20191123:情報降る地

【第89回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 霧雨

 一日遅い○○

 地獄の沙汰も金次第

 世界中の誰よりも

 Wi-Fiもないのに


<タイトル>

 情報降る地


<ジャンル>

 オリジナル。行きずりの二人が霧雨をさまよう


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 ――使えるものならばあらゆるものを使う。エネルギーが少ないというのはそういうことだ。


 世界中の誰よりもしぶとく生きて居るであろう『何でも屋』はそう言って自身の背後を示して見せたから、僕は交換可能な手段を選んだ。時間がいくらでもあったことと、『何でも屋』は表情が比較的豊かだったのは幸いだった。ケチりにケチった淡い光と、時折窓から差し込む小さな小さな幾つもの稲光の中でさえどうにか顔色を読むことが出来、それは選択に役に立ったと思っている。多分。きっと。

『何でも屋』は空を見た。雨ならばいくらでもあると呟いた。手を伸ばすと片頬がわずかに上がった。手に取ると満足げに笑んでいた。

 逃げ逃げて飛び込んだダストシュートの果てに落ちた場所がどんな場所は知らないが、人々の反応は知っていると僕は思った。

 面白ければ目を見開き頬を上げ声を立てる。怒るならば額中央に力を入れて血圧が上がる。悲しければ涙を流し、楽しければ緩む。言葉も、どうにか。

「だから、ここは何処なんだよ!! どうすれば帰れるんだよ!?」

 佑はへくち、と小さなくしゃみを繰り返しては鼻を鳴らす。憐れまれて手に入れたレインコートのフードを直し、肩をすくめて縮こまる。

 気温は高いとは言えず凍えるほどは低くなかった。ただ空から止むこともなく音もなく落ち続ける霧雨が乾くまもなく髪を肩を手足を濡らし、僕らをどんどん凍えさせる。

「それが判れば苦労はしないな」

「あーもー、携帯つながんないしっ」

 佑は携帯端末のスイッチを入れては陽も月もない闇を見上げる。アンテナは一つも立たず、扇も決して現れない。

 僕は手に入れたそれのスイッチを入れてみる。見たこともないアダプタも、居てもいいと言われた納屋の隅のタップに挿すことが出来た。

 おそらく動力はこれでいい。思うものであるのなら、使い方もこれでいいはず。

「地獄の沙汰も金次第さ」

 佑の表情が硬くなる。あれだけじゃらじゃら言わせていた、金メッキチェーンも純銀チェーンも、金に替わり『これ』になった。全ては金次第。ダストシュートに落ちる前も落ちた後もそれは変わらない。金になるものをありがとう、佑。

「推測が辺りなら、コレで状況が少しは……」

「Wi-Fiもないのにどうやってさ!?」

 つまみをひねる。つまみは回る。押し込めず、引くものでもない。ならばこれは回すものだ。

 霧雨が落ちてくる。バチリパチリと火花が散る。地面で、雨粒がものに当たったときに、空中で、空で、そこかしこで

「Wi-Fiは無線規格の一つの、その中の標準規格の名称だって言ってるだろーが」

「知らねーよ、Wi-FiはWi-Fiだろうが!」

「Wi-Fi以外の規格だってあるし、電波じゃない可能性だってもちろんある」

 スイッチの横、つまみの外側。スピーカーが音を立てる。ホワイトノイズ。幾重にも音が重なった果ての、無音。

「お?」

「思った通り」

 つまみを回す。明瞭な音を探し出す。明瞭な――人の声を。


 *


『それ』は微弱な電流をも検出するセンサーだった。

 雨粒は帯電が可能だった。

 電気はすなわちエネルギーで、途切れなくある『エネルギー』は情報を運ぶことが出来るはずで。


 ――使えるものならばあらゆるものを使う。エネルギーが少ないというのはそういうことだ。


『一一二三、一一三○。EST一三六、N三五』


 空から、情報が降ってくる。


 *


 佑とは行きずりってやつだった。そもそも佑が逃げていた。僕はそれに巻き込まれた。

 巻き込まれた結果バスに乗れず、一日遅い出発になるはずだった。それも結局なくなった。

 深夜バスのチケットを取り直すや否や『ヤベ』と呟いた佑は、あろうことか僕の腕を掴んでいた。

 ターミナルを逃げた。ビルを逃げた。入り込んだバックヤードを逃げ回った。

 息が切れ、足が縺れ、何度も倒れかけて持ち直し、そしてついに倒れたあげく、気が付いたらここだった。

 嫌がる佑の身につけているものを巻き込まれたものの権利として売り払った。売り払って手段を得た。

 僕らは行きずりで、運命共同体に近しくて、お互いのことなど知らなくて、けれど離れも見捨てられも出来ずに居る。

「時間と座標に見える」

「……座標?」

「緯度と経度。ほんとに君は何も知らない」

「うっせーな。ネックレス返せよ」

 何がも、何をも情報は何も示さない。それでも。

 霧雨は降り続ける。あちらこちらで火花が散る。

「地獄の沙汰に使ったと思えよ」

 世界中の誰よりもこの知らない相手を身近に感じながら。

「地獄にはWi-Fiがないのか!」

「お前、本当に、Wi-Fiをなんだと思っている……?」

 僕らは二人きり雨の中を進んでいく。

「とりあえず、ここが何処かと、この座標がどこか、だなぁ」

「なー、座標って何なんだよ。あ、いちっ」

 情報が、降る。


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