20200320:つつけば死にそうな最強じじい

【第105回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 始まる前から終わってた

 残弾数

 汚れたバレエシューズ

 これを見られたからには

 私たちの常識


<ジャンル>

 現代? 市民を護送する兵士とじじい×3


------------------------------


 ふてぶてしい。

 それが若き軍曹が爺さんたちに抱いた感想だった。

 杖に頼る足は細く踏み出すたびに震えている。老眼と白内障の進んでいそうなどろりとすっかり濁った目はどこを見ているかも判然としない。耳もすっかり遠いのか何度言いなおしても聞き返される。

 この状況すら、わかっているのかいないのか。爺さんたちはのんびりと護送トラックの一角を占領している。タバコはないかと警備兵へと話しかけ、喉が渇いたと愚痴をこぼし、大声で泣き始めた赤子の前であやしている。

 ――抵抗さえしなければ、あなた方の道中の安全は保障しよう。

 占領地の一般市民の『保護』を任された軍曹はそう言い彼らを睥睨するはずだった。

 が。

「兄ちゃん、タバコ、持ってないかの。タバコさえあれば、指の震えが止まるんじゃァ」

 そう軍曹を見上げてはへらりへらりと笑うのだ。

 ふてぶてしい。

 赤子を抱いた母親が猜疑と心細さをないまぜにした視線をあたりに向けるように。空気は読めるがまだ子を産めるようにもなっていないだろう少女が堅く自身の身体を抱くように。あるいは、すべてを悟りすべてをあきらめ心をどこかに落としてきた男のように。

 そんな反応が普通なのだと思っていたのに。

 ふてぶてしい。

 軍曹は爺の一人一人を確認するように幾度も観察する。

 そのうちの一人は目が合うと、ボケたかのように気の抜けた笑みを軍曹に向けた。


 *


 ふてぶてしくも、じいさんたちはおとなしかった。

 母親も、少女も、男もおとなしいまま時は過ぎ、不意に大きくトラックが跳ねた。

 おおっとと、爺たちはそのあたりにしがみついた。軍曹も大きく尻もちをつく。驚いたのか、今まで機嫌良さそうにあやされていた赤子が急に泣きだした。

「黙らせろ」

 警備の一人が不機嫌声で女に命じる。

 女は慌てて、赤子を揺らし、落ち着けようと試みる。しかし、赤子は狂ったように泣くばかりだ。

「黙らせろって言ってんのがわかんねーのか!」

 警備は銃口を女に向けて。

 おい、やめろ。

 制止の声より、それのほうが、理論を越えて、早かった。

「あんちゃん。保護するっつてるのに銃は、ないな?」

 軍曹は耳を疑った。見ている現実を疑った。

 爺の一人が銃身を握っていた。あらぬ方へと力で向かせ、警備兵へと詰め寄っていた。

 爺の一人は明らかに親子を庇っていた。さっきまで荷台の反対側にいたというのに。

 そして爺の最後の一人は、よどんだ眼を自身の手のほうに向けていた。その手の中で小石をもてあそび続けている。かちゃり、かちゃりと石が鳴る。リズミカルに。

『おい、やめろ』

 その五文字よりも、早く。

「あんちゃん、非戦闘員を脅しちゃ駄目だ。しかも赤ん坊だ。びっくりすりゃぁ、泣いちまうのは当然だろ」

 警備兵は見ていてわかるほどに、慌てた。銃をひく。びくともしないと知ると焦る。引き金に指をかける

「ま……!」

「手痛いしっぺ返しを食らうぜ?」

 バン!

 軍曹が制止しようとすることと、兵士の指が引き金をひいてしまうのと。

 爺さんが銃口を上にあげたまま、兵士を拳一つで黙らせたのは、ほとんど同時のことだった。


 *


「あーあ、頭打ったかのぅ」

「おとなしくしててくれたら良かったんじゃが」

「死にゃぁしないだろ」

「だといいが」

 兵士は殴られトラックの外に落ちていった。

 トラックを止めろ。そう合図を送ろうと軍曹は運転席を叩こうとしたはずだった。

「あぁいう初心(うぶ)なのは、適当な怪我で病院に入るのが一番じゃて」

「生きてるうちに見つけてもらえたらええがの」

「中途半端に生きとったら、それはそれで厄介じゃのぅ」

「ワシらのようなのが増えたらそれは面倒じゃの!」

 ハハハと爺さんたちは声を立てて軽やかに笑う。

 軍曹はトラックの荷台の床をなめていた。運転席を叩こうとした腕は背中に回され、一掴みにされていた。視界の中で母親はぽかんと視線をよこしてきた。少女は驚きに時を止めていた。男は口を中途半端に開けたまま、何やら軍曹の上を指した。

 上からは声が降ってくる。

「残弾数確認」

「まだフルに残ってるよ」

「あんじゃ、さっきタバコ吸うのに火薬抜いてたじゃろ」

「耄碌したな、じじぃ!」

「お前は蓋閉めるの忘れて落としてたろが」

「お互い様じゃな」

 手を戒める力が緩んで、軍曹は抜け出そうと試みる。腕を解放させ飛び起きて、懐の銃へと手をかける。はずだった。

「おっと生きがいいな」

「あんちゃんは真っ当な軍人さんみたいじゃからの。変なことはせんといてくれ」

 背中がぎりりと悲鳴を上げた。何やら堅くて角あるものが、軍曹の背を踏んでいた。

 再び下がった視界の中で、震えていたはずの爺さんは悠然と煙草をふかしている。軍曹の上着のポケットに入っていたはずの銘柄の。

「やっぱりうまいのぅ」

 長々と紫煙を吐く。

「お前さん、肺は残っとったんだっけな?」

「肺だけだな。お前さんは、下の方が残っとったろ」

「あんなもん残っとったて肝心のタネはねぇなぁ」

「なんだ、弾無しかい」

「弾はねぇが、まぁ、いまとなっちゃあ、後悔はしてねぇかな」

 物騒に笑み、街が見えてきたところで、爺の一人は運転席へと合図を送る。


 *


 女子供は町に下した。抵抗派と思しき影が軍曹からもチラリと見えた。

 男は荷台を降りるとあっという間に消え去った。逃げ足だけは早そうだった。

 軍曹は床に転がされたままだった。シャキシャキ動く爺さんたちは、何事もなかったようにトラックの荷台へと戻ってきた。

 トラックが再び動き出す。

「妙なことをしなけりゃ、あんちゃんは無事に帰してやる」

 軍曹は引き起こされて座らされた。荷台には爺さんたちと軍曹一人だ。

 軍曹は怪訝に爺さんの一人をねめつけ、そして、気づいた。

 目の輝きが、人のそれではないことに。

 爺はにやりと笑って見せる。

「気づいたか」

 爺の一人は腕を『取』った。肘から先をメンテナンスでもするように取り去り、弾薬具合を確かめている。

 もう一人は膝を振った。調整するように角度を変えて、そのたびに金属の音が響き渡った。

 文字通り、目の色を変えた爺は笑う。

「始まる前から終わった奴らばかりがここにいるのさ」

 腕を戻した爺は薄い胸をそらして見せた。

 先の大戦の直前になな。爺は語る。

「振られたんじゃな。で、ヤケを起こした。家出をして、機械化兵団に志願した」

 機械化兵団。軍曹は口の中で転がした。

 鳥肌がたった。

「弟には孫娘がいたんだ。終わってた儂は子供も孫も持てんかったが、歳の離れた戦後生まれの弟には孫娘がいたんだ。ランドマークの国立劇場でな。バレエの発表会だったんじゃ。一年前にな」

 軍曹の背を冷たい汗が流れ落ちた。

 腕の爺はにんまりと、本当に楽しそうに笑みを漏らす。

「汚れたバレエシューズだけが残っとった」

 初期作戦で征服した街には大きな劇場があったことを、軍曹は覚えていた。何万という女子供を含む『保護市民』がいたことも。

 わかるじゃろ?

 目の色を変えた爺が覗き込んでくる。

「腕、目、足、ほかもまぁ、いろいろじゃがな。これを見られたからには、最後まで付き合ってもらうぞ。その意味はわかるじゃろう?」

「ワシらはか弱い老市民として、『保護所』に送られねばならんのじゃ」

 腕の爺はふんぞり返る。足の爺は大揺れにもバランス一つ崩すことなく、涼しい顔で軍曹を見下ろす。

「私たちの常識では、とてもか弱いとは」

「そんな常識は犬に食わせてやるんだな」

 今にも折れそうな腕なのに。震えていたはずの足なのに。どこも見えていなさそうなどろりと濁った両目なのに。

「生きて帰りたいだろう?」

 屈強最強の兵士に見えない爺さんたちは、自信に満ちた笑みを浮かべる。


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