20200208:神様はお見通し
【第99回 二代目フリーワンライ企画】
<お題>
緑色の血
ぬいぐるみかと思った
実力行使
全部お見通し
幻の存在
<ジャンル>
ちょびっと医療/宗教系
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大きな目は、痩せた頬のためと気付いた。細いおとがいに不可思議な肌色は奇妙な人形のようにも見えた。
「ぬいぐるみかと思った」
フリルのついたシャツを着せられ、手触りの良さそうなスカートを巻き付け、ソファに座る少女は、丁寧に縫われたぬいぐるみに、見えなくもなかった。
『失礼な。生き神様を前にして』
少女はその大きな目を、見慣れているだろう世話役と異邦人たる相方と僕の三人に交互に向ける。ほんのりと緑味を増した頬で、世話役へと口を開いた。
『このひとたちは、なんなのです』
簡単な現地語なら聞き取ることが出来る相方は、僕の通訳を待つことナシに少女へと威圧的に胸を張った。
「国際子どもの権利条約のもと、アンタを神様から引きずり下ろしに来た」
『国を超えた決まりで、あなたを一人の人間の子供として、保護します』
直球の訳など出来るわけがなかった。
*
そもそもはタレコミという名の情報提供に由来した。
東欧とユーラシアの境目、吸血鬼伝説が息づくような深い森の奥、子供を生き神として祭り上げる風習があると情報にはあった。
情報は個性を廃したコンピュータ標準フォントで、どこにでも売られている紙で、世界でもっととも売れたとされるプリンターから出力されたものだった。郵便局のスタンプは超有名観光地のもの。毎日何千人も訪れ投函させる手紙の中のひとつだったと思われた。インターネットが無くてはならない時代に、なんともアナログで決定的に足取りを追えない方法でもたらされたものだった。
数年前に可決、我が国でも批准に至った『国際子どもの権利条約』では、子供の権利の侵害、著しい行動の制約を禁止事項として掲げている。教育の自由、行動の保障、親(保護者)を選ぶ権利を掲げ、貧困地域の子供の救済、子供の救済の対価としての各種の支援、先進国での虐待の防止、片親世帯への援助、特別親子離縁、養子縁組等も扱っている。
「生き神だと?」
助手席で書類を眺めながら相方は呟いた。
「あの辺は特殊な場所だからね」
僕はアスファルトの穴を回避しながら事実を語る。
「緑色の血の子供を神様として祭り上げて、生け贄にするんだ」
ギリ、と音を聞いた気がした。
僕らはまず、説得を試みるところから始める。それがマニュアルだった。が。
実力行使は決まったようなものだった。
*
『何を言うのですか! 緑色の血液は聖なる血液。この方は幻の存在、生ける神です。許可は生き神様への面会のためのものであって』
「じゃかぁしぃ! 軟禁されるようなこの環境! 血色の悪さ、異常な細さが虐待の証拠になり得る! 少なくとも健康状態を客観的に見る必要がある!」
相方は世話役の言葉など聞いちゃいなかった。僕も聞かれない言葉の翻訳など省略する
『一度、健康状態などの確認をさせてください。生き神様が健やかな状態であられるのか、こちらとしても確認しておきたいのです』
もちろん、正しい意味での意訳である。
世話役は戸惑ったような目を少女に向けた。少女は何のことか把握仕切れていないのだろう。不快そうに眉根を寄せる。
『あなたがお元気かどうか、私どもの方で確認させていただきたいのです』
僕は生き神様の前に膝をつき、なるべく丁寧な言い回しを心がける。
少女の眉根は、寄ったまま、だ。
――また、走り回りたいと思いませんか?
僕はそう、囁いてみた。世話役には聞こえないように。
少女の目が見開かれた。青みの強い唇がわななく。不安そうに視線が揺れる。
「とにかく、一度、私達と一緒に来て貰うよ」
乱暴な相方は僕を押しのけ少女の腕をつかみ上げる。僕の講義など相方は聞かない。
少女は短く悲鳴を上げた。世話役が慌てて止めに入り。
『いい。行く』
『生き神様!?』
『検査をしてもらう』
『しかし……!』
少女は腕を取られたまま、けれど自らの足で立った。相方はごめん、と、腕を放した。
少女は掴まれていた箇所を摩る。緑色に、相方の手の形が浮かび上がった。
『神官長に、ご報告を……!』
世話役は踵を返した。転びそうになりながら、部屋を出て行く。
「警備が呼ばれそうだよ」
「それは面倒だな」
相方は少女を抱き上げる。短く悲鳴を漏らした少女は、けれど、相方の首に腕を回してしがみついた。
「さて」
僕はざっくり部屋を見る。廊下の位置、窓の位置、窓から見える街の塔。この場所がどこか。周囲はどうか。抜け道は――今も有効か。
足音が近づいてくる。金属がこすれる音を伴って、複数。
「こっちだ」
僕は、記憶を頼りに、窓を目指す。
*
――共同体をまとめるためには何が必要だと思う?
――リーダーの存在。
――思想の統一?
――『絶対』の存在。
――価値観の統一。
――奇跡は有効?
――おとぎ話じゃダメだね。
――事実なら。
――目の前にあれば。
――生き神様の言葉なら?
――本当だと思うかもね。
*
『ずっと薬を飲まされているだろう?』
少女は車に辿り着き、走らせ始めて暫く経った今でも、荒い呼吸を繰返している。
少女と一緒に後部座席に乗り込んだ相方は、もうすっかり平常以上に平常だ。窓を見て、後ろを確認し、併走する車両に注意を向けながら、さりげなく少女の肩を抱いている。
『健康の、ため、聞いてる』
少女は揺れる車内で転がったりしないようにか、相方にしがみついている。僕の問いに、苦しそうにしながらもそう答えた。
『それは、神殿に行く前からだね?』
ルームミラーには、頷いた気配。
「解るように話せ」
「薬なんだよ。ある種の薬のせいで、赤血球が酸素と結合できず、硫黄と結合することがある。すると、血液が緑になる」
「それがなんで生き神様だ?」
ルームミラー越しに僕をにらみつける。相方の手はなんとしても守るとばかりに少女の肩を力一杯抱いている。この子を、大人の勝手で不幸にはさせないと――死なせてしまった自分の娘を重ねながら。
「そりゃぁ、奇跡に見えるからさ」
「そんなもの、偽物だろう」
「良いんだよ。起きてることが、本当なら」
少女の血は事実、緑色をしているはずだ。
頬の色、唇の色、うっ血した腕の色がその証拠だ。
彼女は『普通』ではなく、故に『奇跡』だ。
『奇跡』は人の心を動かす。
同じ方向を向いた人の心はまとめやすい。操りやすい。
「断定か」
「そりゃぁ、あんなタレコミにGOが出たんだから」
大穴に大きくハンドルを切る。相方は揺れ、少女はさらにしがみつく。
子供は弱い。守る大人はだから強くなくてはならない。
僕は弱くて、弱い故に守られたくて人為的な奇跡を受け入れ、違うだろうと活を入れられ、今度は守る側になった。
「本物の神様なら、全部お見通しなのさ!」
「神様と書いてボスを読ませるんだったら、アタシは反対だぜ?」
サイドミラーに砂埃が写り、僕は慌ててアクセルを踏む。
僕らの本拠地(安息地)まで、もう少し。
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