第4話 ちょっとした変化に気付くくらいは許してほしい
スマホからいつもの店に好みのブレンドを選んで決定。疲れ切った通勤ラッシュのあとにこれが待っているんだと思えばなんとかなる。と思うしかない。
女性専用車両といえど、限りがある。乗りそこねた女性は一般車両に流れるわけで、気を遣う。カバンを両手で胸元の前で握りしめ「両手はここにあるんですよー」とかのアピール。学生だと両手を上げてこれ以上手は生えてませんよーとかだろうか。生きづらい。そんな生きづらい乗り物からなんとか脱出した俺は、よれたスーツをパタパタと整えて、ネクタイの位置にもこだわりつつ溜息一つ吐いて駅を出る。いくらか歩けば、出勤前にスマホから注文できるコーヒー専門店の看板が見え、俺は少し気分が浮上した。
「おはようございます、部長」
ポンと叩かれた肩に振り返ると、朝から御来光かよ、とつぶやきそうになる微笑に「やぁ槙島、おはよう」と部長らしく返せたと思う。
「……眼鏡変えたか?」
たしか最近は黒縁の細いタイプだったと記憶していた俺は、彼の鼻の上に収まる眼鏡が少しブルーグレイの太めの縁眼鏡になっているのに気付く。
「わかります? 色が珍しいしそろそろ変えたいなと思ってたんで。さすが部長、最初に気付いてくれましたね」
赤みのある唇がにっと広がり彼はくいとメガネのヒンジを中指で押し上げた。朝から眼福。帰りたい。そのまま天に召されたい。
「一番か〜、それは悪いことしたな。恋人なり可愛い子なら良かったのに」
こんな最近不感症まで追加されたのはおっさんに一番を持っていかれた彼の取り巻きに文句を言われる想像をしながら、目的の店に入り、注文品の番号を確認して支払いを済ませて瓶を取り出した。
「今はそういうのいないんで」
今は、ね。とほんのり痛む胸を無視して苦笑で濁した。
「意中はいますけど」
ニコリと笑ったイケメンに痛む胸はイケメンかっこいいなからなのか、ただまた始まりもなく終わる恋へのものなのかは分からない。彼も注文していたのか一本取り出すと、急ぎましょうと腕を掴まれ店を出た。
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