4話 フロムダスクティルドーン
「電気はソーラーで事足りるけど、風呂を浴びるだけの水の入手は難しい。」
というわけで途中「レトロ銭湯」に寄った。
男湯、と女湯っていう暖簾があるところ。
金魚とか鯉とかのタイル絵が湯船を彩るところだという。
飯屋をでてから「ちょっと腹ごなしついでだ」とぶらぶらと夕闇の迫りくるワンガンをエイの住まいまでそぞろ歩いた。
いくつか運河を超える橋を渡り、既に利用されていないハイウェイの高架橋をくぐる大きな通りを横切ると三方が川に囲まれた土地に林立したタワーマンションが見えてきた。
目指す「レトロ銭湯」はタワーマンション群に至る道沿いにそこにだけなぜかシナガウ業火よりもさらに古い時代の「アーケード商店街」がまるで都市歴史博物館の動態展示のように生き残っており、その中でも更に古い破風作りの屋根を抱いたまさしくレトロな建物だった。
「ここは古くから人が住んでいたところだから。」
「?」
「まだ古い井戸が生きている。」
電気も熱源もソーラーパネルで作れる。
水だけは難しい。
業火以降行政はこの地域への公共サービスを放棄した。
上下水道、浄化設備は業務委託を受ける業者もいなかったようだ。
飲料水については海水浄化ユニットをどこからか持ってきて何とかしたが下水と浄水施設についてはワンガン移民達の手には余ったようだ。
このレトロ銭湯は古くからある井戸を利用できたおかげで生き延びている。
そもそも古い時代からの埋立地であったワンガンでは珍しい場所であった。
残念ながら温泉ではないけれども、大きな湯船はいい気分転換になって緊張をほぐせた。
何しろ、これから出会って数時間もたたない女性とねんごろになろうというのだから。
しかもすこぶるつきの美女。
美女、と言うにはちょっと輪郭の固い、謎。
そうだな、謎、そのもの。
ノンビリ浸って出ていくと彼女が仏頂面で待っていた。
いくら温暖化で暖かくなっているとはいえ、まだ2月に入ったばかりだ。湯上りを外で待たせてしまって申し訳ないと思った。
「遅い。体が冷えた。」
「ごめん。つい、こういうの珍しくて楽しんじゃった。
・・これからかなりホットになるでしょ。」
「それ、うざい。」
「・・・すみません。浮かれすぎていました。」
「なぜ浮かれる?」
「出会って数時間もたっていないのに君みたいに綺麗な人と、これから、って思ったら、やっぱり浮足立つものです。」
「そういうものなのか?」
「まあ、大抵は、そんなものじゃないのかな?男なんてさ。」
「・・・なるほど、そんなもんなのか。」
この人はなんだか、今まで付き合ってきたどんな女の子とも違う。
どう言ったらいいのだろうか?
色々剥き出し過ぎて、ちょっと面食らう。
いつもと同じに振舞っていいのだろうか。
「くだらないノリでごまかされるよりは、率直に言ってもらった方が好ましい。」
だったらいいかな、と思って手を繋いだ。
案の定、冷たい手だった。
何も言わなかったのでもう少し強く握りしめると、その手はとても小さく脆く華奢に感じた。
手のちっちゃい女の子ってかわいいよな。
辿り着いたのは運河に囲まれた三角州のいちばん奥、一番高いタワーだった。
かつてはコンシェルジュが恭しく鎮座し入ってくるものを峻別していたエントランスは既になくそこは落ちたシャンデリアの残骸や、朽ち果てたアンティーク調のソファなどが雑然と重なる只のガラクタ置き場だった。照明は既になく薄暗い廊下を勝手知ったる様子でエイは進んでいく。
バールでエレベーターのドアをこじ開けると、どこからか取り出したのか細いワイヤを2本シャフトに手早く巻き付けた。
「そこのスイッチ入れて。」
顎で示された場所にある蓄電池ユニットの電源を入れるとエイの手元のワイヤがブウウンっと鳴り宙に浮いた。
上の輪にカラビナをつけ、下の輪に足を掛けると手招きされカラビナを渡されたのでタカも同じようにした。
反対側のカラビナをベルトに付けると
「これで最上階まで行く。
バランスを崩すとくるくる回るから気を付けな。」
言い終わるまでもなくワイヤグンっと思い切り重力に逆らって上昇しだした。
「ミニマムリニア」
悪魔っぽく言う。
そうか。
最小限の電力で最上階まで行くためにリニアの技術を使っているのか、と感心していると不意に足元のワイヤの浮力が下がりバランスを崩しそうになる。
「ワイヤはつかむな。カラビナのロープのほうだ。時々出力が不安定になる。」
というエイを見るとこともなげにロープに身を預け後ろに傾け腕を組んでいる。
「足には力は入れない。かけておくだけ。これが一番安定する。」
二人を重力に逆らってぐんぐん上昇させるワイヤと彼女を繋げているのはたった一本の細いロープとカラビナだけ。
炭素繊維でできているロープの強度は保証付きだ。
とはいえ、恐らく地上100メートル以上の最上階までに上るのに自らの体重を細いロープに預けて平然としている彼女の度胸はかなりのものだろう。彼女の自作であろうこのミニマムリニアにそれほど自信があるのだろう。
「両足の力のバランスが悪いと回転しだす。」
その小憎らしさが少し悔しかったのでわざと左右の踏み足の力のバランスを崩して足元のワイヤを傾かせるとバランスを崩したエイの両足が空に浮いた。
出会ってから崩れたことのないその美しい顔に驚いたような表情が浮かんだがそれはほんの一瞬で明らかにエイが浮遊感を楽しんでいるのを見て、タカはくるりとエイに体を寄せて腰に手を伸ばした。
タカの意図を察した彼女はロープに身を任せてひらりと躱す、タカも同じようにロープに任せてエイを追いかけ背後に回り、捕まえた、と思ったら猫のように体を丸めて脇の下からすり抜けていく。
速度が出すぎてコントロールが効かなくならないように注意深くワイヤの周りで相手を見切りながらくるくる回る追いかけっこのメリーゴーアラウンド。
これはこれで良い前戯。
などと、思うと不意にエイが高く足を蹴り上げ空に踊ったかと思うとタカの肩を踏み台にして、大きく跳躍すると同時に瞬時にカラビナを外して最上階に降り立った。
次の瞬間、浮力がするっと抜けた。
やりやがった。
電源を切られた。
躊躇する余裕もなくタカも、エイに蹴られた反動を利用しながらワイヤに身を任せた遠心力でカラビナを外しながらフロアに飛び乗った。
ちょっと過激ではないですか?
「やるじゃない。」
小憎らしい微笑みのその言葉の直後にカラビナが地上に落ちた金属音がはるか階下から響いた。
腕試し、か?
まったくもう、なんて挑発的な前戯だ。
何たる吊り橋効果。
・・・ところで、カラビナの予備、あるのかな。
なかったら下り、どうすんだ。俺。
かつては栄華を誇り、成功者の住まいと言われていたタワーマンションのその遥高楼。
リビングはすべて天井までのピクチャーウィンドウできらめく夜景の最高の眺望がうたい文句だった。
すべては兵どもが夢のあと。
今ここから見えるのはただ黙然と暗闇に沈むワンガン。
焼け残り朽ち果てるにまかせたタワー群が月陰の墓標と化し、観覧車と逆さピラミッドの残骸は絶滅した生き物の化石を思わせる。
そこには何もない。
こんな荒涼とした風景を見ながらの暮らしというのはどんな気持ちになるものだろうか。
「君、ここに一人で住んでいるの?」
「そう。家族はいない。父親が死んでからずっと一人。」
でも、少しなんというか、一人住まいじゃない気配もする。
「おとうさん、亡くなってんだ。
レガシースタイルの家族だけだとそういうふうになっちゃうんだね。」
「レガシー?」
「うちのところはさ、血縁だけで暮らすのってあんまりなくって。」
「じゃあ、どうやって?」
「だいたいみんなコーポで暮らすから。」
「
「うん、というよりは世帯という概念がないのかもなあ。俺自身、コーポのおじさんやおばさんたちにそだててもらったから。」
「お父さんやお母さんは何しているの?」
「たまにあったりするけど、コーポの人達の方が繋がり強いかな。あの人達はあの人達でやることがあって忙しそうだし。子育て適性があまりない、ってみんなわかっているから。」
「子供、自分で育てないの?」
「どっちでもいい。自分で育ててもいいし、それよりも他にやりたいことがあってそのほうが社会貢献度高ければそっちが優先になるだけ。
向いていない人に任せたら子供がかわいそうじゃん。だから子供目線、で子供の利益が最優先。」
「子供の利益・・。」
「もちろん、コーポに親子で住んでいるいのもいるけど、子供たちはみんな一緒くただったりするね。てか、みんな一緒くたにわちゃわちゃしている。
ただ、教育については生まれた時から子供一人ひとりに専属のメンターがついて、その子の育成状態を見守って特性に合わせて教育プログラムつくってくれて必要に応じて他の専門知識育成ごとのメンターがつくって感じで、ケアは万全だよ。
だから子供は絶対一人きりになることはないし、
レガシースタイルよりも面倒見いいと思うけどね。
社会全体の最適化ってやつ。」
「最適化・・・。」
なにか思うところがあるのか沈黙する彼女に、そろそろ開始しても差し支えないだろうと肩に手をまわした。
てか、我慢限界の至近距離のいい匂い。やば。
「今夜どうしてもセックスがしたい。」
などというから、どれだけ激しく乱れた夜になるのか、と思っていたが腕の中の彼女は何とも淡々としている。見詰めても返ってくるのは相変わらずの強い眼差しでその瞳の奥は計れない。
依存症、とかではない。と思う。
この子の瞳の中には病的なものは感じられない。
だとしたら、なんなのだろう? この状況は?
でも、今こんな時にそんな事、深く考察できやしない。
今は只、彼女を
指先で髪の滑らかな感触を味わい、頬の柔らかさを愛でて首筋の脈を感じ取る。
指先に響いてくる脈動が心地よい。
リズミカルで、力強くて。
これを乱す。
ひたすら強く波立たせたい。
頬を寄せて唇を開かせようとすると微かな拒否を感じた。
そうなのか。
それは少し残念、だが、仕方ない、と首の付け根に舌を這わせる。
体温、それから石鹸の香り。
肌理のそろった肌のほんの少しだけの捩れがうなじにあるのでそれを軽く指先で弾く。
本当にほんの少しだけ、こういう触り方でなければ見つけられなかった肌の捩れ。
・・・爪切っておいてよかった。
何度もうなじを往復しながら鎖骨に鼻先を埋める。
肌の匂い。 この人の匂いはその瞳と同じでスモーキー・・・、それからすりつぶした新緑の匂い。
ああ、やばい。すげーいいにおい。
思い切り吸い込んで、そして肌を吸う。
柔らかく、強く、探る。どこが敏感?
彼女が纏っていた硬い空気がその吐息で綻びるのがわかる。
綻びをさらに責めて広げて深く味わう。
彼女が柔らかく溶け始める。
溶けて広がる。
指先が肌着の下の俺を探り始める。
肌着、背中、背骨、腰骨、くぼみ、隆起。
ねえ、これは、コットン?
違うよ。絹。
キヌ?ってシルク?
そう。
ああ、素敵。
これ、とってもいい。気持ちいい。
ああ、そう、気持ちいいね。
瞳がとろけているから、ならもういいよね、と改めて唇に触れて、そのまんま我慢することなく舌で探り始めると、確かに応えてくれるから、それならと、一気にいろんなところを攻め立てた。
応えてくれるから、もっともっとと体の全てで求めて探れば、そこはもっともっと深くて暖かいからのめりこめるから、求めて潜って、そしたらきっちり捉えられた。
捉えられたのなら、そんならそこに、そのぬかるみに潜んでもっと深く味わいたい。
その美しい背に手を回し起き上がらせピッタリと抱き合う。
肌をすっかり合わせるようにお互いの凹凸に沿わせて隙間なく。
弾む吐息のままに抱き合い、肌を密着させ、脈動のリズムを聴く。
そして。
自分の律動が彼女の収縮にリンクする。
わお。
その先の一番深いところ。一番狭いところ。
速くなる脈動。
予測できなくなるほど乱れた収縮に深く引きずり込まれる。
あとは、もういいだろう。
限界だ。
もう、抑制せずに何も考えないで果てるまで走り出す。
激しく、奮い立つ、耐えがたい、この感覚に、飲み込まれて、引きづりこまれて底まで。
ゴールは遠い方がいい。
この悦楽のなかで息が続く限りずっと走っていたい。
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