20200516:廃墟出身のじじいたち

【第113回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 鉄塔

 脳みそまで筋肉

 本日のお前が言うな

 ワンコインの贅沢

 上下関係


<ジャンル>

 現代/廃墟趣味の男と、爺二人


==================


「ある日大勢の男たちがやってきて一斉に神社の山の木を切り倒し始めたもんだから、そりゃぁ驚いたさ。長老は腰を抜かして、婆は仏壇で念仏を唱え始めた。氏子総代は隣村まで駆け込んで、掛け持ち神主を担いでくる始末さ。しっかし、男たちはオレたちは何も知らねぇ、日雇いで来ただけだと言い張って手を止めねぇ。村長のところにみんなして事情を聞きに押しかけたら、お役人に言われたんだと飄々と抜かしやがったんだ」

 古希を迎えるだろう男性は、コップ一杯の日本酒をお通しほどの惣菜をつまみにちびちび飲む。

 昔はさぞや背の高い精悍な青年だったのだろう。残滓だけを残したまま、コップを握る手は細かく細かく震え続ける。

「結局どうなったんです?」

「結局? まぁそう急くな。若者はなんでも急ぐ。急ぐことに良いことなんぞそうそうない。そうさな。 長老はバチが当たるってうなされたまま逝っちまった。婆はなんまんばぶ唱えながらそれから十年は生きたかな。んで俺は、日雇いだって言う男たちに見惚れたのさ。あの筋肉、あの上背、日の丸弁当をかっ込む姿。それでもって、あっと言う間に神木は一本残らず消えていて、いつの間にか鉄骨が山と積まれ、気がついたらキラッキラの鉄塔が組み上がっていくじゃないか。かっこいいったら無かったさ!」

 その場所に鉄塔が建ったのは高度経済成長期の後半、国策で国中に電信網が張られている真っ最中の事だったと私の手帳には記されている。男性の年齢とも合いそうだった。

「そんなにかっこよかったんですか」

「おおよ! あんなにすげぇもんをオレはそれまで見たことがなかった。日本一のものだって確信したぜ」

 男性はグラスをまた一口グビリと飲む。頬からすっかりはげ上がった頭まで、色がまた一段赤くなった。

 枝豆! 板長に赤くなった勢いのままに声をかける。

「なるほど。それだけ見えたと言うことは、村からもよく見えたのですね」

「そりゃぁ、村は神社の山の下にあったからな。見上げる山。朱塗りの鳥居のその向こう。見えるのはお社ではなく、びっかびかの鉄塔。こりゃぁ、鉄塔を仰ぐ鉄塔神社だーなんてよく言ったものさ!」

『鉄塔神社』言葉を書き留める。

 がらりと表の戸が鳴った。築五十年は立つだろう店の古い引き戸は、妙に懐かしい音を響かせた。

「『鉄塔神社』だなんて、恥ずかしい話だとおもわんかこの筋肉男が!」

「あんだと、勉強ばかりのメガネじじいが!」

「それを、脳みそまで筋肉で埋まっている上、すっかりできあがった今日のお前が言うな」

 めがねの細い男性だった。のれんをくぐり立ち上がったその背は、話を聞かせてくれた男性……筋肉爺と同じくらいにオレには見えた。しかし、細い腕、薄い胸は『勉強ばかりのめがね』をなるほど彷彿とさせた。

「記者さん、こいつの言うことを真に受けちゃいけませんよ。ろくな事を覚えていない脳筋ってやつで、しかもアル中の幻覚持ちですからね」

 めがね爺……便宜上こう呼ぶ……はそう言うと、オレの隣に腰掛けた。筋肉爺との間にオレを挟んだ格好になる。

「板長、いつもの。熱燗で」

「あいよ!」

 ごつん、カウンターの板が鳴った。鳴らしたのは筋肉爺で、鼻であしらうような笑いがめがね爺の方から聞こえた。

「熱燗だぁ? 日本酒は冷やよ、冷や!」

「はん、一口飲む。かっと一気にあつくなる。それが日本酒というのもじゃないのかい?」

 二人の間に挟まれたオレはたまったものじゃない。

「どっちが良いも悪いも上も下もないでしょう。好みですよ、好み」

 なだめようとしたが、それは失敗したらしい。ふと視線に気づいて見上げた先で、板長が世にも哀れなものを見る目でオレを見ていた。

「……若造。この上下関係だけははっきりさせないと気が済まん」

「そんなことに熱くなるお前さんが選ぶような冷酒はその程度のものだって事だろう?」

「そんなこととは何だ!」

 爺たちの毎日恒例の喧嘩はそうして最高潮を迎えたのだと、板長は後で苦笑した。


 *


「お待ち」

 出汁の香りの湯気を立てた揚げ出し豆腐が前に置かれた。板長はついでとばかりに言葉を続けた。

「ところで、記者さんは何をお調べなんで?」

「いえね。記者だなんて立派なもんじゃありません。廃墟の村を調べて回るって酔狂な事をしてましてね」

「へぇ、廃墟のねぇ」

「このお二人は、今調べている村の最後の出身らしくて」

「楽しいじいさんたちでしょう? 日本酒一杯とお通しでワンコイン、なんてミニ晩酌セットを出してみたらいたく気に入ってくれたらしくて。ワンコインの贅沢だ、なんて、毎晩来て毎晩喧嘩して帰るんですよ」

 毎晩か。それはずいぶんと賑やかだろう。

 冷酒を一口。するりと喉まで入り込んだ少し辛めの日本酒はさっぱりとした余韻を残した。オレは好みで冷酒派だが、燗が悪いとも追わないし、上下関係も何もないとはさすがに思う。揚げ出し豆腐はうまく、酒はこれまた、つまみに合い、キリリとうまい。

「同じ村の出身なのに、ずいぶんと仲が悪いんですなぁ」

 また一人、男性の一人客が帰っていく。丸まり始めた背中を見ていたくなくて、オレはコップを取り上げた。グビリと、一口。

「逆ですよ。子供は帰ってこない。奥さんには先ただれる。故郷はすでに山に飲まれている。鉄塔ばかりが神社を乗っ取り悠々とそびえ立っている」

 漬物の盛り合わせ。この辺りの名産だと言われるそれはまた、なかなか良い味をしている。

「そう考えると、ずいぶん寂しいなぁ」

「寂しいんだと思いますよ。だから、嬉しかったんだと思います」

「嬉しかった?」

 オレの前に枝豆が置かれる。注文していない。言おうとしたら板長は笑顔になった。

「いつものワンコインにプラス、枝豆を注文していましたからね」

 そうかいと、一つつまむ。ほのかな塩味に豆の甘みが口の中に広がっていく。

 塩辛い。甘い。塩辛い。

 廃墟を調べるのが好きだった。人の営みが消えて森やら山やらに戻っていくそんな姿を見ることが好きだった。

 ごく個人的な趣味だった。話を聞くのは廃墟へつながる道の一つだとその程度の理由だった。

 甘い。塩辛い。――旨い。

「嬉しかったなら、それは幸い」

 オレはバッテンを見せて席を立つ。会計を済ませ、寝床代わりのワゴン車へ向かう。


 *


 廃墟は好きだ。歴史、退廃、ノスタルジー。無理矢理言葉に当てはめるならそんな感傷。

 そしてまた、情報収集も嫌いじゃない。人の営みは廃墟とともには終わらない。そして時々暖かいものにも触れられる。

 遠く山のその上に、かろうじて生きている航空障害灯がゆっくりと明滅を繰り返す。




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