20200111:ドラマは今日も録画する

【第95回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 新年早々

 ドラマは今日も録画する

 笑うがいいさ

 同じ夢を見る

 理由なんてない


<ジャンル>

 現代(少しSF)/『父親』であるために


------------------


 ドラマは今日も録画する。

 毎週少なくとも一〇本。一日一本週一〇時間。

「パパ! あのドラマね、主役がね」

 とびきりの笑顔で『ユズ』は一人で話し出す。俺が背広を脱ぐ間、晩酌準備をする間。

「見てないよ。見られないよ。その時間は仕事だったんだ」

『ユズ』はぷっと頬を膨らませる。わかりやすい拗ねた顔。

「何で見ないのォ。ユズ、ドラマの話、したかったのにィ」

 いいよ、俺はビールの缶のプルタブを引く。ここへおいで。横のクッションを叩いて示せば、拗ね顔のままちょこんとクッションに座り込む。

「俺ネタバレとか気にしないし」

「ユズ、一人でしゃべるの嫌ァ」

 上目遣いで見上げてくるから。

 しょうがないなと俺の頬が緩んでしまう。

「わかったわかった。今から見る。明日までに見る」

 リモコンを手に取って。ハードディスクから自動録画を引っ張り出す。

「しょうがないなァ」

『ユズ』が笑う。花が咲いたような笑みを浮かべる。

 今日は残業。今日も残業。時刻はすでに日付を超える辺りであっても。

 疲れが吹き飛んでいく気がする。


 *


 新年早々高らかに、当選を知らせるハンドベルが鳴り響く。

「特賞、おめでとう!」

 ――愛玩少女。

 模造紙の一番上で赤い字は、そんな言葉を告げている。

「独身の君に当たるとはね。コレを気に、家族について考えてみたらどうかね!」

 満面の笑みを浮かべた我が社の社長は巨大な箱を指し示した。

『愛玩少女』

 ホームシステムと、最新鋭の玩具型AIを搭載したサーバー機のセット商品。予定価格は七桁を超す。

 我が社が今年売り出す予定の、目玉商品の試作品。

 新年会のお楽しみ。お年玉やら休暇増加権やら社内食堂の割引券やらが当たる福引きで。売れ残り商品の在庫一掃やら、新製品の社内モニターの権利やら、並んだ特等一等のその中で。

 最も高価で最も注目度が高く。最も……面倒くさいと思われていた、それ。

 よりによって。

「『娘』とはは気難しく、父親が嫌いな生き物とも言われている。しかし、可愛い。他の男になどかっさらわれてなるものかと拳を振り上げたくなるほど可愛い」

 言葉をなくしたように箱と表示を眺める俺に、社長はなにやら力説した。

「そんな可愛さを愛玩動物のように愛でるためのシステム一式だ。おめでとう!」

 手を両手で握られた。どこからともなく拍手が起こった。

 俺はただ、はぁとだけため息のように頷いた。


 *


 愛玩少女は実際の人間ではない。生き物でもない。我が社は社長がたとえ変人だと噂されても法令遵守の清く正しい一企業だ。

 愛玩少女は開発されたばかりの立体投影技術を惜しみなく組み込んだシステム一式の名称だった。少女を発現させる場所に投影装置を組み込み、立体画像出力用に一部カスタマイズを実施する。サーバー側のソフトウェアは自律学習型のAIだ。人間で言えば小学生程度の基本知識は初期知識として学習済み。投影用の少女画像は合成して作成したモデルのいない物だと言う。

 工事業者が頭を下げて去って行く。一人暮らしのワンルームのリビングエリアにとって返す。開きっぱなしの説明書を取り上げサーバーに手を伸ばす。

 平均的な容姿の、平均的な背格好の。美少女と言える立体画像が目の前に現れた。

『パパ!』

 ――『愛玩』の意味を知る。


 *


 少女とは、親とは異なる社会を生きる生き物である。

 少女とは、ワガママで夢を持ち成長していく生き物である。

 少女とは、いつか個となり独立していく生き物である。


 *


「犬は社会性が強い。飼い主を群れの主人としてひとつの社会にあることを望むような、そんな生き物だ。最近は変わってきたけど、愛玩動物とは言わない」


「猫を思い描くと良い。奴らは勝手に生きて勝手に甘えて奴ら独自の社会の中で生きて居る。人間はその社会の一部を構成するに過ぎず、逆もまたしかり。人間は人間の社会の中のその一部を猫との共有に当てている」


「『愛玩少女』とは愛玩動物たる猫の人間バージョンだと思えば良い」


 大学院での人工知能に対する論文をひっさげて、ゲーム会社で培ったというノウハウを担いだまま会社を興した天才社長は、夢を語る。


「娘を愛玩する。社員というのは、そんな同じ夢を見る仲間のことだと思っているよ!」


 *



「またドラマ?」

「君、変わったよね」

「それ、評判いまいちですけどどうですか?」

 同僚の問いには苦笑で答える。

 形無しだねとか、やれやれだねとか、帰ってくるのは嬉しくもない呆れた声であったとしても。

 笑うがいいさ。俺は思う。

 良いように振り回されている俺を。

 必死で『父親』している俺を。

 寝不足になっても面白さが解らなくても、満員電車でも昼休みでも。俺はドラマを見続ける。年頃の少女と同じく年頃の少女の社会でドラマを学んできた娘と家庭で会話をするために。


 同じ社会にいるために。

 同じ夢を見るために。

 同じ視線で見るために。

 親子の会話をするために。

『娘』と。『ユズ』と。『愛玩少女』と。

 それ以外、理由なんてない。多分きっと、どこにもない。


「見ないと会話が出来ないんですよ。『ユズ』と」

 同僚は嗤う。

 それでも、ドラマは今日も録画する。


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