第103話 おとうさんは上手にお話しするね!

 平成二十六年四月八日は、幼稚園の入園式。

 以前、保育園に行きたくない理由として、「行儀が悪いから来なくていい」と先生から言われたと告白し、「ぜったいに行かない」と頑なな態度を貫いてきた娘だったが、同年代の他の子と遊ぶ機会もあって気持ちに変化が起き、ついに実家のある市内の幼稚園に入園することとなった。

 幼稚園なので帰る時間も早く、娘の負担が少ないのも良かったのかもしれない。

 入園式には、私と二人で出席。事前に、異常な妻について、園長先生に説明し、当日はテレビ局の撮影もあったが、私たち親子が映らないように配慮してもらった。

 当時は、ハーグ条約回避の姑息な国策で最高裁が自宅以外での強制執行を制限していたから、幼稚園への家裁襲来の心配はなかったが、幼稚園が妻に知られると自力執行でトラブルになる恐れがあった。


 無事入園を済ませると、いきなり役員が回ってきた。田舎の幼稚園で、子供の数が少ないからだ。

 六月の日曜に親子交流イベントが予定されている。保護者会で企画提案を求められた際に、これまでの武術の経験を生かして、安易に親子の護身術と段ボールでヌンチャク作りを提案したら、そのまま了承され、実行の運びとなった。

 イベントは、旅立ちの一週間前。実際は出発の日と重なっていて心配したが、奇跡的な日程変更で、一週間前に実施されることになったのだ。

 段ボールを切って巻いて、新聞紙を詰めて、ひもを通してヌンチャク作り。そこから、私が道着に着替えて、マイクを握って、護身術教室を開催。最後は、みんなで新しいドラえもんのテーマソングに乗せて、ヌンチャクダンスを踊るという流れだった。

 人身保護請求で追い詰められていた父と娘が、ひととき裁判所地獄を忘れ、ヌンチャク作りを楽しんだ。今振り返ると無茶苦茶な企画だが、参加者の親子にはそれなりに楽しんでもらえたようだ。

 小さい子やお母さんにも簡単にできる護身術は好評だった。最後のヌンチャクダンスは即興。動きはブルース・リーの「燃えよドラゴン」のマネ。ダンスは習ったこともなく、しかも、ドラえもんのテーマは昔と違っていて、さっぱり分からないが、すべて無事に終了。

 強制執行に怯えているためか、窓の外から交流会を覗いている男性が、執行官かもと不安になった。もしも強制執行なら妻も同行しているはずで、日中の幼稚園で他の園児や保護者を巻き込んで、家庭裁判所の恐怖を公然とさらけ出すことになっただろう。

 車で家に帰る途中、娘が一言。

「おとうさんは、上手にお話しするね!」

 ありがとう。

 初めての娘の褒め言葉。

 良い思い出です。

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