1話 中央州(セントラル)のオトノサマ

 「おトノサマ様へのお届けモノ」と、ちよみ婆ちゃんが言う仕事はタカにとってワクワクするものだった。首都(セントラル)への仕事ははじめてではないが今回はいつものようにサクヤさんとずっとべったり一緒ではなく佐久弥さんのお伴が終わった後は単独でのワンガン探索を任された。

 ワンガン!

 外国からいろんなモノが流れ込んでくるカオスでヤバい街。

 この国であって、この国でない、異界。

 アツいね。


 ワンガン

 三十年前の国際的スポーツ祭典のおしまいの時に起きたシナガウ火力発電所爆破テロによって文字通り焦土と化した土地の上に、いつのまにか築かれていた新しい世界。


 発電所爆破による火災は燃料供給路のパイプラインをつたって周辺地域を巻き込み何日間も燃え続け、人間には永遠に消せないのではないかと絶望したというほどのまさに地獄の業火に焼き尽くされ、もぐらたたきのようにあちこちに出現する飛び火も含めて完全に鎮火できたのは数か月後だった言うほどの呪われた土地。

 シナガウ業火の結果、この国最大の海外からの物流拠点であったコンテナ埠頭も国際空港も壊滅し、テレビ局も倉庫も高速道路も橋も悉く灰燼(ことごとくかいじん)に帰した。


文字通りの焼け野原。

第二次世界分断戦争以来、何十年ぶりかの焼け野原。


 未曽有のテロ後、国は復興よりも「強硬なテロ対策」に腐心し、毒され呪われた土地はそのまま遺棄された。


 ところが汚染され遺棄されたはずの土地にはいつしか人々が侵入し、どこからか重機が持ちこまれ、どうやってか電気が供給され、少しずつ街が形成され、いやますっかり異国人街と化し、様々な国からの人、モノ、カネ、それにそのほかの、なんだかよくわからない、とにかくいろんなもんが流れ込んでくるこの国の異界と化した。


ちよみ婆ちゃんの言い方に倣えばそこは「出島」みたいなものだ。

この国であってこの国ではない。

そう、つまり「異世界」。

 

 で、更にそんな感じの古い言い方に倣うと、おエドのお殿様のお住まいは、今やチヲダではなくヤマノテだ。

 見えるものも見えないものも含んであらゆる手段で築かれた「城壁(フォートレス)市(シティ)」の中でこの国の支配層は暮している。

そこは「強硬なテロ対策」を最優先課題として莫大な国家予算がつぎ込まれた研究成果である最先端の防衛テクノロジーの城だ。

 だからこそちよみ婆ちゃんたちの世代はそいつらを「トノサマ達」と皮肉って言う。

 オカミが西に去った後のこの国の一応の首都の一応の支配層、という意味だ。

政治家と、形骸化した任用試験(コームインシケン)のため数世代前から事実上世襲が当然となっている官僚達と、更に数少なくなった純血企業の経営者一族という”セレブリティ”の世界。

 もちろんちよみ婆ちゃん達が若かったころにも殿様なんてもんはもはや存在していない。だからそれは古い時代劇(コスチュームプレイ)やラクゴ(座布団話芸)みたいな超古典芸能の中に出てくるなんかちょっと足りなくて、御伴無しには城から外に出ることのないお坊ちゃま(サンマハマグロニカギル、とかいうやつ)というニュアンスなのだろう、とタカは解釈する。

 

 トノサマ達はワンガンから流入する海外からの食料や、合法移民・準国民・混血たちが州内近郊農業で生産する作物には一切手を付けず他州が産出する「純国産品」のみを独自のルートで多大なコストをかけて手に入れる。


 タカの産まれた中部州の産出物は国内だけではなく世界のあらゆる場所からの引き合いがある高付加価値商品ばかりだが金に糸目をつけないトノサマ達はとりわけ上顧客だ。

そして上顧客という奴らは時折過剰なサービスを当たり前に要求する。

 それが今回のタカの仕事「お酒の配達」だ。

 コンニチワミカワヤデスマイドアリ

 トノサマ達はオカミに献上する御料酒を自分たちにも納品せよと望む。

それ自体は別に構わない。御料酒とはいえ、売り物だ。

しかし畏れ多くも清らかであるべきものなのだから、機械輸送に任せずにお前たちが手ずから納品してこい、という。

その上、彼らの儀式に付き合えという。

 儀式? それなんぞや。

オカミに献上するのであればカミサマへの供物となるのだから、それもわかるがなぜ奴らにそこまでしなければいけないのか、だいたい今年の新酒を納品するというだけなのに「儀式」とは一体何なのだ?という疑問は多々あるが、お陰で怪しくも魅惑的なワンガンに初めて行けるのだからヨシとしようとタカは思う。


 それにしても、城塞市(フォートレスシティ)ヤマノテへのアクセスは大仰だ。

道路税が廃止され補修の財源を失い鉄筋コンクリートの耐久年数を遥かに過ぎて危険な状態で放置された高速道路にとって代わって州間の移動の唯一の手段となっている 州間(インターステイツ)リニアのハシモト駅からプライベートレイル&セキュリティ路線に乗り換えると車内では関門駅通過毎に認証を求められるが、その認証方式はヤマノテ仕様のイケてないリストデバイス(腕輪)にしかサポートされていない。

だからヤマノテの住人に仕える辺縁の人間やヤマノテの純血企業と取引する外資系企業の人間は同品質の外国製の倍の金額を払ってこれを購入せざるおえない。

だがそういった人間にとってはこのイケてないリストデバイスをある種のステイタスとして受け止めている者もいるようだからWin-winってことだ。

 そうやって規制ときわめてニッチなエリアでの「標準化」で守られたリッチな市場相手の商売で生き残った純血企業の雄であるプライベートレイル&セキュリティは当然のことながら従業員も純血であることが求められる。

つまりここでも世襲がほとんど、ってこと。

何とも狭くて濃い世界だ。


 降りる人がほとんどいない終点で最終認証を済ませゲートを出たタカの前には、プライベートレイル&セキュリティのフル装備の警備員たちが無言で近寄りスキャンをし、更にはご丁寧にボディチェックを始めた。

「うわ、なにこの剣吞な奴ら。」

「黙っておけよ。今は。」

 佐久弥さんに窘められて一度は口をつぐむが生来のお調子者のタカの軽口はそう簡単には止まらない。

「迎えに来てくれたなら荷物くらいもってくれてもいいのに。これ重たかったんだぜ。」

 ボディチェックに頭をかがめている警備員の肩の上にドン、と酒の瓶を乗っけるが警備員は無言でチェックを続ける。

 「城壁(フォートレス)市(シティ)」ヤマノテへのアクセスからセレブリティ居住区へセキュリティの全てを一貫して担うプライベートレイル&セキュリティのトップクラスの私的警備員(ピーセック)ともなればこの国の最高峰の武術者であり忍びのモノである。

そう簡単には動じない。

 佐久弥さんが顔をしかめて呆れる仕草をするがそれでもタカはやめない。

 探りを入れてくる手にあからさまな抵抗はしないもののさりげなく本当に探りたいところを相手に探らせないように微妙に体をかわしながらも子供っぽい挑発をする。

「うええ、くすぐってえ。堪忍してよ。

ねえねえ、何とか言ってよ。俺一人で滑ってるみたいじゃん。ねえ、あんたたち喋っちゃいけないってルールでもあるの?」

余りの子供っぽさに辟易したのかさすがに少しはイラついた様子でボディチェックを終わらせると警備員は無言で二人を車に案内した。

「プロの意地、ってやつですか?佐久弥さん、こいつらいっつもこんな感じ?」

「ああ。そうさ。剣呑な奴らだろ。」

「たしかに。痺れますね。すっごい装備ですよね。」

 一見して普通のダークスーツ姿ではあるがその下にはあらゆるセンサーと高機能通信デバイスを身に着けているのをタカは見て取った。あれは文字通りの着るデバイス(ウェアリングデバイス)だ。

それも、重火器攻撃仕様。

「まあな、ここから先はさらに剣呑な場所だ。一切の通信は出来ないし、口に出すことはあらゆる角度からすべて記録されているからな。くれぐれも粗相のないように。」

「うへ。」

「いい加減、そのガキみたいな口調なおせよ。

…まったくお前がなんだって外交業務にアサインされたんだかなあ・・・。」

「了解っす。」

 

 エージェントが「運転」する車両は緩やかな丘陵を登っていく。

 上り詰めた先には巨大な鳥居とその奥には卵型の乳白色のドームが姿を現した。

それはオカミのミササキの形を模してさらに大きくしたようなものだった。


 しかしここはミササキなどでは決してない。

 

 無言で案内された控室であらかじめ示されたプロトコール(儀式儀礼)に則って調達した「下僕」の衣装に着替える。

 神職でもお公家さまでのないのになぜかトノサマ達は絹の雅な束帯を身に着けて白木の神殿に御料酒を祀り、これまた奇妙な祝詞を唱える。

いや、祝詞ではない。

彼らが唱える言葉はうわべは滑らかに繰り出されるもののその言葉の意味がどこか奇妙にねじくれていて終わってみると何をも祈らず、何物をも言祝ぐこともなく散り散りに希釈される。

 

それは、オカミが国の豊穣と繁栄を祈る儀式の模倣というよりは、上からなぞってまったく違う絵になってしまったようなもの。

まるきり「新興宗教」だ。

そもそも一体何を祀っての供物なのか?

 何のため、誰のために何を祈っているのだろか。

 この国の為、民の為、永久の平和のため?

 まったくそうとは聞こえない。


 西に去ったオカミを慕ってのことでもない。

なり替わろうとでもいうのだろうか。

 さすがのオカミだとてこのような妙チキリンものに取り囲まれたら逃げ出すはずだ。

 まったく図々しく心の芯から空々しく何とも実のない話だ。

 気まぐれな金持ちを満足させるためだけの「儀式」にそこまで付き合わないといけないとは実は厄介なものだな、とタカは思った。


 儀式自体はそれほど時間もかからずあっさりと終わった。

 遠路はるばる来て茶番に付き合わされたということか。  

「あれって、秋津首相でしたよね。」

「まあな。」

「他言無用ってやつですね。」

「わかっているのなら聞くな。」

 堅苦しい儀式から解放されプライベートレイルからパブリックレイルに乗り換え セントラル駅のゲートを出て腕輪を外すと即座にタカは佐久弥に問いかける。

 儀式の間一番の上座に鎮座していたのはこの国の首相だった。

「別に気にするな。前から分かっていたことだしあいつらが何をしていようが俺たちにはあまり影響はない。些末事だ。」

「でもいいんですか?」

「良いも悪いもない。ただそういう事が起こっている。俺たちはそれをレポートする。それだけだ。

それに本件は既に把握している。まあ、実際あのヘンテコぶりをみて驚かされたかもしれんが、この分野で続けていくつもりならすぐに思ったことを口に出すのはやめろ。」

「アイアイサー。」

釈然としない思いを紛らわすためにおどけたら案の定佐久弥さんから腹パンを食らった。

「じゃあ、ここから別行動。お前はワンガンだったな。」

「はい。佐久弥さんはどちらに?」

「俺は城北だ。主に準国民の町。 ・・・多分大した成果はなさそうだけどな。」

「ワンガンは?」

「今まで何度も人を送り込んでいるが成果はない。ただ一番可能性が高いと思われている。今までのレポートは頭に入っているんだろ?」

「はい、ワンガングルメと夜遊びスポットはばっちり。」

 相変わらずの後輩の態度に佐久弥は頭を抱えるが、一方で自他ともにある種の皮肉を込めてラッキーボーイと認められ、人の懐にいつのまにかすんなりとはいりこむことのできる柔らかな物腰のこいつならいわゆる「ワンチャン」というものもありなのかもしれないと佐久弥は思った。

 なにしろZennQの任務示唆(アサイメントサジェスチョン)を無視して梁川先生がぶっこんで来た人事なのだから。

 日比野元知事もそれを支持したおかげで通った人事だ。

幹部たちにはそれなりの勝算があるのだろう。

「アプローチ方法は?」

「徒歩で。」

意味ちがうんだけどさあ、と改めて佐久弥は脱力しながらウキウキと遠ざかる身体能力(フィジカル)全般は非常に高いがどこかふわっとしてとらえどころのない後輩の背中を見送った

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