第96話 かくれんぼの思い出

 たった三か月で監護権の裁判で負けて、執行官と妻と弁護士が実家に何度も何度も攻め込んで来た頃のこと。

 なぜか、娘はかくれんぼができなかった。苦手と言っていいのか。でもたぶん、かくれんぼは好きです。

「おとうさん、かくれて!」

 嬉しそうに言うから、ふすまを開けたまま、電気が消えた隣の部屋へ。

「もういいかい」

 楽しそうに聞く声。娘が待っている部屋の明かりが入ってきて真っ暗ではない。

 私はそっとマイメロのテントハウスの中へ隠れた。

「もういいよ」

 しばらく、娘は私を探す。机の下とか、ちょっとだけ見てみる。

 息を潜め身を伏せて、静かに待っていると、

 かぼそい声で…、

「おとうさ~ん」

 何度か呼んでも出てこないと、泣きながら

「おとうさ~ん。おとうさ~ん、出てきてっ!」

 わかりやすく、見えるところに隠れると、嬉しそうに、

「見~つけた」

 また、

「おとうさん、かくれて」

 そっとマイメロのテントに隠れると、必死の声で、

「おとうさん、どこっ!」

 最後は、

「つぎは、ここにかくれてて」

「それだと、かくれんぼになってないやろ」

「いいから、おとうさんはここにいて」

 かくれんぼは好きだったけど、おとうさんがいなくなるのが恐かったんだろうね。

 素人の調査官や裁判官にはわからないだろうけど、父親に懐いて、御飯もお風呂も着替えも歯磨きも、いつも一緒だったのに、母親のわがまま勝手で突然の連れ去りにあった。

 素人の調査官と裁判官には、母親が世話していたように見えていたのかもしれない。通常なら、母親が育児をするものという固定観念があるし、これまでの判例も母親が世話しているから監護者は母親が当たり前で、先輩や上司の判断には従いたいし、無難に公務員人生を全うしたいから、事実と判例が食い違えば、事実のほうを捻じ曲げるしかない。

 特別職国家公務員さまのお気持ちは、重々承知いたしております。


「法律を守ってください!!」

 強制執行に同行して、玄関で大声でわめき散らす妻。家庭のルールや人としての社会規範は守れないくせに、狂った姿をさらけ出して叫ぶ母親に、突然連れ去られた時、娘はいったいどんな思いをしたのだろう。

 申立人の嘘に従っただけの司法の判断であっても、いつかはそれに従わなければいけない時が来る。

「おとうさん、わたしが見つけるまで、ちゃんとかくれてて」

 いつか、そんなことが言えるようになった時、もしも娘が私の手を離れたとしても、娘は愛着障害を患うことなく、しっかりと強く生きていけるようになるかもしれない。

 この時は、まだそこまでの思いはなかった。

 狂った妻と司法の無法さに翻弄されていただけ。

 もしも将来、娘が母親と同じ精神障害を患ったらと考え、心理学を学び、心理療法の勉強を続けている。大好きだけど苦手なかくれんぼは、エルンスト坊やのフォルト・ダーと同じかもしれない。そうやって娘は、父の不在の寂しさに耐える力を身に着けていったのだろう。


 翌年の夏、娘から聞いた心強い一言。

「いま、この人とお話ししているから、おとうさんはお部屋へ帰っていてください」

 私の知らない女性と楽しそうに話し、お昼にカレーライスまで一緒に食べてきたという娘の姿を見て、少しの寂しさとともに安心と心強さを感じたことを今も覚えている。

 そこからは、お父さんだけの戦い。理不尽な司法との戦い。

 我が子を連れ去られて、何年も会えずに苦しむ大勢の人たちと一緒の戦い。

 我が子を連れ去られた親が、きちんと親として我が子と向き合える日まで。

 いつか共同親権が実現するように。

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