7話 入国審査
ハイロードの「終点」はかつての車両基地だった。
今は乗る者のない見捨てられた車両が黙然と並んでいる。
タカがアカリ達に続いてゲートを抜けようとすると不意に太い腕に阻まれた。
「あ、失礼しまし・・・。」
見あげるとそこには焦点が定まらずに常に何処かに彷徨っている双眸があった。
彼が子供達の言っていた「駅長」だなと判断すると、とタカは開けっ広げな笑顔で駅長の視線を受け止めた。
駅長は自分の顔をタカの鼻先まで近づけてしばらくじっとしていたが、やがて何かに納得したようでくるりと後ろを向いていってしまった。
「珍しい。駅長に気に入られたみたいだな。」
「気に入られたの?あれで?」
「そうだよ。子供以外で駅長があんなに近づいていくることないよ。」
「うん、大人の男を通すのはだいたい嫌がってゲート開けてくれるまですっごい時間かかるんだよ。」
子ども達は駅長にハイタッチをするとあっという間に階段を駆け下りていった。
「・・・駅長は純血だよね?」
「・・・だから何だ?」
「いや、ワンガンに住む純血もいるのだな、と思ってさ。」
「・・・タワマンに住んでいた駅長の母親は駅長が子供のころに高機能広汎性発達障害だと診断された途端に彼を置いていってしまった。
残された仁さんは駅長の面倒を見るために仕事を辞めなければいけなくなって途方に暮れたそうだ。
どうしたらいいかわからないまま、ただ電車が大好きな駅長と一緒に毎日駅で電車を見て過ごしたって。
そんなときに業火があった。
電車を離れたくない駅長は避難せずにここに残った。
鎮火後駅にだれもいなくなったから大好きな電車を守る為、そのまま駅長になった。
・・・ワンガンにはいろんな人間が流れ着く。」
「君は?」
「ワンガンはどんな人間でも受け入れてくれる。」
「どうやってここへ?」
「・・・おまえ、しつこいな。」
そう、よく言われる。
ああ、またやっちまったかな、と思ったが、アカリは只軽く苦笑いしていなしてくれた。
「お前はとりあえずここにいても大丈夫そうな人間だ、って思われたみたいだ。でも、人をあまり詮索しない方がいい。
いくらお前の仕事が取材でも。
・・・超えてほしくない一線は人によって違う。」
「ああ。それ、俺の悪い癖だってよく言われる。肝に銘じるよ。」
「・・・なら、いい。」
東雲埠頭にはシナガウ業火から奇跡的に生き残った唯一稼働可能な大型コンテナクレーンがある。
高架線上のハイロード終点駅からは既にコンテナの荷揚げが始まっている様子が見て取れた。
タンカーの上にうずたかく積まれたコンテナを荷揚している姿は四肢を広げて踏ん張ったキリンが水を飲むために長い首をおろしているようだ。
逆さピラミッドのふもとにはタカが想像していた以上の物資が運び込まれている。
かつて、最新技術の見本市が行われていた建物は、今やリアルな物資の市場と化し、入港の都度取引に賑わっていた。
そして、コンテナヤードには物資だけでなく沢山の人間も「荷揚げ」されていた。
新たに「入国」したきた難民たちはできうる限りの手段で安全に住まう場所を探してここにたどり着いたのだ。
長く困難な旅路からようやく解放され、難民輸送用に改造された簡易居住コンテナから吐き出された彼らを引き受けるのは先にたどり着いて生活を定着させた家族や祖国から辿った細い伝手や、あるいは高額な報酬を受け取ったブローカーだ。
多くの者たちはここでワンガンでの引き取り手と出会うと偽の国民認証チップのインプリオペを受けるための非合法ラボに連れていかれる。支払うことのできる金額の多寡でインプリできる偽証チップの確実性が左右されるが、それはそのままこの国で生きていける確率の多寡に繋がる。
ワンガンの沙汰は金次第でもある。
国民認証チップの
国内で生まれたものは出生と同時にインプリのオペを受ける。
純血のほかに三世代以上を国内で継続しその間三親等内で一切の犯罪歴や税金の未納がなければ準国民として認められチップの交付とインプリを受けている。
二十五歳以下でインプリを受けていないものは自動機械警備によって問答無用で排斥される。
ワンガン以外では。
人と荷物でごった返すコンテナヤードで部下を引き連れた中年の大男がアカリ達に近づいてきた。
周りは自然と彼の為に道を譲りその動向を見守る様子が見て取れた。
コーカソイドに近い容貌、恐らく大国が主張する領土の西の端の出身なのだろうとタカは見極める。
「よう、アルファ、元気か?」
「お陰様で、ハーミット。あなたはいかがですか?」
「まあ、ぼちぼちだな。今のところは。」
「いまのところは?ですか・・・。何か気になることがあるようですね。」
「相変わらず鋭いな、アルファは。まあ、心配事がまったくなくなるってことはないだろ。」
「泣く子も黙るワンガンの総元締めともあろう方が随分弱気ですね。」
「そんな意地の悪い言い方するなよ。
昔からの仲じゃないか。お前達がいなければ今の俺はない。そうだろ?
他人行儀にすんなよ。冷たいなあ。さみしいじゃないか。」
大男は親しげに話しかけるがアカリはそれをクールにスルー。
「ま、わかっているだろうが、一番の心配事は合法IDが不足している、ってことだな。
…アルファ、どうにかならないのか?
まだまだワンガンを目指す難民はいる。いや、これから一層増えてくる。」
「・・・ご存知の通り自然に正規のIDを創出可能なタワマン二世の数は限られています。
あまりにも離婚再婚が頻繁であったり不自然な子供の出生届や養子縁組が多かったりすると当然疑いの目が向けられます。
貴重な合法IDの供給源は安全に管理したいのです。」
「ああ、それは理解しているよ。だがこのところハッキングしたサーバーで作った偽装IDの摘発が相次いでいる。外で働いている我々の仲間が危ない目にあうことが多い。
・・・どうにかならないか?
彼らが排除されると合法的な仕事ができなくなって、外部からワンガンを守れなくなる。」
「セキュリティの緩かったオキナウのID払い出しサーバーが廃止されてしまったのでクローンサーバーが無効になってしまいました。
今は代わりを探していますが対策が浸透したようでなかなか難しいです。
他の方法を模索するしかありません。
もう少し時間をください。」
「ああ、頼むよ。アルファ。なんといってもお前が頼りだからな、俺たちは。
お前はワンガンの一番星だ。」
「・・・チップは大丈夫ですか?湾向こうのラボを使うと聞きましたが?」
「ああ?ノルゲイから聞いたのか?」
ここでようやく、総元締めがタカに一瞥をくれた。
ノルゲイ、ノルのことか。
彼もまたアカリと同様にここでは重要な人間とされているようだ。
いや、それよりも、アカリとは常に共にいる人間と思われているという事か、と思うとやはり今の自分の立ち位置は居心地の悪いものだ。
これから先もアカリについて歩く以上はどこに行ってもこの手の扱いはついて回ることを覚悟しておかなければいけない、という事だな、とタカは腹を括った。
「あいつは賢明だ。奴らは直截ワンガンに入れるには危険すぎる。
単なる難民ではない、大国に目をつけられている活動家たちだ。
だから、お前のチップも使わせたくなかった。
お前の作るチップは貴重だ。危ない連中に使わせて出元が割れてしまったら元も子もなくなる。」
自動警備のスキャンのチェックポイントはチップの
どうやらアカリは国民認証ID管理サーバーのハッキングと非合法チップの製造まで手掛けているようだ。
一体シリアルの偽造はどうやっているのだろう。
HAITAPのシリアル発行サーバーすらハックしているというのだろうか。
HAITAPは外宇宙探索船の軌道計算用のスーパーコンピューターも手掛けており国内有数のサイバー基盤を持つ企業だというのに。
もしそうだとすれば恐ろしいほどのスキルを持っているということになる。
恐らくワンガンの多くの機能は彼女なしには成り立たないのではないだろうか?
一体彼女はどんな立ち位置でこのワンガンに存在しているのだろうか?
埠頭での積み荷もあらかたはけ、新参者の引き取りもほぼ終わりに近づいていた。賑わっていた人並がまばらになり、接岸している船までようやく見通せるようになり、彼女がその姿を顕した。
彼女は、際立って目立っていた、が誰も声をかけるものはいないようだった。
漆黒の肌に細かくカールした短い髪。
ながくしなやかな首に幾重にもかかっているビーズのチョーカーは民族の誇りを示しているのか弱い冬の陽射しにもキラキラと輝く。
ヒトの起源の大陸から着たと思われるその女性は彫りの深いまなざしをしばまたせて海からの湿った風を受け止めていた。
長い脚と高い腰。その上にある腹部は大きく膨らんでいた。
妊娠している。
産み月間近のようで腹の位置はかなり下がってきている。
あんなにも遠くからですらワンガンは目指すべき土地としてやってくるようになったのか、一体どんな経路でここまでたどり着いたのだろうか?
身重というのに連れもなくたった一人とはどんなに心細いことか。
誰も迎えに来る様子はない。
約束していた者が手違いで来られなくなったのか、それとも何の当てもなくただひたすら追われるがまま逃げてきたのか・・・。
漆黒大陸には大国の利権が資源開発資金の援助という名目で絡みついている。
もともと民族紛争の多いお国柄ではあったが、大国はそこに漬け込み傀儡政権に資金と武器を与え反対する勢力を悉く潰してきた。
しかし近年、豊かになり教育の水準のあがった若者たちは次第に自分たちの国土と資源を掘削し抉り出し蹂躙していく大国に反感を持つものが多くなった。
今や傀儡政権への反政府活動はかつてない規模で活発になりここ10年はどこもかしこも民族入り乱れての内戦状態が続いているのだ。
さて、我らがワンガンの女神は彼女をどうするのだろうか?とタカがアカリをみやると、その前に乳児を抱いて、更に3歳くらいの男の子の手を引いて浅黒い肌と黒髪をきりりと束ねた小柄な女性がやってきた。
「エイさん、ですか?」
遠慮勝ちではあるがすこぶる芯の強そうな眼差しがアカリを真正面から捉える。
「あなたは?」
「ごめんなさい。名乗れません。でも、夕べあなたのお友達に会いました。」
「その人の名を言える?」
「祖国の英雄の名前です。」
「・・・そう。」
「夫は夕べのうちに海の上で船を下りてここではないどこかに行きました。残される私にあなたのお友達が、何かあったら埠頭であなたを探せ、と教えてくれました。」
「あなたは何が必要?」
「私は大丈夫です。行くところはあります。それは夫が手配してくれました。
私がお願いしたいのは彼女の事です。」
幼い子供を抱えながら危険な旅路を夫に帯同してきた気丈な女性が心配げな眼差しを向けたのは埠頭に立ち尽くす彼の大陸から着いた人だった。
「彼女?」
「はい。コンテナでずっと一緒でした。子供達をとても可愛がってくれました。
あの方、ノンデバイスです。だから、言葉通じなくて。
でもそんなものなくてもお互い通じていました。子供を無事に育てるんだ、って。強く育てるのだ、って・・・。
これは縁(えにし)です。私は友人を助けなければなりません。」
彼女の腕には色とりどりのビーズのブレスレットが巻かれている。それは埠頭に一人たたずむ女性が身に帯びているものと同じ色使いのものだ。
おそらくそれは彼女の数少ない持ち物の中でも大切なものだったはず。それをこの人は託されている。
それは、母親であることの紐帯。
「でも、今のあなたにはできることはない。」
「はい。今は私自身が人に頼る身です。」
「・・・わかった。彼女は私が面倒みるわ。
あなたも行くべきところに早く行って。ここには長く留まらないで。
もし、仕事や子供を預ける必要があったらまた訪ねてきて。力になれるから。
わたしのいるところは皆が知っている。」
「ありがとう。
・・・あの、あの人が船に乗る前の事は分かりませんが、大変だったのだと思います。
夜によくうなされていました。
・・・本当にもう、独りきり、最後の人、なのかもしれません。」
「・・・だからあなたが縁を繋ごうとする。」
「はい。それが佳い縁であることを願います。」
「その縁、受け取りました。佳きモノであるように努めます。」
アカリのその言葉を聞くと女性はほっとしたように微笑んで足早に子供の手を引いて逆さピラミッドの根元で待っている人々の方へと立ち去って行った。
手を引かれた幼い子供が小さな手でバイバイと振ってくれていた。
そんなに色々背負って大丈夫なのだろうか?
子どもに手を振りながらタカは思う。
何もないところで何もかもを引き受けようとしている。
アカリもたった一人なのではないだろう
「ユスフ、仕事よ。」
「わかっているよ!あの人を連れて帰るんだね。」
「そう。ユスフがお母さんとここに来た時と同じであの人もお腹に赤ちゃんがいるから、優しく案内してあげてね。」
「わかった!赤ちゃんが生まれたら俺が教える!俺の弟の弟分にしてやる!」
ユスフは女性の元にいち早く駆け出した。
「ラシードは駅長と一緒にワゴンを使えるように準備して。」
「了解。あのさあ、エイ、あの人達も一緒に乗ってもらえばいいのじゃないの?」
ラシードは先ほどの親子連れを案じているようだった。
「今はそうしない方がいいいみたい。お互いのためにね。」
大人になりかけているラシードには、それで十分だったようで、それ以上は何も聞かずにハイロードの終着駅にもどっていった。
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