つけて、兄ちゃんを呼びに走った。

「缶詰か」

「八十年前の、な」

「レーション、とはね」

「この辺には基地があったからな」

 立ち入り禁止を掲げた入り口の金網は、長年の風雨に朽ちてあのときついに子供一人分の隙間を作ってしまっていた。何でも好き放題やりたい放題の悪ガキがそれに気づいて入り込まないわけがなく。穴蔵の最奥で、積まれた木箱を見つけてしまったのもまた、ある意味当然の成り行きだった。

 木箱の中身は缶詰だった。当時の僕は『すごく古い缶詰』としか思わなかった。思い出してみれば、おそらくは保存食で、しかも場所柄レーション(戦闘糧食)だとも思われた。

 だから、ミリタリーマニアの悪友をわざわざ連れてきたりしてみたわけだ。

「度胸試しだな」

 悪友は一つ取り出し見聞するように眺め回す。

 今のプルタブで簡単に開くような代物ではない。缶切りを使って開ける必要がある、古き良き時代の缶詰である。

「お前、アレ、試したんだろう。これはどうだ」

「アレか」

 にやりと背後に言葉を足したくなるほど、悪友は笑みを深めた。

 そもそも思い出したのはアレの話題が出たからで。アレが宇宙食としてのレーション(簡易食)として、注目されていると聞いたからだ。

 レーションつながりというわけだ。

「アレは目をつぶれば旨かったぞ。さてこれはどうかな。缶切りはあるか?」

「度胸試し、するのか」

 悪友は三度瞬きした。口元から笑みが消えた。

 ちょっとそこに座りなさい。言いたげに悪友は僕に正対したまま背筋を伸ばした。

「君は俺をここに呼んだのは、それを期待してではなかったのか?」

 まっすぐに僕を見つめてくる。

 僕に返せる言葉はなく。次第にやつの口元は再び笑みの形に変わる。

「あらゆる国のレーションを食べ歩いた。液体・半固形・固形、合成品・天然食材加工品、あらゆるものに手を出した。アレにも、だ。そんな俺が、たかだか八十年前というだけでひるむとでも」

「愚問だったな」

 悪友は今度は満足気に微笑んだ。


 *


 まずは丹念に缶を洗った。埃だらけでは切った瞬間に埃が入ってしまうと思った。

 次に台所から探し出してきた缶切りを丁寧に当てた。

 やつが力を込めていく。かこん、と僅かな音がして、刃が缶の中に入っていく。缶切りの位置をずらす。刃を当てて押し込む。その動作を繰り返す。

「嫌なにおいはしない」

「金臭くないか?」

「缶だからな」

 木製の箸はやつのこだわり。

 皿に開ける。魚の煮込み。形は綺麗に残っている。

「行くぞ」

 やつはひとかけらつまんでみせる。匂いを嗅ぐ。舌に乗せる。思い出すように視線はあちらこちらを彷徨って。

「どう、だ」

「うん。……喰えるな」

「マジか」

「嘘言ってどうする」

 二口目は大胆に。三口目はもう、迷うそぶりも見えなかった。

「味は」

「うん。まぁ、旨くはないかな」

「……アレと比べては?」

 悪友は目を瞬く。

「そりゃぁ、比べるのは失礼ってもんだろ。昆虫食は未来のレーション。過去と比べるもんじゃない」

 口の端だけが奇妙にゆがんだ。

「旨かったぜ?」

 四口目は大口で。

「それが技術革新ってやつだからな!」

 そのまま汁まで平らげた。



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