20200502:AIの知らない音
【第111回二代目フリーワンライ企画】
<お題>
負け犬の遠吠え
蕁麻疹
聞き分けのいい子
買い出しのメモ
仕上げをご覧じろ
<ジャンル>
微SF/個人秘書AIが普及した近未来
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指定の座標で自動運転車は静かに停まった。道ははるか先までまっすぐに続き、道の両側は萌える草に埋まっていた。人がすれ違えないほどの踏み分け道が緑の中に濃茶の線を描いている。濃茶の線は道に平行に添うように等間隔に木が並ぶ丘の向こうへ続き、その先は見えなくなっていた。
「えっと?」
『傍の道を進むようにと、メッセージには記載があります』
汎用の個人秘書AI(PERsonalSecretaryAI:PERSAI)は、三日前に突然飛んで来たメッセージの解釈を告げる。
かつての親友が久しぶりによこしたメッセージだった。買い出しのメモと場所だけが記載され、PERSAIは届けろということだと判断した。
どうしようか。悩んだのは本当だった。十年ぶりで、メモの内容は理解しがたいものだった。
――抵抗器。導線。トランジスタ。電池やらなんやら、etc.etc.
犯罪が絡むようなものではなかったけれど、裏通りのジャンク屋に行かなくては到底手に入らないものばかりだった。
「道」
濃茶に続く道を見やり、助手席に置いた荷物を見る。どう見ても自動運転車で行ける道ではなさそうで、いや、そもそも、動力付きの乗り物で進める道には見えなかった。
リュックを選んだPERSAIの判断はやっぱり今回も正しかった。助言に従って用意したトレッキングシューズは正解だった。
助手席に回りリュックを取る。久しぶりにまとめて取った休暇をこんなところでこんなことに使うことに後悔を感じ始めていたけど、PERSAIは会っておくべきと私に告げて。
だから、濃茶の道へと足を踏み出す。辿りだす。
息が軽く弾むくらいで木々の並ぶ丘を抜けると、遥か彼方に小屋が見えた。小屋は一歩一歩近づいているはずなのに、一向に近づかないと錯覚するほど小さかった。
「あとどれくらい?」
いつもならすかさず答えるはずのPERSAIは、この時ばかりはなぜだか答えを返さなかった。手首のPERSAI端末は、私の歩数と心拍数をいつも通りに表示している。
分からないながらも、小一時間も歩いただろうか。足元ばかりを気にしていた視線を上げると、小屋はもう、目の前だった。
ドアが開く。開いた当人が中から出てくる。
目が合う。振り上げた手が大きく振られる。
思い出の中と違わない、笑顔が。
「待ってた!」
大きく手を広げて、走り寄った私を抱きとめた。
*
『つまんないじゃないか』
――あいつは社会的不適合者ってやつだったんだ。
『これはつまりこういうことだろ? どうなんだ』
――犯罪に走るやつが持つような思考じゃないか。
『PERSAIはこう言うけど、俺はそうは思わないなぁ』
――AIの判断を疑うのか?
幾度も繰り返されたのち、彼は不意に姿を消した。
――なんだ、負け犬の遠吠えだったんだな。
私は、付き合っていたはずの私は一人、残された。
*
「どうして、居なくなったの」
わりぃ。言葉が漏れた。
彼の目は明るく照らされた手元に注がれ、私の方を見ることもない。
小屋の中は雑然としていた。外から見たよりも奥に少しばかり広いらしく、作業小屋というよりは作業部屋といった風に私には見えた。
その小屋の隅の使い込まれた作業台で、買い出したトランジスタが、抵抗器が、一つ一つ組まれていく。
「蕁麻疹が出るようになった」
「え?」
示された旧式のコンロの少ないスイッチに試行錯誤しつつ淹れたコーヒーは、見たままのインスタントの味がする。冷ましながら顔を上げても、彼の目はまだ机の上だ。
「何時からだったか、PERSAIの声を聴いていると、蕁麻疹が出るようになった」
「蕁麻疹」
彼は沈黙で肯定する。一度身を起こし、深く息をし、再び手元に集中する。
「俺は聞き分けのいい子じゃなかったからな」
「なにそれ」
ピンセットでパーツを掴む。基盤の穴に差し込んで、はんだで丁寧にとめていく。
導線をつなぎ、電池ケースを接続する。ツールで導通を一つ一つ確認する。
チラリと一度、視線がこちらへ飛んできた。私の腕へ。沈黙を続けるPERSAIへ。
「しゃべんなくなったろ」
「なった」
「ここには旧方式の電波しかないんだ」
彼は彼の端末の上部を示して見せる。ずいぶんと懐かしい通信規格の表示があった。――私自身の端末も。
ツールを置くと彼はようやく顔を上げた。伸びをして、皮肉気な笑みで振り返る。
「PERSAI用のデータはこの方式は乗らない。だから、通信を使った機能は稼働しない」
「それって」
困るじゃないの。言おうとして、飲み込んだ。
私はメッセージを受け取った。メッセージはPERSAIに解析されて、来た方がいいと判断された。私は判断に従った。買い出しの店も、リュックも靴も、PERSAIの指示に従った。そして、PERSAIに指示してチケットを取らせ、自動運転車で最寄りまで来た。
彼は皮肉気に、ほんの少しだけどこか寂し気に一瞬だけの笑みを浮かべる。
「いい子でいられたら、こんなところに住み着くこともなかったさ」
手元の『それ』に視線を戻した。
「さぁさ、仕上げをご覧じろってね!」
むき出しのスイッチを押す。LEDが点滅する。
つまみをまわす。雑音が響き。
『CQ、CQ、こちら――』
AIの知らない音が小屋を満たしていく。
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