20191006:平凡な僕の明日は我が身

【第84回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 変身

 明日は我が身

 フラグをへし折る

 わがままは一日一回まで

 ゴール


<タイトル>

 平凡な僕の明日は我が身


<ジャンル>

 現代。馬鹿青春。


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「洗濯物を抱えたマネージャーが転びそうなったところを抱き留めるとか、あまつさえその後見つめ合うだとか、そんなフラグをへし折ることは創部以来の喫緊の課題である!」

 おー!

「第一、顔も良い背も高い成績も良いうちのエースは女子部員寄せパンダである。それが美人と名高く美術部でも活躍するマドンナと恋仲になるなど、我が部の、いや、我が校の損失に他ならない!」

 おー!

「断固して、エースとマネージャーの恋を阻止せよ」

 おおー!!

「名付けて、『エースの会田君、すっごい美人の彼女がいるらしいよ?』作戦だ!」

 お、おー?

「ゴールはマドンナ・名村女史以外の『すっごい美人の彼女』を仕立て上げることだ!」

 お、おー!!

 わかっているのかいないのかむさ苦しい男どもが狭い部室で吠えたける。

 壁を床を響かせる低い雄叫びが一通り済むと、ホワイトボードの前に立つひときわむさ苦しい顔の部長は部屋の隅、先輩どもの勢いに押された一年坊主に目をやった。

「わかったか、一年!」

 指された一人がびくりと肩を震わせた。困惑が浮かび、並ぶ同期に助けを求める視線を投げる。

 一人は目を伏せ、一人は逸らし、そして一番小柄で目立たない一人が肩を竦めて部長を見やる。

「わがままは一日一回までにして下さいと部則で決まってますよね、部長?」

 声変わりをしたのかどうかも怪しい声が、静かになった部室に響く。

「お、おぅ」

 部長は勢いを無くした声でどうにか返す。

 体験入部中の一年生だったと思い出す。先ほど受け取った仮入部届には辛うじて読める汚さの時で『唐沢』とたしかにあった。

 二学期も半ばのこんな時期に珍しい転入生だ。

「じゃぁ今日のわがままは今ので終わりです」

 小柄な一年、唐沢はじゃぁ、と踵を返す。

「おい、からさ……」

「すっごい美人、探してきます」

 にっこりと口元を笑ませながら、同期すらもおいて唐沢は、一人部室を出て行った。

「お、おぅ。頼むぞ?」

 勢い込んで命じたものの。どうする気なのか量れないまま、部室は好奇心のざわめきに満ち満ちた。


 *


 そして、美女がいた。

 小さな顔を綺麗なウェーブの乗った背中までの長い髪が彩っている。髪は茶がかり、日に透かすと金にまで見える。フリルの着いたシャツは上品で、長いフレアースカートは土埃に優雅に揺れている。

 細い首に華奢な肩。すらりと伸びた綺麗な手足は、細くとも筋肉がのり、手首足首が締まるという綺麗なラインを描いていた。

 エースと名高い会田はシュート練習も忘れてゴールポストの向こう側の女性の顔を見つめてしまった。女性は視線に気付いたのか、軽く手をふって見せていた。

 会田の様子に気付いた部員が視線の先を辿り、止まる。一人二人。並んで思わず動きを止める。

「どうしたの、みんな?」

 マドンナマネージャー、名村が駆け寄る。部員の合間に割って入り、会田の横に滑り込む。動きを止めた会田の視線を辿ってそして、瞬いた。

「何よあの子」

 名村の声が切っ掛けだったか、美女はするりとフェンスの内側に入ってくる。そのまま小走りに部員の集まるグラウンドへと入ってきた。

「会田さん! お久しぶりです」

 やや低めのまろく可憐な声だった。

「え?」

「えぇ?」

 会田は辛うじて自分自身を指してみせた。

 名村はあからさまに怪訝に見やる。

「どちら様? 今練習中なんですけど」

「すみません。すぐ済みます」

 耳障りの言い声で名村へ、周囲へ謝ると、美女は会田の腕を無造作に取った。

「覚えていらっしゃないですか? 昨年の夏、お世話になりました。ずっとお礼を言いたかったのですが、なかなか窺うことが出来ず」

 え、はぁ。

 会田は切れが悪く相づちを打つ。しかし、その手は取られたままだ。

「あの!」

 名村は苛立ちを隠しもせずに割って入ろうと手を伸ばす。美女はきょとんと、名村を見返し、そして会田へ笑って見せた。

「やっぱりお邪魔でしたね。また日を改めます」

 同性である名村すらも見とれるような笑顔だった。


 *


 美女はグラウンドに巻き起こった喧噪などお構いなしに薄汚れた男子更衣室に周囲の目を気にしながら駆け込むと、まず頭に手をかける。ずるりと腰まで届くウェービーヘアが床に落ちた。

 次に手早く、ひらひらフリルのシャツを脱ぐ。ぴらぴらフレアのスカートを落とす。しわくちゃになることを覚悟の上で手早くバッグに詰め込んだ。

 次にクレンジングを多めに手に取り顔に当てる。優しく優しく元に戻れと唱えつつ。変身を解いていくように。

 元に戻れ。アタシ。いや、オレ。

 たっぷりの水で洗い流す。小柄で筋肉も付かない細い首、どこにでもいそうな特徴の無い地味な顔が、草むしりでも文句一つありませんとでも言いたげに、鏡のなかから見返している。

 後ろでまとめた髪を解く。つまらなそうにわざと生彩を無くした目がくせっ毛の中から覗いている。

「明日は我が身、さ」

 わずか一〇分前まで美少女だった少年は、平凡の殻をを敢えて被る。

 誰かがいたずらに張ったらしいハリウッド映画のポスターをちらりと見やる。美形揃いの一家が並ぶ少し怪しい雰囲気のポスターの、人形のような末娘を目にし、唇をわずかに歪ませる。

「僕は平凡な学生生活を送るんだ」

 平穏無事で何事も無く、色濃いごとも邪魔されない、学生生活に戻っていく。



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