第112話 神様の学校の入学式

 平成二十六年の梅雨の終わり。

 学校の面接の日、娘を預かってもらう託児所の面接もあった。

 これまでの妻との狂気の結婚生活について話し、もし私たちの所在が判れば、託児所に乗り込んで来る可能性もあり、人目につく場所であっても大声を上げて大騒ぎになりかねないことも打ち明け、了解を得た。

 私の話を聴きながら、園長さんがハンカチで涙をぬぐうのを見て、私もせき止めていた涙がこぼれた。

 無事、私の入学も許可され、授業のあいだ娘は託児所へ預かってもらうことになった。

 入学式の日、エアコンの効いた四階の大講堂に大勢の人が集まった。

 託児所に通う子供たちも親に連れられ、あるいは廊下を走り、残りは右手後ろの一角に集まり座っていた。娘と近くへ行ってみると、十人くらいが妖怪ウォッチのカードで遊んでいるところだった。

 当時はまだ地元では、妖怪ウォッチは知られていない。テレビ放送もまだだった。カードを見るのも初めてで、この時はまだ、このカードが何かも知らなかった。

 娘が私のそでを引っ張る。

「入りたいの?」

 娘は黙ってうなずく。

 二人で子供たちのグループの横へ行き、私が声をかけた。

「一緒に遊んでもいい?」

 男の子が多かったが、娘にカードの意味を話し、遊び方を教えてくれた。

 四歳の娘にはルールはわかりづらいようだったが、それでもお友達と一緒に仲良く遊んだ。

 帰り道の長い商店街のアーケードの入り口に、おもちゃ屋さんがあった。店の前で妖怪ウォッチのカードバトルのガチャガチャを見つけ、娘と二人で飛びついた。

 それからは、毎日、学校の帰りに、この店で妖怪ウォッチのカードを買うのが日課になった。人気のガチャで、売り切れの日もあった。うまくカードが出なくて、店のおじさんに手伝ってもらうこともあった。

 そのうち、娘と私は顔なじみになり、娘はよくお菓子やアイス、特別にガチャの中の妖怪ウォッチメダルをもらうこともあった。

 娘も店のおじさんとおばさんに慣れて、お菓子が気に入らなければ、

「メイちゃんは、これは要らないの」

 と遠慮なく返して、違うお菓子をもらうこともあったし、さらに、サービスで出してくれたメダルが気に入らなければ、手に取ることもしなかった。

「今度、お父さんに新しい妖怪ウォッチの腕時計を買ってもらうの。

 古いメダルは、使えないからダメなの」

 おじさんは笑って、メダルをガチャに戻す。

「すみません」私も苦笑した。

 結婚当初、妻は私の母とともにパッチワークの布を選びに行き、母にバッグを作ってもらい、気に入って喜んだふりをしていたが、一か月以上に渡る母の手間暇は無駄になり、クローゼットの中で手作りのバッグはホコリをかぶり置きっぱなしになった。

 自分の気持ちに正直で一切の演技をしない娘の姿は堂々としたもので、私はおもちゃ屋のおじさんやおばさんに申し訳なく感じながらも、とてもすがすがしく気持ちが良くて、将来に安心を感じられた。

 この町の人は優しかった。

 日本の家庭裁判所地獄を、一瞬だけ忘れられた日々だった。

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