六 制作放送部の再起③
放課後になると、いつも通り放送室へ向かう。隣には優陽がいるが、なぜか昼休み以降ずっと口数が少ない。小鳥遊は結局この時間になっていも来ていなかった。
俺は意気揚々としていた。活力に満ちていた。その勢いのまま、放送室のドアを開く。
放送室には、部長と天王寺が先に来ていた。二人は対称的な表情をしている。
「小鳥遊以外は揃ってるな。でも、もう一人呼んでいるから待っていてくれ」
「もう一人?」
言った途端、そのもう一人が現れた。大空だ。
「来たぞ」
「ああ、今日はちょっと話があってな」
大空は頷く。素直なものだった。
「葵は明日からなんだよな?」
「はい。明日からは復帰できるようです」
その質問には天王寺が答えてくれた。鵜久森の体調に関しては、祈ることしかできない。
ふいに、ブースのドアが開く。誰かと思ったら、現れたのは小鳥遊だった。
「もう放課後かぁー」
「あんた、いつ来たの?」
「昼休み」
呆れたやつだった。部屋の鍵のことを聞く気も起きない。強引に忍び込んだのだろうか。
「じゃあ揃ったな。まず、この中に月曜日に用があるやつはいるか?」
天王寺と優陽以外のみんなはキョトンとした反応をしてから、バラバラに首を横に振る。最も忙しい日の翌日だから、ゆっくり体を休める予定だったのだろう。
「ちょ、ちょっと!」
声を上げたのは優陽だ。そういえばこいつだけびっくりしたような反応をしていた。昼休みに聞いたから大丈夫だろうと思っていたのだが。
「どうした? 空いてるんだろ?」
「え? そ、そうなんだけど……。ああ、もういい。話を続けて」
優陽の機嫌が悪くなる。少し気になるが、俺も早く言いたくてしかたがなかったので、スルーすることにした。
俺は机を両手で叩く。部長だけその音でビクッと体を震わせた。
「学園祭の代休になっている月曜日に、後夜祭を開催する」
「後夜祭?」
驚くほどに声が揃う。俺は続ける。
「中心はバザーだ。その開会式からの流れで、二人芝居を発表する」
俺の言葉に、みんなは考え込むような表情になった。それは前向きなものではない。その問題点の多さに対する不安が顔に出たのだろう。
「そんなことできるのか?」
大空が訊く。当然、そこはクリアしていた。
「理事長と交渉して、OKが出た」
「……な、何者だよお前」
まあ、俺の力だけでは無理だろうな。それは後で説明しよう。
「人が集まる見込みはあるの?」
今度は優陽だ。俺は頷く。
「学園祭の二日間で売り足りない部活が結構あるらしい。少なくとも被服部には了承してもらえる自信があるし、そこから輪を広げられるさ。
それに、その辺りはお前を頼りにしている」
この中で最も人集めが得意なのは優陽だった。俺は期待を込めて見つめる。
「結構きつそうだけど……。まあ、やるしかないみたいね」
優陽は諦めるように言った。俺の性格を理解していらっしゃる。
「後夜祭って、夜じゃないじゃん」
「それはどうだっていい。名前はどうとでもなる」
「……やっぱり僕の扱いだけ酷くない?」
小鳥遊の意見は流す。実際、どうだっていい。学園祭の後の余韻だから、これを仮の名称としたのだ。後でしっかりとした名前を付ける予定だ。
少し待つ。それでも、これ以上の質問は無いようだった。もう後はどのようにするかだけ、という気持ちになったのだろう。頼りになるものだ。
次に、俺はある報告をする必要があった。それは個人に対してだ。
「大空、タバコの件なんだが」
「お前、普通に……」
ここにいるやつらは全員知っているから気にしないでいい。そして、多分俺はもっとお前を驚かせてしまう。
「お前、学園祭後の火曜日から停学だから」
「はあああっっっ!!??」
予想通り、大空は驚いた。周りもほとんど引いている。
「脇島に邪魔されるわけにはいかないから、先に報告したんだ。そして、最後の舞台だけはどうしても出してやりたいと訴えて、火曜日からになった」
「そ、そんな対処法あるか!? それに、どうやってそんな交渉ができたんだよ!」
「それは単純なことなんだ」
大空以外の全員が、一人に視線を集めた。そこにはドヤ顔のお嬢様が居た。
「理事長の孫にかかれば、こういう調整ができるんだ」
「理事長の、孫……?」
「どやぁー」
口にまで出さなくていい。全く、天王寺らしい振る舞いである。
俺は昼休みに、天王寺とともに理事長のところへ学園祭期間の拡大を提唱しに行った。
孫という存在は、脅迫よりも安全で効果的な交渉材料だ。しかし、孫であるだけで学校行事を動かすことは不可能である。
そこで、俺は月曜日に自主参加のイベントを行いたい理由を整理した。
大まかな内容はこうである。
学園祭での売上で部費が決まるという制度によって、生徒が販売という行為に追われ過ぎている。それにより、本来の文化祭の役割である「成果発表」に支障が出ているのではないか。
しかし、それをきっかけに部の垣根を越えて協力し合う学生の行動は美しく、その連帯感こそ、湊学園高校の「個性を伸ばす教育」という理念に則るものだ。
そこで、学園祭を三日にするというのはどうだろう。いや、すぐにそうしろというわけではない。今年度は実験的に、在庫処分の祭りとして代休に開催してはいかがだろうか。
そうすることで、学園祭に追われる学生諸君の負担が軽減され、成果発表に集中できるのではないか。どうか検討してみてほしい。
ちなみに、その内容は全て天王寺に丁寧な形に通訳&代弁してもらった。
理事長はかなり悩んでいたが、「理念」を突き付けたのが効果的だったのか、なんとか了承してもらえた。
とはいえ、急に学校主導で祭りを運営してもらえるわけがない。許可を得ることができたが、あとは全て自分たちで動く必要がある。これは始まりに過ぎないのだ。
ついでに、大空の停学もコントロールすると、後は俺たちだけの問題となった。舞台も動員数も、俺たちが動くだけで全てが解決できる状況となったのだ。
「鵜久森と舞台に立てるならなんだってしてやるって言ったじゃないか。これなら、問題なく立てるだろう」
「停学にしなくても立てたかもしれないじゃねえか!」
「立てなかったかもしれないだろう?」
俺が言うと、大空は何を言っても無駄だと悟ったのか、机に肘をつけてうなだれてしまった。その罰は自分の行いによってのものだから、素直に受け入れてもらうしかない。
そして、もう一つ天王寺にも言っていない提案があった。俺はこの流れでそれを伝えることにする。
「あと、二人芝居の映像を、次の日の火曜日に提出しようと思うんだ」
「……えええええええー!?」
大きな驚きを見せたのは部長だった。想定どおりである。
「そ、それって、その日のうちに編集するってこと!? 無理! 無理だよ!」
「できる限り早く放送したいんだ」
俺は鵜久森がまだ家に居られるうちに見せてやりたかった。いつまで家に居るのかは、この前家に訪れた時に聞いていたし、これならギリギリ間に合うはずだ。
「人間やればできる。頼りにしてるぞ、部長」
「ええぇー……」
優陽が部長を見ながら、変な顔で頷いた。こうなったら手をつけられないから諦めましょう、とでも訴えているのか。どうも優陽には呆れられることが多いようだ。
「さあ、舞台をする目途が立った。天王寺、優陽、小鳥遊は人集めと宣伝。部長は今ある映像の編集。大空、練習にはこのブースを使うといい。狭いが、鵜久森を休ませながらするにはちょうどいいはずだ」
流れが来ている気がする。ならそれに乗らなければならない。俺は快調にまくし立て、みんなを煽る。ここにいる全員の力が必要なのだ。
「……もう! やればいいんでしょ!」
「面白くなってきたじゃん」
「がんばりましょう」
やけくそ気味な優陽。なぜかテンションが上がる小鳥遊。いつも通りの笑みを浮かべる天王寺。部長は一つため息をつくと、パソコンの電源を入れた。
「……なんか全然違うじゃん。制送部」
そりゃそうだ。俺は大空の言葉にしたり顔をしてみせた。
○
次の日には鵜久森が無事に復帰した。
鵜久森は大空と一緒に、放送室のブースで練習している。俺はそれをサブから見守っていた。
「がんばってるね」
隣で編集作業をしている部長が言う。他の部員は全員出払っていた。
「ああ」
「全部が上手くいくといいな」
俺は頷く。ここまでやって来たことを、絶対に無駄にはしたくなかった。
「悪いな、無理を言って」
「……大変だけど、私、嫌じゃないよ」
部長は手を止める。チラッと俺を一瞥すると、やっぱり目を合わせるのは苦手なのか、すぐにブースのほうへと視線を移した。
「本当は、私もこういう番組を作りたいって思ってたから」
「そうなのか?」
意外だった。テレビ局の言いなりでやってるとは思っていなかったが、人が良い部長だから、芸能人志望の生徒のデビューを後押しするという職務を全うしているのだと思っていた。
「うん。この高校って熱心に部活動をしている生徒が多いでしょ。そういう人たちを、テレビ番組を通して知ってもらいたいって思ってるの」
それじゃあ、俺が櫻子のためにやっていることが、案外、部長の理想に沿っていたのかもしれない。もっと早く知りたかった。そうしたら、罪悪感など持たなくてもよかったのだから。
「やっぱりね、本当は湊高校の魅力を知ってもらう番組にするべきだと思ってるの。がんばっている人にスポットを当てて、それを見てもらえたら、そのことが伝わると思う。
だから、鵜久森さんの映像を編集することはとてもやりがいがあるよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
部長がこう言ってくれるのは、今の鵜久森の姿が人の心に響いているという証拠だ。
櫻子にもきっと響く。そう思えた。
「ただいま戻りました」
「ただいまー」
入ってきたのは天王寺と優陽だ。二人が帰ってきたということは、舞台練習の時間だ。俺は鵜久森と大空に合図をする。
「じゃあ、留守番頼む」
「うん。がんばってね」
部長に見送られ、俺たちは第一体育館へ向かった。
○
舞台では被服部が練習していた。それは練習というほどの練習ではなく、藤原部長が「こうとかどう?」とか、「こんな感じで」とか提案するだけのものだった。朗らかな空気なのも藤原部長の人徳だろう。
「おー、制送部ー! もう終わるよー!」
本当に目立つ人だ。この人が芸能科じゃないと知ったときは驚いたものだった。下手なタレントよりもよっぽど華がある。
藤原部長の合図で、被服部が片付けを始める。俺はその間にカメラを準備していた。
「おおーカメラカメラ。今日も撮るの?」
いつの間にか、藤原部長がそばに来ていた。
「ちょっとだけ使うかもしれないけど、今日は確認作業のためだよ」
当日、どのように撮影するのか。最後の舞台練習である今日は、その確認も必要だった。つまりカメラの練習でもあるのだ。
「あの……時間をくれて、ありがとう」
タイミングを窺っていたのか、鵜久森が藤原部長に礼を言う。こいつも個人として感謝したかったようだ。
「いいよいいよ、うちは舞台を歩くだけだからね。それよりさ、学校を辞めるんだってね」
「うん」
鵜久森が気まずいような表情を浮かべる。以前から知り合いだったわけだし、隠していたことが後ろめたいのだろう。
「残念だよ。またお菓子を買いに行くし、話とか聞かせてね」
「藤原部長は、鵜久森の店に行ったことがあるのか?」
気になったので、俺は口を挟んだ。
「うん! 鵜久森さんとこはねー、山盛りフルーツ大福が大ヒットしてお店が生まれ変わったんだよ! すっごい美味しいの!」
やっぱりあれは店舗を改装したのか。フルーツ大福、恐るべしである。
「よく知ってるんだな」
「だって地元一緒だし。ねー」
鵜久森が頷く。そうか、電車で二駅というのは同じ方向だったのか。
「おすすめは夏に売り出すマンゴーだよ。一〇ヶ月待て!」
「うまそうだな」
「お取り寄せも可!」
「いや、この距離ならさすがに買いに行くから」
あっはっは、と高らかに笑う。その後ろには、続々と退出していく被服部の姿があった。
「そろそろ行くかな。じゃね!」
「あの、本当に色々ありがとう」
藤原部長が去っていくと、辺りが急に静かになった。一種の嵐である。
「……藤原さんはね、クラスも地元も一緒だったのに、すごく遠い人みたいに思ってたの」
「遠い人、か……」
無理もない。あれは学校でも五本の指に入るくらい目立つ人なんだから。
「でも、今は近くに感じられたってことだろ?」
「……うん。不思議だけど」
それは簡単なことだ。今、お前も輝いているんだから。俺は恥ずかしくてその言葉を口に出すことはできなかった。
「葵ー、はじめるぞー」
大空がすでに舞台の上にいる。キャットウォークには、照明としてスタンバっている天王寺と優陽の姿がある。
「今行きます!」
鵜久森が駆けていく。俺はその姿を、レンズ越しに追っていった。
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