第63回『鞄』:古びた鞄<オリジナル>

 託された鞄からは私の写真がまず出てきた。若い私がこちらをじっと睨んでいる。

 次に小説が現れた。有名な小説家の無名時代からデビュー作までが揃っている。

 無名の作家の個展のチラシ、覚えのある人のインタビュー記事のスクラップ。

 ひとつひとつ取り出すうちに、一つの名前が脳裏を過る。


 *


 他人のことばかり話していた。

 張り合うようなことを言うくせに、行動はついぞ伴わなかった。

 お節介ばかり焼いていた。

 そして時々生み出すものは風船のように軽かった。


 *


 古びた鞄が所持品のすべてと聞いた。

 取り出したものに名前はなく。自作すらも出てこなかった。

 空っぽの鞄はすっかり軽くて擦り切れそうで。


 *


 けれど、使い込んだ深い艶色を見せていた。

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