第七章
七 鵜久森葵の青春①
ついに学園祭一日目を迎えた。
「運動部にはかなり声を掛けたわ。結構来てくれると思う」
「保護者会のほうに連絡したところ、ぜひバザーをさせてもらいたい、とのことでした」
といっても、二人芝居の発表を月曜日にしたため、俺たちは準備中もその話で持ちきりだった。
ちなみに、学園祭において制送部にはカメラ席という固定席が二つあり、今はそこで打ち合わせをしている。
「ポスターも作っていただきました。お祭りの名前はズバリ、葵祭です」
そう言って、天王寺はポスターを見せてくれる。緑が基調の爽やかなイラスト。少し季節外れにも見えるが、中々綺麗なポスターだった。
「それは個人を意識しすぎてないか?」
「いいじゃないですか。葵ってお花の名前ですし。それに、実際に同じ名前のお祭りが京都のほうにあるそうです。春のお花ですから、春のお祭りなんですけどね」
人の名前と知らないで見たら別におかしくないからいいのか。そういうことにしておく。
「あと、お店も呼んじゃいました」
「店?」
「移動販売車です。さすがに、食べ物の模擬店の設備を整えることができなかったので、学校に申請したところ、許可していただけました」
後夜祭、もとい葵祭は土日の余り物がメインだ。食事に関してもそうしたかったが、模擬店の場所を校舎から第一体育館までの道に集めていることもあり、設備の面で不備が出た。
まあ、急な開催で衛生面を気にする余裕もなかったため、元々無理筋な話だったか。だから、移動販売車が来てくれるのはとてもありがたかった。その申請と許可にどれほどの天王寺力が関わっていることには触れないでおこう。
「そうか、助かるよ」
急ピッチの作業の中、天王寺と優陽はかなり動いてくれていた。
仕切りの上手い優陽。行動力のある天王寺。二人はバザーの出店を管理するなど、外の運営を全てやってのけてくれた。
この二人を組ませると最強である。俺は感心しきりだった。
「で、当日の舞台はどうなってるの?」
そして、俺は開会式など、舞台に関してのことを進めていた。もちろん、二人芝居の発表をどのように多くの人に見てもらうかを考えていたからだ。
「開会式の流れで、被服部に小規模の発表をしてもらう。そこから二人の発表に移る」
二人の発表が終わり次第、開会式として集まった生徒がばらけていくという流れになる。ようするに、なんとなく形式的に開会式に参加した人に、当たり前のように見せるということである。
月曜日は自由参加になっている分、人の出入りがバラバラになるだろう。だからこそ、人を集めやすい開会式が必要であり、そのままの流れで発表することにしたのだ。
「司会も頼んであるし、舞台のほうはなんとかなるよ」
「司会?」
「よう」
ふいに声を掛けられる。誰かと思えば、大空だった。
「今日は葵が休みなんだってな」
「なに? 大丈夫なのか?」
「お前にも連絡が来てるだろ」
そう言われて、俺はスマホを見る。すると、確かに鵜久森から連絡が来ていた。
今日は充電のために休みます。明日、明後日にがんばるためのお休みなので、心配しないでください。
なので、明日、一緒に学園祭を周ってもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。
どうやら連絡の内容は個別だったらしい。というか、しっかり覚えていたのか鵜久森よ。
「なんて?」
優陽がそう言ってスマホを覗き込む。俺は慌ててスマホを隠した。
「充電だとさ。明後日は大丈夫らしい」
「ん? そう」
優陽は不審そうに俺を見る。明らかに怪しまれていた。
「そういえば、小鳥遊はまだか?」
俺は誤魔化すために、主人公ネーム男を利用することにした。やつはこういう時に都合がいいのだ。
「まだ来てないですね」
「朝に出欠とるの知ってるのかなぁ」
カメラを調整していた部長が呆れるように言う。そんなこと知らないに決まっている。きっと、学園祭ならいつ行っても大丈夫と思っているのだ。
「比呂光の名前は出さないでよ、腹立たしい。ちょっと小耳に挟んだんだけど、あいつ制送部の名前を使ってナンパしてたらしいのよ」
おお、上手く誤魔化せた。そして、例の情報は優陽が葵祭の宣伝をしているときに、誰かから漏れていたらしい。
「そうらしい。それを脇島部長が知っていたから、制送部の印象がいまだに悪かったんだ」
「なんですって!? やっぱりあいつ殺す」
俺は小鳥遊を売り、俺の疑惑への視線を逸らすことに成功する。これで一段落だ。
「ところで、あれはお前らのか?」
大空が言う。指し示す先には、ウサギの着ぐるみが置いてあった。
「知らないぞ」
「あれは私の私物です」
「え?」
天王寺が決め顔で言う。あんな物、普段はどう使うのだろうか。優陽を見ると、まあいつものことよ、みたいな顔をしている。こいつも慣れたものだな。
「あれを着て何をするんだ?」
「葵祭の宣伝も兼ねて、飴ちゃんを配ります」
「飴ちゃんて」
宣伝を兼ねている分「アホか」と切り捨てづらい。本人がやる気なのだから、とやかく言うこともない。勝手に関西風の飴でも配るがいい。
「目が死んでるのは、杏奈のこだわりなの?」
「やっぱり死んでますよね。ちょっとゾンビのように歩いた方がいいでしょうか?」
「死んでるのを認めないでくれ」
そんな奇怪な生物に成り切ってしまったら、せっかくの飴ちゃんも取ってくれなくなるぞ。せめて、行動だけでもマスコットであってほしいものだった。
「おいーっす。今日はついにがくぇっ――!!!」
どうやら小鳥遊が来たらしい。すぐに優陽の制裁が入ったため、俺からは頭頂部しか見えなかった。
「何するんだよ! おま――ぐぇっ!」
すぐに立ち上がる頑丈な小鳥遊。すると、優陽はその首を締め出した。
「制送部の名前を使ってナンパしてたでしょ。絶対やっちゃいけないことだってどうしてわからないのかしらねぇ……」
小鳥遊が俺を見る。俺はただ首を左右に振った。その部分の告げ口は俺ではない。俺は補足説明をしただけなのだ。
制送部員はその様子に慣れているものだが、大空は優陽の制裁を見て引いている。俺はこちらにも簡単に説明してやることにした。
「こっちが本当の用心棒だ」
「お、おう……」
大空はすぐに納得した。この絵は凄い説得力である。
「月曜日まで何も話せないようにしてあげようかしら。どうせ元々壊れてるパーツだから問題ないわよね」
優陽が凄む。小鳥遊は口をパクパクとさせ、俺たちに訴えかけてくる。「死んじゃう」と言いたいらしい。
「でえじょうぶです! ドラゴン〇ールで生き返れます!」
「今の小鳥遊はツッコめないから」
まあこれで少しは反省してくればいい。俺は小鳥遊が生まれ変わることを祈った。
○
日曜日。今日の俺にはちょっとした試練がある。
「水内くん、昨日はずっとここに居たでしょ? 今日はいいよ」
出席確認を済ませた後、すぐに第一体育館に向かうと、そこに部長の姿があった。
「……まあ、抜けたいときに抜けさせてもらうさ」
昨日、俺はずっとカメラに張り付いていた。土曜日の舞台発表、先頭バッターのダンス部から最後の被服部まで、とことん見させてもらったわけだ。
それは、日曜日の予定がわからなかったからだが、それはそれで楽しめたから問題はない。
むしろ、その予定のほうが問題だ。気づかれずにさらっと抜けられるといいのだが。
「ある意味、特等席だからな。見ているのも悪くない」
「それはそうかもね。やっぱりみんな凄いよね」
本当にそう思う。見学に行った部だけで考えても、あの時点でもかなり仕上がっていたように思っていたのだが、本番はさらにその上をいくものだった。
一朝一夕には完成しない、努力の成果がしっかりと表れていた。
「それでも、今日見たいのは演劇部くらいだし、適当に小鳥遊でも捕まえて交代するよ。部長は気をつかわなくてもいいぞ」
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど……。私も、部活以外にそこまで当てがないというか」
「部長は一緒に周る男とかいないのか?」
「……いるように見える?」
「見えない」
「だよね……」
落ち込む部長。不用意に切りつけてしまった。反省しよう。
でも、別に部長の魅力を否定しているつもりなど一切ない。性格上、いないと思っただけだ。本格的に募集すれば引く手あまただろう。
「まあ、部長もここで見ていたらいいさ。席は二つあるし。それとも、俺が居るから嫌なのか?」
「ち、違うよ。ただ、私と居ても退屈だし……」
ということは、やっぱり俺が居ることで来づらかったのか。悪いことをした。
「舞台を見るだけなら、退屈も何もないだろう。昨日は人もよく来たしな」
舞台の合間、制送部の部員や藤原部長辺りがカメラ席のほうへとやってきたので、暇をしなかった。
だから、隣に誰が座っていようと、二人きりの緊張感を味わう余裕などないのだ。
「……それじゃあ、座っていようかな」
「そうしろ。それに俺は、今日は確実に抜ける時間があるんだ」
「え? ひょっとして、誰かと周るの? 杏奈さん? 優陽さん?」
部長は恋愛のこととなると急にテンションが上がった。この人は乙女らしい乙女である。
「なぜいつもそうなるんだ。部長は俺たちの仲をよく知ってると思うんだが」
「知ってるからこそだよ。たまにドキドキする」
これは結構深刻かもしれない。あまり二人と距離を置くようなことはしたくないのに。
「どうしたらそう見えなくなると思う?」
俺はそんな質問をしてみた。部長は一瞬意味が分からないという顔をしてから、考え始める。
「それは難しいよ。相互の問題だと思うし」
そう言われると、もうどうしようもなかった。俺だけではどうにもならない。
ただ、俺が二人を魅力的だと感じていることも事実であるため、それが何かを誘発している可能性も否定できない。それなら対処の方法はあるのかもしれない。
恋愛は青春の最大イベント、か。そうなると、俺は「青春を謳歌する」という行為から逃げることになる。あくまでも、自分だけをカメラのフレームに入れないのだ。
でも、それでいい。今の自分は、主役などできようもない。俺がすべきことは、ただ櫻子に手を差し伸べることだけなのだから。
○
一時間ほど二人でカメラを確認していた。舞台発表ではそこまでフレームやショットにこだわっていない。どうせフルで流すことはできないため、これはあくまで学校に記録として残しておく分なのである。放送するときにメインとなるのは、やはり事前の練習風景なのだ。
「おいーっす」
小鳥遊が現れる。出席確認のときに居なかったので、今登校してきたのだろう。
こいつは何だかんだで一番よく来てくれる。それがなぜなのか、俺はよく知っている。単純に、周る相手が居なくて寂しいからである。
「あ、歌乃先輩! 一緒に周りません?」
このとおりである。こいつの思考はサルでも読み取れる。
「えっと……」
「もう何度も断られただろ。『ことりあそび』だから鳥頭なのか」
「お前! ……名前はバカにすんな」
そういえば最も大事なポリシーだった。失礼。
「ひょっとしたら気が変わったかもしれないだろ! もう誰でもいい! ってなってる可能性だってある!」
そんな投げやりな理由でもいいのか。ゾウリムシくらいの大きさのプライドだった。名前に関して以外は。
「強引に誘うなよ。また優陽に折檻されるだけだぞ」
「女に負けるか!」
やっぱり鳥頭じゃないか。もういい。
ちょうどいいと思ったので、俺はそろそろ鵜久森と連絡を取ろうと思った。ここに来られて、部長の恋愛センサーが反応されても困るからだ。
「俺は行くけど、本当に部長に変な真似をするなよ。怖い人に殺されるぞ。ちゃんと昨日のことを思い出せ」
「昨日のこと……う、頭がっ!」
大丈夫そうだ。やっぱり罰を与えることで犯罪って減るんだろうな。
「……ドラゴン◯ール」
「やめろ! 苦しい……」
記憶にずれがあるようだ。やっぱり鳥頭である。こんなパブロフの犬だと実験は失敗するだろうなと思った。
「水内くん」
「げ」
思わず声が出た。いつの間にか、鵜久森がカメラ席に来ていたのだ。小鳥遊で遊んでいたことが仇となった。
「鵜久森さん。体は大丈夫?」
「うん。明日のためだから」
軽く部長と話している。その隙に外に出ていようか。
「ごめんなさい、ちょっと水内くんを借りるね」
いちいちそんな許可を取らなくていい!
「うん……えっ?」
察し。――ああ、恐れていたことが。
しかも、部長は心の奥に仕舞いこみそうだから面倒だ。茶化された方がまだ否定しやすい。部長には、今度カベに手を置いてじっくりねちねちと否定せねばなるまい。
「……ちょっと出てくるから」
「うんっ! がんばってね!」
楽しそうな部長。優位に立たれたことなんて初めてかもしれない。
そんな部長に背を向け、俺は出入り口のほうへ行く。その後ろを、鵜久森もついてきていた。
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